8章-亡者たちの供述②-
「本当に、お父さんなの……?」
父を名乗る男の登場にアカネは驚きを隠せていない。
昨日ミスティがロゼッタの登場に驚いたのと同じく、死んだはずの人間がひょっこり現れたのだから当然の反応だ。
「ああ。しかもロゼッタ艦長みたく亡霊じゃなく生きたままの本物だぜ。にしても、しばらく見ねえうちにさらにサナエににてきたなぁお前は」
サナエというのが誰なのかシオンは知らないが、話の流れからするとアカネの母親のことだろう。
その名前が自然に出てくるというのもタイチがアカネの父親であることの証拠になり得る。
そんな親子のやり取りをタイチの父であるはずのゲンゾウは鋭い眼差しで見つめている。
タイチもその視線に気づいたのか、同じような目でゲンゾウのことを睨み返した。
「で、テメェの息子が生きてたってのになんもなしかクソ親父」
「…………」
喧嘩腰なタイチの言葉に対して言い返すでもなくゲンゾウはやはり彼をじっと観察し……
「問題!!」
腕を組んで唐突に発した大声は広い格納庫に見事に木霊した。
ちなみにそれを近くで聞かされた上に慣れていないシオン、ギル、アカネを除いた〈ミストルテイン〉の面々は耳をやられたのか各耳を押さえて顔をしかめている。
「タイチ・クロイワは新米時代、火気厳禁のタンク近くでタバコを吸って大火傷なんていう学生でもやらねえようなミスをしたが、その火傷があるのはどっちの腕だ?」
唐突に始まったクイズはおそらく本物かどうかを確認するためのものだろう。
ただ、内容のせいで感動の再会をしていたはずのアカネが残念なものを見るような目になった。
「お父さんそんなバカなことしたの……?」
「してねえわ! やらかしたのサムの野郎でオレはそのバカを助けようとして巻き込まれただけだっつの! あと火傷したのは腕じゃなくて足だ! もうボケたのかクソ親父⁉︎」
「あ゛あ゛? んなわけねえだろうが、テメェが本物かどうか確認するために鎌かけたに決まってんだろバカ息子が!」
さっきの無視がウソのように喧嘩を始めたゲンゾウとタイチは置いておいて、今の確認はかなり効果的だった。
仮にタイチが偽物だった場合、今の質問に対しては「離れていた六年の間に火傷は直した」とでも言って誤魔化すところだろう。
しかし実際には「そもそも腕ではない」という当てずっぽうでも当てられないであろう正解を答え、しかもその具体的なエピソードまで口にした。
少なくとも姿を真似ているだけの偽物には絶対にできない芸当であるし、仮に本物から記憶を奪うなどの行為をしていたとしても、そこまで細かなエピソードまでしっかり把握している可能性は低い。
ゲンゾウもそう考えているのか、彼が本物の自分の息子であると確信しているようである。
「結局、彼はタイチ・クロイワ本人ということでいいのでしょうか?」
「少なくともお爺ちゃんは確信したみたいだけど……」
アカネはまだそこまでの域に達していないらしい。
それから彼女は何かを決心したかのように小さく頷いた。
「お父さん」
「あ?」
「問題です!!」
ゲンゾウほどではないが格納庫中にしっかりと届く声でアカネは言った。ちなみに腕を組むポーズまでしっかりゲンゾウの真似をしている。
「お父さんがお母さんにプロポーズして断られた回数は四回ですが、「いやいや待て待て! 四回じゃなくて三回だ!」え、でもお母さんは四回って言ってたけど?」
「サナエのやつ、相変わらず幼稚園の分まで回数に含めてやがる……! さすがにそれはノーカンだろ⁉︎」
「……艦長、あのお父さん本物だと思います」
「わかりました……」
やや哀れな形ではあるが、ゲンゾウとアカネ両名ともに本物の確信を得られたらしい。
第三者であるシオンからしてもここまでプライベートな内容、しかもなかなか恥ずかしいものも含めて即答できているのを見て、偽物だとは思わない。
「とりあえず、オレが本物ってのは信じてもらえたようで何よりだ。話を戻す」
信じてもらうまでの流れが流れなのでやや複雑そうではあるが、タイチは話を戻した。
「さっきも言った通り、オレは一般的には死んだことになってる。まあ厳密に言えばMIAってことになるんだろうが、六年経ってりゃどっちでもいいだろ」
「六年前ということは、《太平洋の惨劇》で、ですか?」
「……ああ、確かそんな呼び方されてるんだったな。それで正解なはずだ」
「そこは俺たちも保証してやる」
《太平洋の惨劇》というのはあくまで事件の後につけられた名前なので、事件の最中にMIAになってしまった彼がピンと来ないのも無理はない。
ただゲンゾウがそうであると証言しているので間違いはないだろう。
「かの事件でMIAとなったあなたがどうしてレイル隊に……?」
「ひとまず簡単に言えば、あの一件のどさくさであっちの世界に飛ばされちまったから、だな」
「六年前の一件の際、私たちの同胞が帰還するために開いた門を通過してあちらの世界に迷い込んだ人々がいたのです。タイチさんもそのひとりとなります」
アーサーからの補足説明を聞いたアキトは、視線だけでシオンに「ありえるか?」と疑問を投げかけてきた。
その答えとしてはイエスだ。
世界を行き来するにはかなり魔力を必要とするので、一隻一隻が別の門を開いた可能性は低い。まず確実に複数の戦艦が通過できるような大きさの門を開く方法を取っただろう。
以前オボロが開いた程度の規模であれば周囲に影響を及ぼすことはないだろうが、巨大な戦艦が複数通過できる規模となると周囲のものをブラックホールのように吸い込もうとしてしまうはず。
それに人類軍が巻き込まれていたとしても不思議ではない。
吸い込まれてから無事にあちらの世界にたどり着けるかどうかは運次第だが、作戦に投入されていた軍人の数を思えば、無事に到着できた人間が多少いたとしてもおかしくはないというわけだ。
「……もしかして、あなたたちがお父さんを知ってるのも?」
思わずといった風にナツミが発した言葉に、アーサーは頷いた。
「イッセイ・ミツルギ殿は六年前の事件の際にタイチさん含む五〇名ほどの部下のみなさんと共に私たちの世界に迷い込み……そんな彼らを最初に見つけたのは未熟な私が初めて隊長を任された小さな偵察部隊でした」




