8章-クラーケン討伐作戦⑧-
アキトの号令に一番に動き出したのはハルマの駆る〈セイバー〉だった。
アーサーと朱月に接近されたことでクラーケンの意識がそちらに向いているのをいいことに一気に距離を詰めると、朱月を狙っていた足の内の二本を〈アメノムラクモ〉で両断した。
さらにその勢いのままクラーケンの体にも一太刀浴びせてすれ違うように距離を取る。
そのように逃げていく〈セイバー〉をクラーケンの足が追うが、今度は〈スナイプ〉と〈ブラスト〉の射撃がクラーケンを襲う。
〈セイバー〉の一撃に気を取られていたクラーケンに面白いほどに弾丸やミサイルが命中し、その巨大な体を不愉快そうに震わせた。
さらに〈クリストロン〉と〈ワルキューレ〉も続いて攻撃を仕掛けることでクラーケンを撹乱する。
「最初はいかにも捕まったらやばそうでこっちも動きにくかったけど、斬れるし燃やせるなら怖くなんかないわ」
アンナがニヤリと悪い笑みを浮かべてクラーケンを睨む。
機動鎧部隊は最初こそ未知の部分の多いクラーケンの足に振り回されてしまったが、アーサーや朱月たちのおかげでそれらが案外脆いものであるとわかった。
再生されてしまうという難点はあれど、〈セイバー〉や〈ワルキューレ〉などであれば捕まる前に斬れるし燃やせる。〈スナイプ〉や〈ブラスト〉も間合いが読めてきた。
その上アーサーや朱月に加えて、機動鎧部隊の突撃に合わせてソードまでもが前に出て攻撃を仕掛けているのだ。
この状況で臆する理由などどこにもない。
「パイロット連中には負けてられねえ! こっちも撃つぞ!」
ラムダの豪快な言葉と共に〈ミストルテイン〉からも無数の砲撃とミサイルが放たれた。
良くも悪くもクラーケンは巨大だ。機動鎧部隊を避けて狙っても当てようはいくらでもある。
クラーケンもバカではないので防壁や海水の砲弾で多少は迎撃もされてしまったが、それでも半数近くの攻撃がクラーケンの体に命中した。
「! さすがに怒ったみたいよ」
周囲を飛び交う機動鎧に攻撃されつつも、クラーケンは狙いやすい標的である〈ミストルテイン〉をターゲットにすることにしたようだ。
足を振り回してなんとか機動鎧たちに近づかれないようにしつつ体ごとこちらへと向き直り、さらには海面上の渦潮の砲台を増やしてこちらを狙い始めた。
「回避!」
アキトの指示で船体が大きく旋回する中、渦潮の砲台から海水の砲弾が放たれようとした――その時。
『一斉に放て!』
音ではなく思念で伝わってきた号令と共に、クラーケンの背に大量の光が襲いかかった。
それによってクラーケンからこちらに放たれようとしていた攻撃も中断される。
「今のは……」
「レイル隊の戦艦、並びにその周囲に展開している魔装部隊からの攻撃のようです!」
ここまで目立った動きのなかったレイル隊の戦艦の周囲に、アーサーのものや〈ワルキューレ〉とも異なる魔装は十体、手本のように綺麗な陣形で浮遊している。
『第二射、放て!』
再び号令と共に戦艦周囲に展開された無数の魔法陣と各魔装がクラーケンへと向けた剣先から光の弾丸が放たれ、クラーケンのしっかりと命中する。
「見事な統率ですね……」
『当然です。我々は王国の精鋭たる≪銀翼騎士団≫なのですから』
戦闘開始直後からブリッジで発せられた音声は念話に変換されてレイル隊や“幽霊船”にも伝わるようにしてあるので、ミスティの思わずといった風にこぼした感想もしっかりとあちらに伝わったらしい。
「レッド副隊長。援護に感謝します」
『……友軍として当然のことです。感謝されるようなことではありません』
やや突き放すようなレッドの返答。彼があまりこちらとの協力に乗り気ではなかったのを知っているので今更驚きもしないのだが、ミスティは少し不愉快そうに顔を歪める。
「にしても、あんなにやれるのになんで今まで何もしてなかったんだ?」
念話に不慣れなラムダは会話があちらにも筒抜けであることを失念していたらしく、遅れて「あ、やべ」と口を押さえた。しかしもう遅い。
『こちとら好きで出遅れたわけじゃねえし! 隊長が相手の手の内を見るために少し待てと指示なさったんだよ!』
ラムダの失言に烈火の如く怒り出したレッド。
確かに未知の敵を前に全軍を動かす前に偵察をするのは理にかなっている。まあ、それを隊長が直々にするのはいかがなものかと思うのだが。
『……まあ、それはもういいのです。おかげでこちらの準備は整ったのですから』
「準備?」
『ええ。待てと言われてただ待つだけなどと愚かなことはしません』
荒々しい口調を収めて冷静に振る舞うレッドだが、その言葉からはどこか得意げな様子が伝わってくる。
『クラーケン付近のアーサー隊長、ソード殿、そして人類軍の面々! これより本艦は高位魔術による攻撃を行います! 巻き添えにならぬように離れてください』
その言葉を合図にレイル隊の戦艦の船首がクラーケンへと向けられ、船首を中心に複雑で巨大な魔法陣が展開された。
その魔法陣の中心の円は、砲門であるかのようにクラーケンへと向けられている。
「魔力反応急速に増大! かなりの大きさです! 〈ラグナロク〉の出力にも匹敵するかも……」
「あっちの船の主砲ってこと⁉︎」
『ええそうです! これが我らが船〈レイル・アーク〉最大の攻撃魔術! これでこの戦いを終わらせましょう!』
魔法陣が徐々に輝きを増し、それに呼応するようにその中心に光が収束していく。
『大洋に潜む悪しきもの 恐怖より生まれし災いの化身 この一撃をもって果てよ!』
レッドの紡ぐ言葉に合わせ、収束した光は一本の槍のような形状に変化した。
決して巨大なものでもなく、これまであった目が眩むような輝きもない。
しかしそのシンプルな形状の一振りからはとてつもない魔力が感じられる。
『――穿て!』
そして、レッドの鋭い号令と共に光り輝く槍は放たれた。




