8章-惨劇の理由②-
「やっぱり、ガブリエラも六年前のことは人類軍が先に撃ってきた認識なんだね」
「はい。……こちらの世界での認識も知っていたので、あえてそのことについて話さないようにしていたんです」
「隠していてごめんなさい」と謝るガブリエラにシオンは黙って首を横に振った。
【異界】でならまだしもこちらの世界でそんなことを口にしては間違いなくトラブルにつながる。特に人類軍にそんな話をしようものなら、すぐさま拘束されてしまっていただろう。
ガブリエラの身を守るために必要な隠し事だったのだから、少なくともシオンにはそれを責める気なんてかけらもない。
「ってことはミツルギ三兄妹のお父さんのことも?」
「いえ、そこまでは。こちらの世界に流れ着いた方々がいたということは聞いていましたが、お名前などを聞く機会はなく」
「当時ガブリエラは十歳。戦いに関する詳細を知らされる年齢ではありませんでしたからね。イッセイ殿個人に関して話す機会はなかったのです」
つまり、ガブリエラはイッセイ・ミツルギのことは何も知らないらしい。
実際、仮に知っていたならミツルギ三兄妹への態度になんらかの影響が出て、シオンやアキトあたりに気取られていただろう。
「話を戻そう。レイル君、君の言う“憎しみに囚われてしまった”というのは?」
アキトの問いかけを受け、ガブリエラはひとつ頷いてからテーブルを挟んだ先――レイル隊の面々が並んでいる側に移動した。
その方が〈ミストルテイン〉の面々に話やすいというのもあるが、【異界】の側として話すという意思表示でもあるのかもしれない。
「当時の戦いにおいて私たちの世界の船が一隻、沈みました。混乱した人類軍からの攻撃によるものだったと聞いています」
あの戦いで【異界】の戦艦を一隻だけ撃墜することができたというのは、人類軍からの報告でも確かに伝えられている。
人類軍側の言い分だと“戦いの終盤に特攻同然の決死の攻撃で旗艦と思しきものを沈め、それによって艦隊を追い返すことに成功した”ということになっているが、ガブリエラの言い方だと戦いの序盤での出来事のようだ。
その辺りの相違は今更なのでいちいち突っ込むのも馬鹿馬鹿しい。
「人類軍側の認識では、それがそちらの旗艦であったということだが」
「そうですね。問題の船は旗艦であり、最も重要な船でした――何せ、当時の王と王妃が乗った船だったのですから」
「…………は?」
ガブリエラの予想だにしない言葉にシオンは思わず声を漏らした。
「いやいや、なんでそんなところに王様と王妃様なんて国の代表がいるのさ? 危ないじゃん!」
「……いや。【異界】側の目的が最初から対話だったなら、危険であると考えなかったのかもしれない」
シオンの指摘はレイル隊側からではなくアキトによって否定された。
確かに、戦いを前提としていなかったなら危険という認識がなかった可能性はある。
「だとしても、いきなり王様と王妃様って……」
「ふたりはこちらの世界の人々に誠意を見せるべきだと考えていたんです」
「そうだとしても、まずは使いの人を出すとか手順踏んでもよかったんじゃないか?」
「本来ならそれが定石ですが……問題の災いが具体的にいつ起こるかわかっていなかったのもあり、急いでいたんです」
【異界】での予知により近いうちにこちらの世界に災いが起こることはわかっていたが、その具体的な時期は不明だった。
少し前のファフニールの一件と同じく、下手をすれば明日にもその予知が現実になる可能性がある状況だったのだ。
そんな状況下で使いを送るなどの段階を踏んでいる場合ではない、という判断は決して間違ったものではない。
「何より、ふたりは人間を信じていました。異なる種族同士理解し合うことに多少の時間はかかるとしても、争いなど決して望んでいないだろうと」
「その結果が、不意打ちで撃沈ってわけ?」
シオンの問いにガブリエラは静かに頷いた。
「しかし、魔力防壁などの防御手段はなかったのか? 当時の人類軍の兵装程度、ある程度の強度があれば十分防げたはずだが」
「剣や盾を構えてながら対話を求めても説得力がないから、と」
「攻撃の準備はもちろん防壁も展開しないで念話で語りかけていたということか……」
そこに不意打ちの攻撃を受けてしまい、防御が遅れた。
防壁さえあれば人類軍の攻撃など軽く防げたであろうことはその後の戦いの結果から見ても明らかだが、展開していなかったのだから関係ない。
王と王妃の人間への信用。誠実な姿勢。
決して悪ではないはずのそれらが、完全に裏目に出てしまった。
「対話を求める声を無視しての攻撃によって、敬愛する王と王妃の命が奪われた。……それは騎士たちを怒り狂わせ、彼らの心を憎しみで塗り潰すには十分過ぎました」
【異界】の騎士たちがどういう考え方をする集団なのかはシオンの知るところではない。
だが、自分たちが尊敬する対象を、仕えたいと思う対象を卑怯な攻撃によって殺されたとなれば復讐に燃えたとしてもおかしくはないだろう。
“憎しみに囚われてしまった”というのは、つまりそういうことである。




