8章-クラーケン討伐作戦⑩-
「……そうだな。諦めるにはまだ早い」
『わかったってんなら話は早え! ……とか駄弁ってる間にあっちの休憩も終わっちまったらしい』
朱月の言う通り、光の槍での攻撃以降沈黙していたはずのクラーケンが再び動き出していた。
今になって思えば、防御による疲労からの回復と損傷した足の再生を待つ間攻撃を控えていたのだろう。
再び渦潮が見られ始め、そこから無数の海水の砲弾が〈ミストルテイン〉に向かって放たれる。
しかしアキトが回避を指示するよりも早く、それらは魔力の斬撃によってことごとく両断された。
『アキトの坊主はさっさとやっちまえ』
「……そのための時間稼ぎをしてくれると?」
『ま、助言した手前、そのくらいのケツは持ってやらぁ』
クラーケンと〈ミストルテイン〉の間に立ち塞がる〈アサルト〉。
シオンが乗っている時よりも動きに妙な人間臭さのあるその後ろ姿は堂々としたものだ。
『じゃあ機動鎧部隊は攻撃開始! アキトが何するか知らないけど、とりあえずクラーケンを引っ掻き回してやんなさい!』
アンナの号令でハルマたち機動鎧部隊がクラーケンへと突撃する。
『であれば、私たちもクラーケンの撹乱に回るのがいいでしょう』
その言葉と同時に振り抜いた刃でアーサーは蠢いていたクラーケンの足を三本まとめて斬り落とした。
『隊長! そんな人間に頼るような……!』
『〈レイル・アーク〉の聖槍では倒せないようだし、あちらに秘策があるならそれを頼ってもいいだろう? それとも他に作戦が?』
『……隊長がそう仰るなら』
レッドは反対する素振りを見せたがアーサーはあっさりとそれを論破した。
「助かりますが、それではそちらのリスクが大きいのでは……?」
『何、この程度の敵に後れを取るほど私たちは軟弱ではありませんよ。……それに、そちらの秘策にも興味がありますから』
ソードも異論はないようでレイル隊の方針はクラーケンを撹乱することでアキトの作戦を手助けすることで決まったようだ。
『じゃあ、アタシらもやろうかね』
キャプテンの言葉と同時にどこからともなく飛来したミサイルがクラーケンの周囲で爆発する。
『距離がある分やりにくいが、役立たずのまま終わるわけにもいかないからねえ』
さらに後続のミサイルも降り注ぎ、レイル隊からの攻撃も含めクラーケンはとてもではないが〈ミストルテイン〉に構っている暇はなさそうだ。
「ありがたいことにバックアップは完璧。あとはアキトが頑張るだけってことね!」
「プレッシャーをかけるな。……まあ、失敗する気はないけどな」
アンナの軽口に応じながら、アキトは目を閉じた。
『シオン』
『……聞こえてます』
他のブリッジメンバーには聞こえないように直接念話を繋いでシオンにだけ呼びかければすぐに答えは返ってきた。
むしろここまで何も言ってこなかったことの方が不自然なくらいだが、それはアキトとの約束を信じてくれているからこそなのだろう。
だからこそ、アキトはここで半端なウソを口にするつもりはない。
『少し、無茶をする。だがお前との約束を破るつもりはない。……安心して待ってろ』
朱月の助言で何をするべきかはわかっている。
やり遂げられる自信はそれなりにあるが、多少の無茶をしなければならないことなのも事実だ。
『……わかりました。そこまで言うなら待っててあげます』
数秒ほどの沈黙の後に返された言葉に、アキトはわずかに口元を緩めた。
シオンはアキトの言葉を信じて待っていてくれる。
他の人々もアキトを信じて援護をしてくれている。
ならば、あとはアキトがやり遂げるだけだ。
閉じていた目を開き、右手を前にかざす。そしてその甲に刻まれた契約紋に意識を集中させる。
「――契約の名の下に、力を貸せ〈光翼の宝珠〉!」
アキトの呼びかけに応じるように右手の契約紋は強く光を放つ。
同時に〈ミストルテイン〉にも変化が起こり始めた。
「本艦のECドライブ、出力急速上昇! 八〇、九〇、一〇〇パーセントを突破!」
「ちょっ、それオーバーヒートとかしない⁉︎ 大丈夫⁉︎」
『多少一〇〇パーセント越えた程度なら問題ねえが、上がりっぱなしだと保証はしねえぞ!』
アンナの心配に格納庫からもゲンゾンの怒声が飛ぶ。
だが、ここまではアキトも想定していたので焦る必要はない。
「ECドライブ、出力一〇〇パーセントで安定! でも、ECドライブ内の〈光翼の宝珠〉の魔力反応はなおも上昇中……契約を介して艦長に流入しています!」
「なっ⁉︎」
コウヨウの報告にミスティが声を上げた。
アンナやラムダたちも同じく驚愕の目でアキトを見つめてくるが、アキトはそれに対してあえて微笑んでみせた。
「問題ない! それよりも〈ラグナロク〉発射準備! 照準はクラーケン!」
「お、おう!」
「了解!」
ブリッジの面々がアキトの指示に慌ただしく動く中、アキトは自らの内に集めた魔力に集中する。
ただ〈ラグナロク〉を撃つだけではシオンの指摘通り水蒸気爆発を起こすだけで終わってしまう。
だから光学兵装での熱線ではないもの、魔術による攻撃でなければならない。
理想となるのはシオンやレイル隊が用いるような純粋な魔術による攻撃だが、まだアキトには宝珠のサポートがあってもそこまでの芸当はできない。
しかし、〈ラグナロク〉のパワーをそのままに魔術に変換することなら可能だ。
「(幸い、見覚えもあるからな)」
いつかのシオンが〈ドラゴントゥース〉での射撃を魔力で冷気に変換して湖を凍らせたように、〈ラグナロク〉の砲撃を魔術に変換する。
「(それだけじゃ光の槍の二の舞だ。もっと威力を、エネルギー総量を増幅させる。その威力が分散しないようにも工夫を――)」
宝珠のサポート、シオンから学んできた知識。
それらを総動員して発動すべき魔術を組み上げていく。
「――変換術式起動、熱量を光の魔力に。増幅術式三重展開。重ねて魔力を収束し一点に集中――!」
アキトの言葉に呼応する形で〈ミストルテイン〉の前方に五つの巨大な魔法陣が重なるように展開された。
ゆっくりと回転するそれはその力を発揮する時を待っている。
「〈ラグナロク〉発射準備OKだ!」
「機動鎧部隊および友軍各機、射線から退避完了!」
攻撃を仕掛けていた面々が退避したことでクラーケンの注意が強い魔力を放つ〈ミストルテイン〉に向いたが、もう遅い。
「〈ラグナロク〉、ぶちかませ!」
艦長として振る舞うアキトが普段であればまず使わない荒々しい口調で叫び、〈ラグナロク〉の閃光は解き放たれた。
科学による閃光はひとつ目の魔法陣を通過することでその輝きを洗練させ、三つの魔法陣をくぐり抜ける間により大きな光へと変わる。
そうして最後の魔法陣に触れるとその輝きはより細く鋭い閃光へと変わって空を切り裂く。
狙いの先のクラーケンは先程そうであったように海水の防壁を作り出すが、収束した閃光は容赦無くそれを貫き、その次に控えている魔力防壁へとぶつかる。
まず一枚目、一拍開けて二枚目、三枚目と次々と魔力防壁を砕き、さらに四枚目、五枚目と続いて全ての魔力防壁が砕けた。
いよいよ守りを失ったクラーケンはその威力を恐れたのか、全ての足を盾にその身を守ろうとする。
ひとつひとつが太く強靭な足を重ねるようにして閃光を受け止めるクラーケン。
最後の手段なだけあってここまでの守りほどあっさりとは貫けないが、アキトは怯まない。
「――なら、もっとくれてやる……!」
ECドライブを介して〈ラグナロク〉にさらにエネルギーを回し一〇〇パーセント以上の出力に。
増幅術式に手を加えてさらに強く。
収束術式に手を加えてさらに鋭く。
今のアキトにできる全てをそこに注ぎ込む。
重ねられた足の一本が閃光に穿たれて海面に落ちる。二本、三本、四本と続けて足が千切れ、大きな水飛沫をあげる。
「このまま、終われ――!」
アキトの言葉と共に右手の契約紋がさらに強く輝いたその刹那、残る全ての足を突破した閃光がクラーケンの巨大な両目の間を貫いた。
さらには貫通した閃光がその先の海を穿つようにしてそこに巨大な穴を作り出す。
太平洋の真っ只中にできた巨大な穴と、その中心で急所を穿たれた海の魔物。
そんな非現実的な1シーンを最後に、クラーケンとの戦いは幕を閉じた。




