8章-クラーケン討伐作戦⑥-
「クラーケンの魔力反応増大! 仕掛けてきます!」
警報と共に発せられたコウヨウの警告にブリッジメンバーに緊張が走る。
「ナツミ、回避だ!」
「了解!」
操舵手であるナツミに指示を出しつつ、アキトは正面モニターに映るクラーケンとその周囲に目を光らせる。
そうすれば変化にはすぐに気づくことができた。
「海面が渦巻いてる……?」
クラーケンの周囲でざっと数えて十数カ所、海面が渦を巻いている。
それ自体は自然現象としてもあり得ることだが、今この場で起きているそれがただの自然現象であるはずがない。確実にクラーケンによるものだろう。
「渦巻いてるのはいいけど、何する気? 海にどうこうしたって空にいるものは攻撃できないでしょうに」
水上艦や潜水艦の類であればあの渦で飲み込むことで沈めることができるかもしれないが、空を飛ぶ船はそんな方法で海に引きずり込むことなどできないはず。
アンナの言葉になんらおかしなことはないが、そう決めつけて楽観視はできない。
クラーケンにどの程度の知能があるかは未知数だが、不利を察して逃げに転じるだけの知能があればそのくらいわかってもおかしくないのだから。
「コウヨウ君。何かわかることは?」
「いえ、あの渦に魔力の反応がわずかに集中しているくらい……! 反応が瞬間的に上昇! それに何か来ます!」
後半の何かはひどく抽象的ではあったが、それが危険なものであることは予想できた。
咄嗟にその言葉に反応したナツミが回避のために大きく舵を切った直後、渦の中心から何かが勢いよく飛び出し、数秒ほどで〈ミストルテイン〉の横を掠めた。
「なんですか⁉︎ 砲撃⁉︎」
「いえ、今のは……海水です!」
分析によって判明した正体が報告された直後、第二波の内回避しきれなかったものが〈ミストルテイン〉を覆う魔力防壁を直撃した。
防壁のおかげでダメージこそないが強い衝撃に船が大きく揺れる。
「海水って、ただの水鉄砲ってこと⁉︎」
「そういう風にも言えるかもしれませんが、そんな可愛らしいものじゃありません!」
「でしょうね!」
「……大質量の海水の塊を魔力でコーティングして飛ばしてきてる、んでしょうか?」
そうしたアンナとコウヨウのやり取りの間にも数発が命中し、その度に船が揺れる。
ナツミの回避のおかげで命中している数は最小限だが、そもそも飛んできている数がかなり多い。
海面の渦ひとつひとつが海水の砲弾を放つ大砲のようなもののようなので、放たれる砲弾の数が多いのも当然と言えば当然だ。
「(すぐに防壁を破られるほどじゃないが……)」
「あーもう! 船が揺れるせいで回避が……!」
砲弾が当たる度に船が揺れてしまい回避に悪影響が出ている。
それが原因で砲弾がさらに命中し、さらに回避に悪影響が出るという悪循環にナツミは苛立ったように声を上げた。
レイル隊の戦艦も同じような状況なのか、防壁に砲弾が命中しているのが確認できる。
あちらの防壁も特に破られそうな気配はないが、このまま攻撃に晒され続けるのはどちらにとっても好ましくないだろう。
『こちら、機動鎧部隊! クラーケンへの攻撃を仕掛けます!』
〈セイバー〉からハルマが通信を送ってきたかと思えば、〈セイバー〉、〈クリストロン〉、〈ワルキューレ〉の三機がそれぞれ別方向からクラーケンへと向かっているのが目に入った。
おそらく攻撃することでクラーケンの注意を二隻の戦艦からそらそうとしているのだろう。
しかし――、
『っ!』
通信越しにわずかにハルマの息遣いが聞こえたかと思えば、〈セイバー〉が勢いよく旋回する。そして次の瞬間には海中から勢いよくクラーケンの足が飛び出してきた。
さらにはその足がまるで蛇のように〈セイバー〉のことを追いかけ始める。
〈クリストロン〉と〈ワルキューレ〉はもちろん、やや後方に控えていた〈ブラスト〉と〈スナイプ〉も二機も同じ状況に陥っており、クラーケンへの攻撃どころではなさそうである。
「(遠くの敵には海水の砲弾、近づく敵には足で対応してるわけか)」
かなりのマルチタスクではあるが、それでもクラーケンの狙いは決して雑なものではない。
不用意に近づけば足に捕まってあっという間に海に引きずり込まれてしまうだろう。
「やばっ! 誰でもいいから〈ブラスト〉の援護!」
焦った様子のアンナの視線の先のモニターには二本の足に追跡されている〈ブラスト〉の姿がある。
現在出撃している機動鎧の中で、最も機動力に劣るのが〈ブラスト〉だ。それがよりにもよって二本の足に追われているというのはかなり危険だ。
しかし、他の機動鎧も足や砲弾への対処でとても他を援護している余裕などない。
「(このままでは不味い!)」
水中戦に特化していない機動鎧が水中で本領を発揮するクラーケンから逃れるのは難しい。
特に機動力の低い〈ブラスト〉となれば生還は絶望的だ。
それを未然に防ごうとアキトが〈ミストルテイン〉からの援護を指示しようとしたその時、黒い影が〈ブラスト〉とクラーケンの足の間に滑り込む。
『……!』
通信ではなく念話を通じて届いた短い呼吸。その刹那、迫る二本の足が細切れになった。
そこにはただ剣を振り抜いた姿の漆黒の魔装が佇んでいる。
『……無事ダナ?』
『は、はい……』
『……オ前ノ機体ハ、相性ガ悪イ。距離ニ気ヲ配ルトイイ』
【異界】の騎士、ソードに助けられたこともそうだが、アドバイスまでされてリーナはやや驚いたようだった。
しかし彼女も優秀なパイロットだ。すぐに気持ちを切り替え、アドバイス通り高度を上げる。
続いて〈ミストルテイン〉に迫っていた海水の砲弾のいくつかが空中に突如として展開された魔力防壁によって阻まれた。
そこではガブリエラの乗る〈ワルキューレ〉に似た白い魔装が剣を構えている。
『こちら、レイル隊隊長、アルトリウス・レイルです』
「レイル隊長⁉︎ 自ら前線に出ているのですか?」
アーサーによる念話が白い魔装から届いていることにアキトは驚く。
隊長という立場を思えば戦艦で全体の指揮をしているのが普通だと考えていたので、完全に予想外だったのだ。
『私は騎士。剣を振るうことこそあるべき姿です。……まあレッドにはいい顔はされませんがね』
少しだけ冗談めかしてそう答えたアーサーは再び〈ミストルテイン〉を狙う軌道で飛来した砲弾を危なげなく防壁で防ぐ。
「我が部隊の隊員を援護していただき感謝します」
『いえ。むしろクラーケンを引きつけるまでの流れを全てそちらにお任せしてしまいましたから……まだまだこちらは役立たずといったところでしょう』
申し訳なさそうにそう話すアーサーだったが、直後、彼の纏う空気が変わる。
『共に戦うと宣言した以上、そちらにばかりお任せするわけにはいきません。ここからは私たちレイル隊の力を存分にお見せいたしましょう!』




