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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
8章 霧の海で出会うもの
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8章-共同戦線のその前に②-


ガブリエラの要望を聞いたアキトは、少しの間だけ考え込んでからその要望を受け入れた。


そしてブリッジにてミスティたちと軽く打ち合わせを済ませたのち、シオンたちは〈ミストルテイン〉の中枢区画を訪れていた。


「今更だが、お前平然とついてきたな」

「ダメとは言われませんでしたし、俺も興味ありますからね。〈ミストルテイン〉のECドライブ」


悪びれることもなく言ってのけるシオンに呆れつつもアキトはそれ以上何も行ってくることなく中枢区画に立ち入るためのセキュリティを解除する。

そうして分厚いドアの先へと立ち入れば、そこには戦艦一隻を動かしている巨大なECドライブがあるだけの広い空間が広がっている。


「これがこの船のECドライブ……この中に、〈光翼の宝珠〉があるんですね」


ガブリエラの要望。

それは〈光翼の宝珠〉を実際にその目で見ること。それが叶わなくてもせめてできるだけ近くでその魔力を感じたいという内容だった。


その要望に応えるべく、アキトは彼女をここに連れてきたというわけだ。


「……でも、ホントによかったんですか?」


ガブリエラがECドライブへと歩み寄り宝珠の魔力を感じ取ることに集中しているのを確認してから、彼女に気づかれないようにアキトに問いかける。


「何がだ?」

「ガブリエラをここに連れてきてよかったのかって話ですよ。勝手についてきた俺が言えることじゃないですけど、ここ、〈ミストルテイン〉の最重要区画でしょ」


この部屋に立ち入るまでに厳重なセキュリティを通過する必要があったのはつまりそういうことだ。

おそらく〈ミストルテイン〉の船員の中でここに立ち入る権利を与えられているのは艦長と副艦長くらいに限られるのではないだろうか。


そんな場所にシオンとガブリエラのふたりを連れてくるのは、少なくとも推奨されることではないだろう。


「確かに、褒められたことではないだろうな」

「ですよねー」

「だが、どうせその気になればあっさり侵入できるんだろ?」


厳重なセキュリティで守られているのは確かだが、それは所詮人間の技術によるものでしかない。

いくらロックされた分厚いドアがあったところで、空間転移などができてしまうシオンやガブリエラの前ではなんの意味もないというわけだ。


「〈光翼の宝珠〉の存在も知られているし、今更ここに隠すべきものもない。ダメと言った結果勝手に立ち入られるようなことになるよりはいいだろう」

「ガブリエラがそんなことするわけないじゃないですか」

「レイル君がしなくてもお前がしかねないだろ? お前は彼女にもかなり甘いからな」


確かに、もしも今回の要望にアキトがNOと答えたとして。その結果ガブリエラが悲しそうな様子でも見せようものならシオンが勝手にガブリエラをこの場所まで連れてきていた可能性は否定できない。

アキトはそこまで読んで行動していたということらしい。


「……それに、この機にレイル君から宝珠のことを少しでも聞きたいからな」

「まあ、俺たちほとんどなんにもわかってませんしね」


シオンたちが〈光翼の宝珠〉について把握できていることは、強力な力を持つことと、人格を有すること、そして“天族”の秘宝であるらしいということくらいしかない。

“天族”であるガブリエラから話を聞ければ、正確かつ詳細な情報も得られるだろう。


「それならそれで、さっさと話を振りましょう。長居しても意味ないですし」


長居したところで目の前に巨大なECドライブがあるというだけなのでそれ以上得られるものもない。

むしろシオン個人としてはうっかり近づいたら外敵扱いで攻撃されたりする可能性も否定できないので、必要な情報さえ得られたならさっさと退散したいところですらある。


シオンは少し前にいるガブリエラのそばまで足を進め――、


「――――ま、お――――ま……」

「ん? ……ってガブリエラ……⁉︎」


目の前のECドライブの駆動音にかき消されたなんらかの言葉をシオンは咄嗟に聞き直してしまい、それに振り向いたガブリエラの顔を見て思わず声を上げた。


「シオン……」

「ガブリエラ、どうして泣いてるのさ……?」


こちらに顔を向けたガブリエラの頬には涙が伝い、あごまで伝い落ちたそれが地面に落ちる。

それを前にしたシオンは考えるより先にガブリエラの両肩を掴んでいた。


「どうしたんだ⁉︎ 何か宝珠から話しかけられたか⁉︎ それとも他に何か……」

「す、すみません。なんでもないので大丈夫です」


何があったのかと捲し立てるシオンに対し、ガブリエラは慌てたようになんでもないと言う。


「なんでもないって……」

「えっとその、〈光翼の宝珠〉は私たち“天族”にとって本当に特別なものなので、間近でその力を感じられて感極まってしまったというか……本当にシオンが心配するようなことではないので」


そう言ってガブリエラは涙を拭って大丈夫だとアピールしてくる。


「……それならいいけど、そんなに“天族”的にすごいものなの?」

「もちろんですよ。千年以上前から大切にされてきた秘宝ですから」


ガブリエラの説明にシオンはある疑問を覚えた。


「“天族”に大切にされてる秘宝が、なんでこっちの世界で人類軍のとこにあるの?」

「それは……」


〈光翼の宝珠〉が〈ミストルテイン〉にあることを知った時からどういった経緯でここにあるのかということは気になっていたが、“天族”にとって重要な秘宝であると言うのならそれ相応の管理がなされているのが自然だろう。

【異界】において移動するくらいならまだしも、世界を超えて人間の手に渡るというのはどうにも違和感がありすぎる。


「すみません。私もそこまでは……」

「そりゃそうか……」


シオンたちですら把握できていない人類軍の事情をガブリエラが知っているはずもない。


「レイル君。本来であればどのように管理されているはずのものなのだろうか?」


今まで黙っていたアキトがガブリエラに質問を投げかける。

確かにその辺りの情報がわかれば仮説くらいは立てらレルかもしれない。


「本来であれば……当代の王の手元にあるべきものです」

「王って……【異界】の?」

「はい。私たちの国には様々な種族が暮らしていますが、王は“天族”のとある家系が務めているので」


〈光翼の宝珠〉は“天族”全体の秘宝。だからこそ“天族”で最も高い地位にある者の手にあるというのは自然だ。


「国を治め、守るための力として王になった者が〈光翼の宝珠〉との契約を結ぶ。と言うのが元々のしきたりだったと聞いています。現在は宝珠が行方知れずになっていたのでその限りではないんですけど」

「王様の持ち物、ねえ……」


だとするとなおさらどういう経緯でこちらの世界で人間の手に渡ったのかわかったものではない。


「(いやまあ、心当たりはあるんだけど……だとするとなぁ……)」


どちらにしろ、ここでいくら議論したところで答えは出ないだろう。


「ま、その辺はまた別の機会に考えましょ」

「……ああ、そろそろ戻るか。レイル君も構わないか?」

「はい。無理を聞いていただいてありがとうございました!」


そうして三人は中枢区画を離れた。

その後自室へと戻っていくガブリエラと分かれてシオンとアキトのふたりで通路を歩く。


「シオン」

「なんですか?」

「さっきのレイル君の話を踏まえて思ったんだが――――」


アキトはガブリエラの話を踏まえての〈光翼の宝珠〉がこちらの世界に渡った経緯の仮説を口にした。

それを聞いている者はシオンしかいない。


「――といったところだが、お前はどう思う?」

「……俺も、まあ似たようなことは考えてました。でもそれ、ホントだったらどうします?」


アキトの仮説とシオンが先程思い浮かべた心当たりはほぼほぼ一致していた。


しかし、もしもその仮説が事実だったなら、とても厄介なこと(・・・・・・・・)になる。


「ひとまずは俺たちだけの秘密ってことにしましょう……まあ、もしかしたら明日には答えが出ちゃうかもなんですけど」

「……ああ。まずはクラーケンの一件を片付けてから、だな」


思い至ったひとつの可能性にひとまず蓋をして、シオンとアキトは明日の戦いへと気持ちを切り替えるのだった。


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