8章-クラーケン討伐作戦④-
――〈ミストルテイン〉ブリッジ。
その中心の艦長席に腰かけたアキトはブリッジにある無数のモニターに映し出される様々な情報へと気を配っている。
「アキト、なんか気合入ってるわね」
「……そうか?」
モニターに集中していたこともあって雑談のような調子でかけられた言葉に一瞬反応が遅れた。
そんなアキトに観察するような視線を向けつつ、アンナは首を縦に振る。
「普段から戦闘中は集中してるけど……今日はその三割増しくらいの感じがするかな」
「……私も同じ印象です。やや聞き迫るものがあるというか」
アキトに自覚はなかったのだが、アンナのみならずミスティからも指摘されてしまうということは実際にそうだったのだろう。
その理由について、アキトの中に心当たりもある。
「やっぱりシオン不在だから気ぃ張ってる? 完全にシオンなしでの人外との戦闘ってなると、オボロ様の一件以来だし」
ファフニールの一件においてはシオンは最後の封印以外は何もしなかったが、危険な状況になれば温存せずに出られる状況ではあった。
だが今回の場合は危険な状況になったからと前には出てこられない。むしろシオンが霧などに対する対処から外れれば余計に状況が悪化してしまうだろう。
つまり、人外との戦いにおいてシオンが前に出てこられない状況になるのは日本の東北でオボロというオオカミの姿をした神と戦った時以来ということになる。
「……不本意ながら私も不安はあります。前回が前回でしたから」
シオン不在で挑んだオボロとの戦いは、最悪だったと言っていいだろう。
オボロからやや加減されつつも攻撃はまともに当てられず。
本来守るべき民間人を人質に使うような真似までしてようやく傷を負わせたかと思えば、それを引き金に大量のアンノウンが発生してしまい、軍人はもちろん民間人にも相当は被害が出た。
止むを得ない結果とされてその失敗を責められることはなかったが、アキトの中にも暗い影を落としている一件だ。ミスティの場合、シオンの不参加に賛成したこともあってアキト以上に後悔や自責の念にかられていることだろう。
その時と同じシオン不在の戦場となれば、気にならないわけはない。
ミスティに限らずあの戦いを経験した船員たち全員に同じことが言えるのではないだろうか。
「ま、あの時と比べれば戦力的にはずっと上がってるし、前みたいに倒したらまずいみたいなことはないだろうし、気負わず前みたいにやりましょ!」
空気を変えるように手を叩き鳴らしてからアンナが明るく周囲に声をかける。
彼女自身も不安がないわけではないだろうが、それでも前向きな彼女の態度に少し沈みかけていたブリッジの空気が戻っていく。
「アンナの言う通りだ。ファフニールとの戦いを乗り越えられた俺たちはあの頃とは違う。落ち着いて、確実に勝つぞ」
アキトがさらに前向きな言葉をかければブリッジはもちろん通信で繋がっている他の区画からも「了解」という力強い返事が返ってくる。
少なくともオボロの一件での不安は取り払えたはずだ。
「(……少し、申し訳ない気もするな)」
アンナやミスティたちの中ではオボロの一件を思い出しつつシオン不在の戦闘に気を張っていた、ということで結論が出てしまったようなのだが、実のところアキトが集中していた理由はそれではない。
もちろん不安がゼロだったわけではない。
ただそれ以上に、より危なげなく勝つことを考えていたのだ。
今回の戦い。アキトは可能な限り損害なく、苦戦することもなく、迅速にクラーケンに勝利したい。
そうしなければならないと、自分の中で結論づけている。
「(約束、したからな)」
ハワイの月夜の砂浜で、アキトはシオンに「シオンを置いていかないために生き抜く」と約束した。そしてアキトはその約束を守ると心に誓っている。
その約束を交わしてから初めての大きな戦いが、今回のクラーケン討伐だ。
「(約束して早々に破るわけにも、不安にさせるわけにもいかねえ)」
これまでのことを考えればアキトたちだけが前線に出る作戦をシオンが受け入れてくれるはずはなく、下手をすれば昨晩の内にこっそり出撃してシオンひとりでクラーケンを倒そうとしていたかもしれない。
そんなシオンが今回大人しく後方支援を受け入れてくれたのは、おそらくアキトとの約束を信じてくれているからだ。
ならばアキトはその信用に応えなければならない。
クラーケンを無事に倒して無傷で生還し、約束が信じるに値するものだと結果で示す。
もしもそれができなければ、シオンはまたアキトたちを守るために無茶をするようになってしまう。
ひとまず和解したシオンとアキトの関係はまた休暇以前に逆戻りだ。
「(それに、こんなところで躓いてる場合じゃない)」
まだこれは予感でしかない。
確信が得られているわけでもない。
しかし、〈ミストルテイン〉の今後の旅路は波乱に満ちたものになる可能性がある。
クラーケンというバケモノよりも、もっと大きなものに立ち向かわなければならなくなるかもしれない。
その旅路を生き抜いて平穏な日々を勝ち取るためにも、ここで足を止めている暇などないのだ。
「艦長、クラーケン射程内です!」
「よし、それじゃあ始めるぞ!」
アキトの一声でアンナやラムダから力強い声が返ってくる。
個人的な約束に付き合わせると思うと少し後ろめたくはあるが、今はとにかく勝つことが最優先だ。
「これよりクラーケンとの戦闘を開始する。……逃がすことなく、ここで確実に終わらせるぞ!」




