2章-シオンの思惑①-
そこそこ偉いのであろう軍人が手元の書類を淡々と読み上げていくのを一応は真面目に聞きつつも、シオンは退屈していた。
話し合いとはいうが、基本的にシオンと人類軍の間で正式に交わす契約についてはすでに決まっている。
何せ、話し合うべき内容はシオンと人類軍が協力しているにあたっての細かなルールであって、それをこと細かに話してしまうと丸一日使ったとしてもとても決めきれない。
そのため事前に擦り合わせは散々行ってきているのだ。
ここに来るまでの間に人類軍側から契約内容の草案は提示されており、シオンはそれに目を通して不服な部分があれば人類軍にその旨を伝える。
そういった事務的なやり取りを繰り返して双方が納得できるように擦り合わせを済ませて今日を迎えたというわけだ。
よって本来であれば今日は内容の最終確認をして、必要な書面にサインをすることだけだった。
そう、本来であれば。
これまで――厳密に言えば昨日の昼頃まで擦り合わせてきた契約内容の読み上げが終わったところで、シオンは動いた。
「契約内容について、少しよろしいでしょうか?」
「……構いませんよ、どうぞ」
契約内容を読み上げていた軍人は急なシオンの言葉にもあまり驚いた様子はなかった。それは他の軍人たちも同じで、彼らもシオンが何かを言い出すことをある程度予想はしていたのだろう。
何せつい昨日起きたばかりのことなので、当然と言えば当然だ。
「ご存じの通り、昨日自分は人類軍軍人による攻撃を受けました」
〈アサルト〉に爆薬を仕込まれ、戦闘中に爆破された。
シオンに被害はまったくなく、被害と言えば〈アサルト〉の腕パーツと飛行ユニットくらいのものなのだが、重要なのは被害の有無ではなくシオンへの攻撃があったという事実だ。
人類軍とシオンの間での取り決めでシオンが最も重要なものとして人類軍に望んだのは"シオン自身の身の安全"。
昨日の一件は、まさにそれを脅かした。
「仮の契約とはいえ、人類軍は約束を破った。そのことについて上層部のみなさまにおかれてはどうお考えで?」
シオンの問いで、こちらに向けられる視線が鋭くなったのがわかる。
だがシオンはそれを気にせず真正面のクリストファーをから目をそらさない。
「君には申し訳ないと思っている。末端の兵士まで十分に指揮できていなかったのはこちらの落ち度だ。今後このようなことがないように徹底しよう」
クリストファーではなく別の軍人が言葉を返してくる。
しかしよくある謝罪のテンプレのような言葉で、あまり信用できる気はしない。特にシオンのような性格の人間を黙らせるには到底足りない。
「徹底はしていただくとして、本当にそれで止められるものでしょうか?」
「……どういう意味かね?」
「相手は生きた人間ですからね。どれだけ上層部の指示があっても、それを承知の上で俺への攻撃を敢行する輩がいないとは限らないでしょう?」
シオンの言葉に黙る軍人。それは当然のことだ。
シオンの言い分に「絶対にない」と反論することは不可能。シオンだって相手に言われれば反論できない。
こういった言い分には「善処する」という言葉くらいしか返しようはないだろう。
「……ですので、俺としてはもっと再発防止に効果のあることをしていただきたい」
「何か案があるということか?」
クリストファーの隣に座る中年男性が声を上げた。
黒い髪をオールバックにし、冷徹そうな目や人相で全体的に冷たく堅苦しい雰囲気を纏う男性。
年齢層の高い上層部の中では際立って若い部類に入る彼の名はディーン・ドレイク。
能力の高さから最高司令官に次ぐ権力を持つひとりとも言われている人物だ。
同時に《異界》との戦争における推進派の筆頭であり、シオンが最も警戒すべき相手でもある。
「正直、いくら上層部からの指示があっても俺への警戒や敵対心を抑え込むのは困難でしょう。……俺自身直接関係しないながらも《異界》やアンノウンがらみで親族などを失った方もいるでしょうからね」
シオンにそれをぶつけるのはお門違いではあるが、実際に近しい人間を奪われた人間からすればそう易々と割り切れる問題でもない。
それをシオンは否定しないし、理解もできる。
「むしろ指示を徹底し過ぎると上層部への不満も高まる危険があります」
「ほう。技術科出身と聞いていたがそこまで気を回せるのか」
「お褒めにあずかり光栄です。何せそうなってしまうと俺にも不都合ですから」
人類軍内で上層部への不満が高まれば、それだけ上層部を後ろ盾にするシオンにも影響は出てくる。
そういって面倒事はぜひとも回避したいところだ。
「そういうわけで、まずは俺に〈アサルト〉の整備する権限を与えていただきたい」
「……なるほど、それなら今回のようなパターンは回避しやすいか」
シオン本人に〈アサルト〉の整備や点検の権限があれば、少なくとも機体に細工されるパターンの攻撃には対処しやすくなる。
わざわざ人類軍側に説明はしないが、元よりシオン自身への直接攻撃に対する防備は強固な魔力防壁を用意している。
今後機体への細工さえ注意できればほぼ問題はないだろう。
どうせ人々の行動を制限できないのであれば、行動されてしまったときにすぐに対処できるようにしておくほうが建設的だろう。
そういったシオンの意図はディーンやクリストファーたちにも伝わったのか、納得したような表情を見せている。
加えてこの程度の申し出であれば人類軍側のリスクはないにも等しい。
「君の考えは理解した。私には異論はない、異論のある方はいらっしゃるか?」
ディーンの問いに反論はなく、〈アサルト〉に関するシオンの要望はあっさりと受け入れられたのだった。




