8章-惨劇の理由④-
シオンの言葉にレイル隊以上に〈ミストルテイン〉の面々の方が驚いたようだった。
「……あっちの話を妙に冷静に聞いてるとは思ったけど、この内容予想してたってこと?」
「まあな。とはいえ、あくまで可能性を考えていたくらいで、そんなに胸を張れることではないんだが」
「それはちょっと謙遜しすぎだと思いますけどねー」
自分自身も含め誰もが信じていたことを否定するというのは簡単なことではない。
しかも卑怯な真似をしたのが自分たち人間であるなんて可能性は、考えついたとしても認めたくなくて否定材料を探してしまうだろう。
シオンのような人外寄りの立場にある者ならともかく、本人も人類軍に身を置くアキトがその可能性に思い至ることは十分に評価されていいことだとシオンは思う。
「まあ、細かいことはいい。とにかく俺とシオンがその可能性について考えていたのは事実だ」
ガブリエラにECドライブを間近で見せた直後、ふたりきりで話をしたのはまさにこのことだった。
……できることなら、この仮説は当たっていた欲しくなかったのだが。
「それにしても、よく可能性に気づいたわねよね。どうしてそう思えたの?」
「きっかけについては先程話したことと同じです」
興味深そうに質問を投げかけてくるサーシャに対し、アキトはシンプルに答えた。
「えっと、人類軍がどうやって【異界】の旗艦を沈めたのかって話だったわね」
「ええ。〈ミストルテイン〉就航以降、魔力防壁について知れば知るほど、どうしても当時の人類軍が【異界】の戦艦を撃墜できたことに違和感を覚えました。まともに防壁が展開されていたならまず不可能ではないかと」
「ふむふむなるほど。それで? そこからあなたはどう考えたの?」
「まともに展開されていれば不可能。しかし事実として沈められたのならそうではなかったという結論になります」
まともに防壁があったなら沈められない。
しかし沈められたということは防壁がなかった。もしくは不十分だった。
とんでもなくシンプルな考え方だが、おかしなことは何もない。
「ですが、こちらに先制攻撃してくるほどに戦う意思のあった艦隊が防壁を疎かにしているとは考えにくい。魔力防壁は基本的な魔術ですしね」
「まあ確かに、戦う気があるのに防壁を使わないなんてことなかなかないわね」
「そこから考えられる可能性はふたつ。【異界】に戦う意思がなかったか、戦闘態勢を整える前に不意を突かれたか。……どちらにしろ、あちらが先に仕掛けてきたとは考えにくい」
人類軍が【異界】の戦艦を沈められたのだとすれば、【異界】が先に仕掛けてきたという事実に疑問が生じる。というわけだ。
「ふーん、でもそれだと、そもそも人類軍が【異界】の戦艦を沈めたっていうのがウソの可能性もあったんじゃない?」
アキトの話を聞いていたサーシャはどことなく楽しそうに指摘した。
「卑怯なことをされたとはいえ一矢報いることもなくボコボコにされただけなんて情けない。だから人類軍がちょっと見栄を張っちゃったーなんて可能性もあるんじゃないかしら」
「それはないと思いました」
「あら、どうして?」
「【異界】の艦隊が撤退したからです。仮に人類軍が何もできずにやられただけだったなら、わざわざ一度自分たちの世界に戻る必要がないでしょう」
特に反撃されることもなくあっさり人類軍を蹴散らせたのだとしたら、そのまま進軍してしまえばいい。
先制攻撃を仕掛けるくらいに人類と争うつもりがあったならなおさらだ。
にもかかわらずわざわざ一時撤退したということは、体勢を整える必要があったということに他ならない。
何かしらの損害でも出ない限りそんなことをする必要はないだろう。
「一度撤退した以上、【異界】の艦隊にも何かしらの被害はあったんでしょう。それと人類軍側の「一隻は沈められた」という言葉は繋がります」
「なるほどねー」
アキトの答えに満足したのかサーシャは静かに微笑む。それ以上横槍を入れるつもりはないようだ。
「仮に【異界】が先に仕掛けてきたという言葉をウソだとするなら、人類軍は何かを隠したがっていることになる。その何かは人類軍側の過失で間違いはない。……そして、対話に出向いたはずが戦いになってしまったという状況を踏まえて考えられる過失となると」
「対話の機会を人類軍の方がダメにしちゃったってことになるわけね!」
それは即ち、人類軍の側が先端を開いてしまったということに他ならない。
「うんうん! 確かにシオン言う通り、アキトくんはもうちょっと胸を張っていいんじゃないかしら!」
アキトの話を一通り聞き終え、サーシャは満足気だ。
「師匠、品定めの時間は終わった感じで?」
「まあね!」
「品定め……?」
「要するに、アキトさんがどれだけ頭が回るのかとかを確認してたんですよこの人」
アキトに対して質問したり疑問を投げかけたりしていたのはその一環、というわけだ。
そしてこの満足気な態度からして、アキトはサーシャのお眼鏡にかなったというわけである。
「シオンがちょっとわざとらしめに有能アピールしてきたくらいだから大丈夫だとは思ったけど」
「ああ、やけに得意気だったのはそういうわけだったのか」
「そこバラしてくるあたり師匠はホントあれですよねー」
「まあとにかく、アキトくんがなかなかやり手だってことはよくわかったわ。そういう子にならこのサーシャお姉さん、力を貸してあげるのもやぶさかではないわよ?」
「シオンの狙い通り、ね」とウィンクしてくるサーシャは上機嫌である。
狙いに乗せられたと認識している割にはノリノリだ。
だが、シオンとしては悪い状況ではない。
当たっていて欲しくなかった予想が当たってしまったという厄介な状況を前に、ひとつ強力なカードを確保できたのだから。
「……とりあえずだ。そっちはオレたちの言い分を信じてくれるってことでいいんだな?」
ガブリエラに説明を任せてから黙っていたタイチが確認するように尋ねてきたのに対し、アキトは頷いた。
「部隊全体でというわけにはいきませんが、私個人としてはそちらの言葉を――《境界戦争》の戦端を開いてしまったのは人類軍の側であるという話を信じます」
アキトの言葉に対して〈ミストルテイン〉側から異を唱える者はいなかった。
いの一番に何かを言い出しそうなミスティも、ここまでの話を聞いて思うところがあったようである。
「じゃあ改めて言わせてくれ」
アキトたちは《太平洋の惨劇》に関するタイチの言葉を信じた。
それならば話は最初に――タイチが伝えなければならないと言った言葉に戻る。
「アンタら三兄妹は人類軍を抜けて、この戦争から離れてくれ。……あっちの世界の連中と言葉で分かり合えたイッセイの旦那の子供たちがこの馬鹿げた戦争に関わるなんてあっちゃならねえんだよ」




