8章-惨劇の理由①-
あの日、あの太平洋の戦場にいたふたりの証言となるとその信憑性は高い。
しかしキャプテンことロゼッタは人外になってしまっているし、正真正銘の本人であるという根拠はない。
タイチもタイチで親族から本物であると認められているとはいえ【異界】の騎士たちに協力している立場だ。
あちらの主張についても映像などの確固たる証拠足り得るものはないことも含め、その証言を手放しに信用することはなかなか難しい。
証言を終えたタイチたちも、それを聞いた〈ミストルテイン〉の面々も言葉を発することなく二、三分ほど経過した頃だった。
「……失礼。少し質問させていただいてもいいでしょうか?」
アキトが静かに口火を切り、タイチは少しだけ驚いてからそれに頷いた。
「そもそも【異界】の艦隊はなんのためにこちらの世界に来たのでしょう? そちらの証言では敵意はなかったようですが……」
「それは……オレよりもアーサーから話すべきか」
「そうですね」
タイチの言葉を受けて頷いたアーサーは説明のために少しだけ息を整えた。
「当時、騎士団がこちらの世界を尋ねた目的はいくつかありますが、一番の目的は協力関係を築くことだったそうです」
「その協力というのは?」
「六年前の一件からさらに数年前、私たちの世界の星読み――占星術などを駆使して未来を占う者たちが魔物や穢れに関わる大きな災いがこちらの世界に起ころうとしていると予知しました。そう遠くない未来に起こるであろうそれに対処するべく、こちらの世界の人々と事前に協力体制を築きたかったのだそうです」
「自分たちの世界のことでもないのに、わざわざですか?」
「異なる世界のものであろうと、罪なき人々の命が脅かされるのを見過ごすわけにはいきませんからね」
シオンの少々意地の悪い質問にアーサーは当然のように首を縦に振った。「別の世界のことなんて放っておけばいい」という考えは選択肢にもないようだ。
シオン個人としては少々理解し難いスタンスなのだが、今はそんなことはどうでもいい。
「それはともかく、災いって言われると割と心当たりありますね」
こちらの世界では今ちょうどアンノウンや穢れに関連する異常が確認されている。
実際に起こり始めていることを思うと占いだからと馬鹿にはできないところだ。
「こちらの世界の異常に関しては私たちも把握しています。加えて、今起きている異常こそが当時予知されたものだと判断しています」
「そうですか……ひとまず当時の目的については理解できました」
【異界】の目的は戦いではなく対話による協力関係の構築だった。
これもまだ信じていいかは微妙なところだが、あちらの主張との矛盾はないように思う。
ただ、少しばかり引っかかることはある。
「対話とか協力関係の構築が目的だった割には、ちょっと殺しすぎでは?」
「……どういう意味ですか?」
シオンの言葉にレッドの視線が鋭くなった。
このような反応になるのは見越していたので別に驚くことではないのだが。
「言葉通りです。もちろん先に手を出した人類軍は悪かったんでしょうけど、協力を望んでた割には反撃がえげつないなと思いまして」
対話しようと試みて攻撃が返ってきたとなれば確かに自衛のために反撃せざるを得ないだろうが、自衛のためであるなら人類軍側を全滅させる必要はなかったはずだ。
「できるだけ殺さず無力化っていう選択肢だってできなかったわけじゃないでしょ?」
「先に攻撃してきておいて随分と都合のいいこと言いやがりますね……!」
「(そこはまあわかってるけどさ)」
丁寧な口調を半ば忘れたレッドが怒りと共に殺気をシオンへと向けてくるが、それは当然の反応だ。
シオンの言葉を要約すると「先に手を出したのは確かに人類軍だけどそっちもやりすぎじゃない? 人類軍は全力で攻撃してただろうけどそっちは手加減してくれてもよかったんじゃないの?」ということだ。
人類軍の非を棚上げした挙句、【異界】が悪いとでもいうかのような発言。自己中心的にもほどがある。
【異界】側からすれば非常に腹の立つことを言っているのはシオンも百も承知であるし、仮にシオンが同じようなことを言われたとすれば即座にその発言をした者の頭と体を物理的にさよならさせている。
だが、やはり皆殺しというのは不自然に思えるのだ。
「無礼を承知で言わせていただくが、私もそこが気がかりです」
シオンとレッドの間の空気が緊張している中、アキトはシオンの無礼極まりない言葉に賛同した。
「そちらの主張通りなら人類軍に非があるのは間違いないでしょうが、不意打ちを受けたとはいえ全滅までさせてしまえばそちらが得られるメリットがない」
そんなことをすればあちらにとって一番の目的であったという協力関係の構築は実現不可能になってしまうのは目に見えていたはず。
攻撃された時点でこちらの世界を助ける気を無くした可能性も否定できないが、その場合イッセイを手厚く看病して半年生き長らえさせたことや、今こうしてタイチを騎士団に迎え入れていることと矛盾する。
「ここまでの話が真実なら、そちらは対話を望んでいるにもかかわらず卑怯な先制攻撃を受けた被害者だ。その被害者が機動鎧の一機も逃さないほどの反撃をしたというのにはどうしても違和感がある」
タイチたちの証言通り指揮系統が滅茶苦茶になっていたのだとすれば、自発的に撤退を選んだ部隊だっていたとしてもおかしくない。むしろ誰ひとりその場から逃げ出そうとしなかったという方が不自然だ。
タイチのような生存者がいるあたり確実に全員を殺そうとまではしていなかったのかもしれないが、戦う意思を見せなかった者たちを見逃さなかった時点で【異界】の軍勢がそれなりに執念深く人類軍に攻撃を仕掛けたのは間違いないだろう。
だが、ここまでの話を聞く限りはそんなことをする必要が――“惨劇”などと呼ばれるような真似をする必要があったとは思えないのだ。
アキトの指摘に対してレッドは噛み付くでもなく口をつぐんだ。
どうにも彼はわかりやすく、何かこちらに話していないことがあるのは明らかだ。
「……正直、俺はそっちがウソついてるとは思ってないんですよ」
シオンの言葉に〈ミストルテイン〉側はもちろんレイル隊の面々からも驚いたような視線が向けられたが、これはシオンの本心だ。
「“不意打ちされた”って断言する割には不意打ちされたって報告された時の音声とか不意打ちされた瞬間の映像とかがなくて、よくわかんない戦闘中の映像しか出てこないってのが引っかかってましたからね。むしろ“不意打ちされたのはウソだからそんなものない”って言われた方が納得できちゃうんですよこれが」
タイチたちの証言は、シオンがずっと気にしていた人類軍の報告の違和感を見事に解消した。それによってどちらを信じるかの天秤はタイチたちの証言にすでに傾いている。
その信用が決定的になるかどうかは先程の質問の答え次第だ。
「改めて質問です。どうして友好的な関係を望んでいたはずの【異界】が執拗に人類軍を攻撃したんですか?」
シオンの問いかけにレッドはやはり何も答えない。
その上司であるアーサーも、理由を知らないわけではないであろうタイチたちもためらっているかのように見える。
「――それは、憎しみに囚われてしまったからです」
シオンの待ち望んだ答えはテーブルを挟んだ向かい側からではなくすぐ近くからもたらされた。
振り返れば、どこか覚悟を決めたような面持ちのガブリエラがシオンを見つめていた。




