8章-クラーケン討伐作戦⑤-
「ラムダ! 海中のクラーケンを狙えるな?」
「任せとけ! ハワイで対潜ミサイルをたっぷりもらっておいたからな!」
〈ミストルテイン〉は飛行戦艦であるため、本来は水中の敵を攻撃するための専用兵装はない。いくつかの実弾兵装が兼用できるというだけだった。
普通であればそれは特に問題ではない。
飛行戦艦が中途半端に水中や水上に適した専用兵装を用意するよりも、水中や水上での戦いを専門とする部隊に任せればいいだけだ。
しかし、〈ミストルテイン〉はすでに環境に関係なくアンノウンや人外との戦いを命じられる立場にある。
普通の部隊では対応できない水中や水上のアンノウンとの戦いを命じられるかもしれないということで、アキトから上に打診して水中の潜水艦などを狙うためのミサイルを手配しておいた。
「こんなこともあろうかと」が今回見事に功を奏したというわけだ。
「つーか、結構な深さまで潜ってやがる。これがなかったら手ぇ出せなかったぞ」
「自分の有利な環境に逃げ込もうとするのは当然と言えば当然だろうな」
クラーケンにとって水中が戦いやすい環境であることはもちろん、距離が離れれば攻撃はしにくい。
そういった有利な状況のまま逃げ切るつもりだったのだろう。
――まあ、アキトにそれを許すつもりなどないのだが。
「コウヨウ君、決して相手を見失わないでくれ」
「もちろんです!」
「ラムダ、ミサイルの準備はいいな?」
「おう!」
「アンナ!」
「オッケーわかってる! 機動鎧部隊、順次発進!」
「よし!」
各員の準備を確認してからアキトは自ら念話をレイル隊と“幽霊船”へとつなげる。
「こちら〈ミストルテイン〉! 海中のクラーケンへの攻撃を開始! まずは敵を海上に引きずり出す!」
アキトが高らかに宣言するのに合わせて〈ミストルテイン〉から大量の対潜ミサイルが発射された。
垂直に発射されたミサイルはそのままクラーケン直上を目指して飛び、やがて弾頭を切り離す。
「弾頭の魚雷がクラーケンを追尾開始……クラーケン周囲に魔力反応。攻撃の接近に合わせて防壁を展開したようです」
『なーに、この程度の強度なら問題ねえさ』
コウヨウの報告に対し、格納庫から通信してきているゲンゾウが自信ありげだ。
その言葉に応えるように、クラーケンを追いかける魚雷から魔力の気配が発せられた。
「対防壁術式の起動を確認! 全弾防壁を突破しました!」
そしてモニターのひとつに映し出されていたクラーケンを示す反応に、魚雷を示す無数の小さな反応が接触する。
海中でのものであるため上空からではその瞬間を目にすることは叶わないが、クラーケンの魔力が揺らぐ気配で無事に命中したことがアキトにははっきりとわかった。
「全弾命中! ダメージあり!」
「……これまでの相手と比べると随分あっさりダメージが与えられましたね」
「そりゃあ硬い鱗で守られてるドラゴンと比べればイカなんてめちゃめちゃ柔らかいでしょよ」
ミスティとアンナの会話を耳で捉えつつもアキトは水中のクラーケンへと意識を集中する。
普通の人類軍であればセンサーに頼るしかないところだが、幸いアキトは魔力の気配を探ることができるので別のアプローチで動向を探ることができる。
だからこそ、コウヨウが報告する前にクラーケンの動きに気づいた。
「総員警戒! クラーケンが急速に浮上してくるぞ!」
その言葉と入れ替わりで鳴り響く警報がアキトの言葉が事実であることを裏付ける。
そしてカメラ越しに見える海面には巨大なシルエットが映し出された。
「機動鎧各機! シルエットから距離を取りなさい!」
アンナの叫ぶような指示から数秒後、巨大な水飛沫が上がった。
指示通りに距離を取っていたことでその水飛沫に飲まれた機動鎧はいなかったが、もしも飲まれていたらその勢いに振り回されて海へと落ちていたかもしれない。
もはや水飛沫というよりは高波のようなものだ。
「……さて、ようやくお出ましだな」
水飛沫が落ち着いていく中、今回はその先にあるシルエットが海中に潜っていくことはなかった。
そうしてアキトたちは初めて倒すべき敵の姿を目にする。
「とりあえず、イカがベースではあるみたいね」
「……ここまで巨大であるとイカがベースとは言い難いと思いますがね」
アンナとミスティの言葉はどちらも正しいと言えるだろう。
外見としては細長く白っぽい色合いをしており、人間にも身近なイカの姿そのものだ。
しかしながらとにかくそのサイズが巨大だ。
海面から顔を出しているクラーケンだが、その全身が見えているわけではない。
その見えている範囲だけでも〈ミストルテイン〉の全長と同じくらいのサイズであるように見える。
「全長の計測は難しそうですが……ざっと〈ミストルテイン〉の三倍程度はありそうですね」
ミスティが口にした目測に誰もが言葉も出てこない。
その全長の半分以上は細長い足で占められているとはいえ、とんでもない大きさだ。
「そりゃあ、こんなものに襲われたら船なんて沈むわよね……」
「ああ。俺たちも接近されれば危険だ」
飛行している戦艦にどうやって海中のクラーケンが近づくのか、という意見が出そうだが、アキトは決してその可能性をあり得ないものとして考えてはいない。
空を飛ぶとは思わないが、水中で加速して大ジャンプしてくる可能性なども十分にあり得る。警戒するに越したことはないだろう。
「……とにかく、予定通りクラーケンを海上まで引きずり出せた。ここからが本番だ」
海中、しかも深海にいられたままでは対潜ミサイル以外の攻撃手段がない。
そのため逃げに転じたクラーケンを戦う気にさせて海上やに誘き寄せる必要があったわけだが、それは無事に成功した。
これで対潜ミサイル以外の兵装はもちろん、機動鎧部隊でも攻撃できる。
ただしそれは同時にあちらからの攻撃もこちらに飛んでくるようになるということでもある。
ここから、本当の命のやり取りが始まるというわけだ。




