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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
序章 はじまりは災いと共に
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序章-眠りの内で-

そっと開いた瞼。それと同時に視界に広がった光景に、シオンはしばらく言葉を失った。


整然と並んだ石畳、無数の古めかしい社。月明かりに照らされたそこは、まだ記憶に新しい夢に見たばかりの場所だった。


「(……見るべくして見る夢ってことか)」


こうして再び夢でこの地に訪れることになったということは、そういうことなのだろう。シオンが今こうしていることには何らかの意味がある、ということだ。


「(あの人が俺を呼んでるってとこか?)」


最初の夢で助けを求めてきた女性のことを思い浮かべる。状況から推測するのであればシオンは彼女によってこの場所に招かれていると考えるのが妥当だろう。理由は恐らく、この場所を通してシオンにメッセージを送るため。

そのように考えるのであればこの場所には彼女が待ち構えているはず。そう結論付けたシオンは周囲を見回してその姿を探す――否、探そうとした。


周囲を見渡そうと首を動かす。そんな簡単な動作が、何故か今のシオンにはできなかったのだ。

思考はできる。こうして様々なことを考えることができているのでそれは間違いない。しかし身体を動かすことがまったくできず、声を発することもできない。身体の制御を完全に奪われているような状態だ。少なくとも前回この場所に招かれた時にはこんなことはなかったはず。同じようにここに来ているわけだが、少々勝手は違っているようだ。

自身の身に起こっている異常に混乱するシオン。そんな中、シオンの内心など知ったことかとでも言うように、シオンの身体は前方へと歩き始めた。

石畳を歩いている感覚はある。にもかかわらずそこにシオンの意思はまったく伴っていないというなんともちぐはぐな状態は違和感が凄まじい。しかし身体の歩み自体はしっかりとしていて迷いなく前へと進んでいく。

そうして十メートルほど歩き、ひときわ大きく立派な社の前で唐突に歩みが止まる。それと、小さな足音が聞こえてきたのはほとんど同時だった。


「おかあさん!」


背後からの声に反応して身体が百八十度後ろを向く。しかし声の主を目で捉えるよりも、正面から飛び込んできた小さな何かが抱き付いてくる方が早かった。

真正面からくっついてきた何かは、幼い子供だった。

長い黒髪に、こちらを見上げる丸く大きな瞳の色はどこかで見たことのあるような黄金色。


「おかえりなさい、おかあさん。ボク、いい子で待ってたよ!」


長い髪から少女かとも思ったのだが、ボクという言葉や話し方は少年のようだ。とはいえまだ十歳にも満たないであろう幼い子供なので、それだけで性別を判断することは難しそうだ。


「(……いや、そうじゃない。この子の性別とかよりも……おかあさんじゃないし)」


子供は「おかあさん」と呼んでシオンに抱き付いてきたわけだが、当然男であるシオンは母親などではない。そもそも男をどうして母親と勘違いしているのかわからないが、違うものは違う。誤解を解いてしまうべきなのだが、現在のシオンは口が利けない上に身体も動かないのでそれができない。

どうしたものかと改めて甘えるように自身に抱き付く子供を観察する。そしてあることに気づいた。

子供のすり寄るシオンの身体は白い装束と朱色の袴を身に纏っている。しかも、本来ないはずのふくらみが胸元にある。さらに、わずかに吹いた風に運ばれて長い黒髪が胸元に垂れてきたのがちょうど目に入った。


「(……この身体、俺のじゃない(・・・・・・)⁉)」


服はともかく胸のふくらみや肩よりも長い黒髪はシオンにあるはずのないもの。それらふたつのものが示す結論はそれ以外になかった。同時にそれを踏まえれば子供がシオンのことを母親と認識している理由もはっきりする。子供の視点からすれば間違いなくシオンは母親の姿をしているのだから。

問題はどうしてこのような状況になっているのかだが、思い当たることと言えばひとつしかない。ここにシオンを――正しく言えばシオンの意識を呼び込んだあの女性の仕業だ。服装や髪の特徴を考えればこの身体の持ち主はおそらくあの女性のものなのだろう。

これが彼女が今まさに見ている光景なのか、それとも過去の記憶を追体験しているのかは定かではない。それでもひとつはっきりしているのは彼女の視点でシオンに見せたいものがあるということ。そして、それはおそらくこの子供(・・・・)だ。


「ねえおかあさん、ボクね、少しだけ外の世界が見えたんだよ!」


弾んだ声で話す子供の様子からは興奮が見て取れる。そんな様子はなんとも微笑ましい。


「大きくなったらボクも外の世界に行ってみたいんだ! その時はおかあさんも一緒に行こうね」


瞳にキラキラとした輝きを宿し無邪気に笑う。そんな子供の髪をシオンのものよりも小さく白い手が優しく撫でた。自分の手ではないはずなのに子供の髪から伝わる感触ははっきり伝わってきて、それは柔らかで温かい。

無邪気で可愛らしい幼子の姿に、胸が少し温かくなったように感じた。


ふと、もやがかかったように視界が霞み始める。それはこの時間の終わりを示すものに他ならない。


――あの子を、助けて


ゆっくりと白くなっていく視界の中、微かにそんな声が聞こえたような気がした。


***


「…………あれ?」


閉じていた瞼を開いた先、そこには天井なりなんなりが見えるのだろうとシオンは思っていたのだが、実際に見えたのは黒一色だった。

部屋の中が暗いというわけではないペンキで塗りつぶしたような闇。それは現実の世界ではまず有り得ない光景だ。つまり、まだシオンは夢の中か何かにいる。先程自分の声が出せた時点で先程までの状況とは異なるようだが。


「お、ようやく目覚めやがったか」


聞こえた高めの声。しかし先程の子供のものとは異なっている。何よりあの子供はこんな喋り方をしていなかったはず。

今度は自由に動かせる身体を声のした方向に向ければ、小柄な人影が腕を組んで偉そうに仁王立ちしている。

白い髪に着崩した和装、そこまではまったく見覚えがないが白い髪から覗く一対の角と緋色の瞳、そしてにやけた口元に見える牙でシオンはその子供が何者なのかを理解した。


「ずいぶん可愛らしい姿をしてるんだな、クソ鬼」


それ以外に選択肢のない状況まで待って断れない契約を持ち掛けた外道の鬼。それが目の前にいる子供の正体だ。最初聞いた声から成人男性の外見をしていると思っていたわけだが、目の前の姿だと異形でありながらどこか愛らしさも感じる。だからといって油断するほどシオンは甘くないが。


「別にこれが本当の姿ってわけじゃねえさ。……まだ全盛期には程遠いんでな、節約してんだよ」

「そんな器用な真似ができるってことは、大鬼っていうのも嘘じゃなさそうだね」


“鬼”と一言で言ってもその中でも力の強さなどにはかなりの差がある。しかし目の前の鬼は姿形を気軽に変えられる程度の力はあるらしい。本人曰く力を使い過ぎて弱体化していたはずの身で中型アンノウンの攻撃を防げた事実もあるので、決して弱い鬼ではないのだろう。


「それにしても、お前今までどこ行ってたんだ?」

「……何の話?」

「言葉通り、ついさっきまで身体から意識がどっか飛んで行ってたじゃねえか」


意識が飛んで行っていた、となれば心当たりはあの月下の社だけ。鬼が言っているのはそのことだろう。


「……別に話すことはないよ。俺にもよくわかってないしね」


説明しろと言われて説明できることではないし、そもそも鬼にそのことを細かく話す理由もない。むしろこの危険な鬼にはあまり情報を与えない方が良いだろう。

雑なシオンの答えに対して鬼はというと軽く「ふーん」と言っただけで話を流した。そもそも鬼の方も大して興味があったわけではないのだろう。


「それで、こんな真っ暗で殺風景な場所に俺を呼んだ理由は?」


てっきり目が覚めるかと思えばこの状況。ということはこの鬼がシオンと話をするために何かをしたといったところだろう。ならば無駄話などせずにさっさと本題に入りたい。


「おーそうだった。“契約”の内容を含めて今後のことを話してやろうと思ってな」


“契約”という言葉にシオンはわずかに身構える。状況が状況であったせいもあってシオンは詳しい内容を何も聞かずに鬼と契りを交わす形になった。交わしてしまった以上、そう簡単に反故にすることはできない――例えそれがどんなにシオンに不利なものだったとしても、だ。


「身構えてるとこ悪いが、お前の期待するほど俺様に得なもんでもお前に損なもんでもないんだなこれが」

「は?」

「話は簡単だ。お前は俺様に魔力を寄こす、そしたら俺様がお前に力を貸す。それだけ」


あまりにも簡単で、しかも対等にも思えるような内容にシオンは予想していたのとは別の方向から衝撃を受けて思考が止まってしまう。


「それ本当? あの時助けてもう安全になったから俺のこと食うとか、身体はまずそうだから魂だけ食うとか、これから毎日最低でもひとり殺してその魂を食わせろとかそういうのじゃ……」

「ねえんだよなぁこれが。っていうかお前の中の俺様外道が過ぎねえか? しかも食うことしか考えてねえぞ?」


鬼が自身に対するシオンのイメージについて物申しているが、その内容はシオンの頭にはまったく入ってこなかった。いくらなんでも契約内容がまとも過ぎて予想外だったのだ。


「契約内容が緩いのは俺様の本来の主がとんでもない善人だからだ。あんまり外道すると後々バレた時どやされるんでな。それにお前を食うのはちっとばかし勿体ない」

「勿体ない……?」

「お前、とんでもない量の魔力を持ってやがるだろ?」

「…………」


無言は肯定、故に交渉事の場などではするべきではないといつだったかアンナに教わった覚えはあるが、今のシオンは黙る以外の選択肢を持っていなかった。

そもそも契約をしてすでにあの戦いの中で魔力を与えてしまったのだ。魔力量が人間離れしていることなどとっくにバレてしまっている。何か口を開いたところでごまかしようもない。


「正直、お前を食っちまえば話は早い。主にもバレなけりゃいいしな……お前を食えば全盛期並みの力は取り戻せそうではある。が、お前みたいなバカでかい霊力を持った人間なんて早々見つからねえからな。それなら今この場でぺろっと食っちまうよりも……」

「殺さず魔力を供給させ続けて全盛期以上の力を溜めこんでおきたい、ってわけ?」


「ご名答」と楽しげに笑って鬼は頷いて見せた。

要するに、この鬼はシオンを魔力を充電するための電源にしようとしているのだ。そして満足いくまでは手放したくはないらしい。


「とりあえず俺様としては溜めこめるだけの魔力をお前からいただいたら契約解除でいい」

「……あんまり俺の方にメリットはないんだけど?」


話をまとめてしまえば、シオンは魔力をひたすら提供する立場と言える。一応鬼の力を借りられるというメリットがあるようにはなっているが、そもそもシオンが鬼の力を必要としているかと言えば答えは否だ。

しかし鬼の方はというと自信ありげにニンマリとこちらを見ている。


「いやいや、俺様の力は必要だろ……何せお前、これから人間からも敵扱いされるんだぜ?」


鬼の言葉に、シオンは小さく息をのんだ。


「あの教官とかお前が呼んでた女はともかく、他の人間どもはお前のこと恐れるし、殺そうとするだろ……人間なんて昔っからそういう生き物だしな」


鬼の言葉をシオンは否定できない。それは十分にあり得ることだからだ。

中世の時代にあったという魔女狩りがわかりやすい例になるだろう。人間というものは自分たちと異なるものを恐れ、嫌う。シオンがかの時代の魔女のごとく火あぶりにされたとしても何らおかしくはない。

しかも時代は《異界》の人外との戦争の最中。シオンから情報を得ようと言葉にするのもおぞましい手段に出る可能性もある。いっそすぐに火あぶりにされた方がマシなのかもしれない。

要するに鬼は、そういった人間から逃れるために自分の力が役立つと言っているのだろう。


「俺様の力は鬼の力、人間を返り討ちにするのにこれ以上ないくらいに向いてる。それに加えて、今の俺様はあの機動鎧も好き勝手できるんだからな」

「〈アサルト〉のことか?」


あの時使用した漆黒の機械鎧。思い返してみれば何故か鬼との契約を交わした瞬間に出力が一気に上昇したのだが、あれはいったいなんだったのだろう。確か、鬼には心当たりがあるという話だった。それに加えて好き勝手できるというのはどういうことなのだろうか。


「あのさ、なんでお前が〈アサルト〉を好き勝手できる? 機械鎧なんて近代兵器、人外からすれば一番縁遠いもののはずなんじゃ……」

「そこはまあ、半分偶然みたいなもんだ。あの鎧の動力に、俺様の魂が封じ込められた刀が使われてるんでな」

「……刀?」


飛び出した言葉は思いもよらないものだった。そもそもあの機体の動力はECドライブ――つまりエナジークォーツが使われているはず。しかし鬼の言うところによるとコアとなっているのは刀、とはいえただの刀ではなく強い力を持つ鬼が封じ込められた刀、言ってしまえば妖刀の類だ。

異能の力を封じ込めることができるという時点で人外や妖術師によってエナジークォーツを使用して作られたものだと思われるので、確かにコアとして使用することはできるだろう。


「言っちまえば俺様があの鎧の心臓になってるわけだからな。かなり好き勝手できるわけだ」

「契約した瞬間に出力が上がったのも……?」

「俺様に魔力を渡すってことはあの機動鎧に魔力を渡すのと同じだからな。まあつまり契約相手のお前もかなり好き勝手できる……悪くない戦力だろ?」


確かに鬼の力だけでも人類軍を敵に回すのには役立つがそれでも生身で機械鎧などの兵器を相手することは難しい。だが彼の言うように〈アサルト〉までも自由に扱えるのだとすれば、その問題も解消される形になる。


「(……契約を続ける価値はあるか)」


実のところ、この鬼を亡き者にする手段はあるにはある。だがそれは今ではないとシオンは判断した。それを鬼の方も理解したのだろう。シオンの内心を見透かしたかのように楽しげな瞳でこちらを見ている。それが少々気に食わないが、ひとまずシオンは右手を差し出した。


「わかってるとは思うけど、ギブアンドテイクの関係として契約を続けるよ」

「おうとも。ただ、ひとつ確認しておきたいんだが……お前は、()だ?」


シオンの差し出した手を取ることなく、鬼は軽い調子で尋ねてきた。しかし、その目はともすれば視線だけで人間を殺せるのではないかというくらいに鋭い。子供の外見に不釣り合いな、見定めるような瞳だ。


「俺は人間だよ」

「ただの人間があんなバカでかい魔力を持ってるってか?」

「生まれつきでね。でもその辺りの事情を話す必要はないだろ?」

「……なるほど、手の内晒す気はないってか。まあこっちも全部話したわけじゃねぇし、ある意味対等か」


追求をやめた鬼の小さな右手がシオンの手を取り、ふたりは握手を交わす。

それはとてもではないが友好的なものとは呼べないだろうが、ふたりにとってはそれでも問題はない。

手を握り合ったまま、シオンはふとあることに気づく。


「そういえば、お前のことはなんて呼べばいい?」


ここに至るまで名乗られていないため今まで鬼とばかり呼んでいたがそれは少々微妙であるし、わかりにくくも感じる。鬼の方も名前を名乗っていないことを忘れていたのか「あ」と間抜けな声を漏らした。


「わりぃわりぃすっかり忘れてたぜ。俺様の名は朱月(あかつき)。よろしく頼むぜ、シオ坊」


そう言って笑う朱月の表情は子供の姿でありながら、どうにも胡散臭く、怪しい。しかしシオンもまた同じような笑顔で相手を見返してやった。

気を許していないのも、手の内を全て見せないのも、そしてどこかで相手を切り捨てようとしているのもおそらくはお互い様だ。


かくしてシオンと朱月の奇妙な協力関係は改めて結ばれたのだった。


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