8章-戦いの後-
クラーケンとの戦いを終え、それぞれ被害などの有無を確認し終えた面々は最初にそうしたのと同じように“幽霊船”に集まっていた。そのメンバーは前回と全く同じだ。
「いやー、おかげで無事にクラーケンをどうにかできた。感謝してもしきれないね!」
集まった面々を見渡したキャプテンは晴れ晴れとした様子でそう言った。
それからどこからともなくワインのボトルを取り出して高々と掲げる。
「とりあえず祝杯といこうか! まだ真昼間だけどめでたいしいいだろ?」
「いえ、それは……」
「お誘いは嬉しいのですが、この後やるべきことがありますので」
「……つれないねえ」
アキトとアーサーから断られてしまったキャプテンはしょんぼりしつつもボトルの栓を抜き、同じくどこからともなく取り出してきたグラスに注いで一気に飲み干した。
「いや飲むんですか⁉︎」
「強要はしないけど勝手にひとり飲むくらいはいいじゃないか。ひとり酒はちょっと寂しいけどね」
空になったグラスに再びワインを注ぎつつ、「まあそれはともかく」とキャプテンは続ける。
「こうして大した被害もなくあのバケモノを倒せたってのは本当にめでたいことなんだよ。少なくともアタシらだけじゃ無理だったし、犠牲者が出てて当然な相手だったんだからね」
キャプテンが真剣に話すように、〈ミストルテイン〉にしろレイル隊にしろ死傷者が出ていたとしても不思議ではなかった。
さすがにファフニールのような魔物堕ちと比べると危険度は下がるとはいえ、強力な人外には違いない。それを相手に急拵えの同盟で挑んで被害なしというのは確かにめでたいことである。
「こっちから声をかけておいてなんだけど、思った以上に人類軍と騎士団で協力してくれたのがよかったね」
実際のところ、ソードの介入がなければ〈ブラスト〉はそのまま海に引きずり込まれていた可能性が高かっただろう。
それ以外でも特に反目しあうこともなく協力しあって挑むことができたからこそ、今回の結果を得られたのだというキャプテンの言葉は決して誤りではない。
ただ、それを素直に喜んでいいのかというと難しいところだろう。
今回はあくまでとある一部隊同士であったからこうして協力できたわけだが、あくまで人類軍と【異界】は敵対関係にある。
今後の状況によっては〈ミストルテイン〉とレイル隊が命の奪い合いをすることにだって十分に起こり得る状況下でこうして協力し合ってしまったことが良いことだったのか悪いことだったのかはシオンにもはっきりとはわからない。
そんな微妙な空気を感じ取ったのか、キャプテンは呆れたように大きく息を吐く。
「ま、確かに色々とややこしくはあるんだろうが、今は素直に喜んでおけばいいじゃないか。“人間と人外が協力できた”ってのは絶対に悪いことじゃないはずだろ?」
「……ええ。その通りだと思います」
キャプテンの言葉にガブリエラは大きく頷いた。それから彼女はアキトとアーサーの双方に視線を投げかける。
「今回のことはあくまで小さな事件でしかないかもしれません。しかしふたつの世界の住民が歩み寄れたのは事実です。……それがすぐに実を結ぶことはなくとも、双方が決して相容れないものではないという証明にはなると、私は思います」
それはガブリエラの望むふたつの世界の和平にとって、小さいが確かな一歩になり得る。
少なくともどちらの世界にとってもネガティブな内容ではないはずだ。
「……ガブリエラの言う通り。少なくとも私たちは共に悪しきものと戦うことができました。今回はそれを喜んでいいのでしょう」
「そうですね。歩み寄れる可能性が見えたことは、とても喜ばしいことです」
ガブリエラの言葉にそれぞれのトップは頷き、どちらともなく歩み寄って握手を交わした。
それを見たガブリエラは、少しだけ泣きそうな顔をして微笑んでいる。
「……よかったな、ガブリエラ」
「はい……」
「さて、そんな感じでいいムードではあるんだが……アンタらこの後どうするんだい?」
アキトとアーサーとの握手も終わり空気が和やかになってすぐ、キャプテンは全員を見渡して尋ねた。
「どうする、とは?」
「言葉通りだよ。クラーケンは無事に倒し終わったわけだし、ここでやることはなくなったわけじゃないか。そうなるとこの後どうするつもりなのかって話さ」
三隻が共に戦うことを決めたのはクラーケンという共通の敵を倒すため。
それが終わった以上はまたそれぞれが別々の目的のために動くなることになるだろう。
〈ミストルテイン〉の元々の目的は霧に潜んでいると思われる【異界】の戦艦の捜索。
クラーケンの討伐はあくまで結果的にやらなければならなくなったものであり、しかも当初の目的であった【異界】の戦艦であるレイル隊の捜索は完了――どころか接触して対話までできてしまっている。
レイル隊を倒せなんて命令も受けていないので今から戦う必要もないので、順当に考えるならば通信でクリストファーたち上層部に事の次第を報告し次の指示を待つというのが妥当だろう。
「アタシとしては祝勝の酒盛りでもしたかったんだが、そういうわけにもいかなそうだし……」
「それなのですが、私たちから少しよろしいでしょうか?」
片方を軽く挙げたアーサーにシオンたちの視線が集まる。全員の目が集まっていることを確認してからアーサーは言葉を続けた。
「私たちから、ミツルギ艦長にお話ししなければならないことがあります。そのために〈ミストルテイン〉に立ち入らせていただきたいのです」
「……それは、ここで話すわけにはいかないのでしょうか?」
アーサーが信頼できないというわけでもないが、【異界】の騎士を軽々しく船に招き入れるのは人類軍の軍人として褒められたことではない。
それにわざわざ〈ミストルテイン〉で話をしたいというのも、ただ話をするだけなら必要のない要求のはずなので気がかりだ。
「ここで話せないわけではないのですが、この話を聞かせるべき方がそちらの船に他にもいらっしゃるのです」
「それは、誰ですか?」
「ハルマ・ミツルギさんとナツミ・ミツルギさん……ミツルギ艦長を含めイッセイ・ミツルギ殿の御令息と御令嬢に」
レイル隊の面々が何故かアキトたちの父親の名を知っているらしいことには気づいていたが、この言葉はアーサーたちがその事実を完全に認めたのと同義だ。
前回話をした時は強引に誤魔化してきたのにどういった心境の変化があったのかはわからないが、こちらから尋ねるつもりだったことを思えば好都合だろう。
ここにいないふたりを呼べと要求することもできなくはないが、少々礼を欠く行動だ。
話をするために〈ミストルテイン〉に行きたいというのはおかしくはないだろう。
「おやおや、アタシらは除け者かい?」
「可能であればキャプテンにも同席いただきたいのですが、おそらく船を離れることができないのですよね?」
「まあね。どうもこの船以外にはいられなくてねぇ」
“幽霊船”という特殊な人外であるが故に、キャプテン含めて船員である船乗りの亡霊たちは船を降りることができないらしい。
この船の甲板を話し合いの場に選んだのにはその事情もあったのだろう。
「もしも私たちが信用できないというのなら神子殿に力を封じていただいても構いません。……いかがでしょうか?」
「…………」
アーサーからの提案にアキトはしばらく考え込み、最終的に首を縦に振った。




