8章-共同戦線のその前に①-
三隻の船で協力してクラーケン討伐を行うことで話はまとまったが、それをすぐに始めるということにはならなかった。
日が沈むまではあまり時間がなく二、三時間もすれば夜が来る。
幸いクラーケンの霧は変わらずそこにあり移動したりする気配もないので、わざわざ視界の悪い夜に戦う必要もないだろうという話だ。
明日の夜明けを待って十分に明るくなってから作戦を開始することで同意を取り、シオンたちは〈ミストルテイン〉へと戻った。
「ガブリエラはさ、あのアーサーって人とかレッドって人と話さなくてよかったの?」
〈ミストルテイン〉に戻ったシオンたち三人でブリッジを目指して通路を行く道中にシオンはガブリエラにそう尋ねた。
話がまとまってそれぞれの船に戻ろうとなった時、あちらのレッドはガブリエラの方にわかりやすく視線を向けていた。
ガブリエラが人類軍の船に乗っているという事実にずいぶんと驚いていたようであるし、少なくともあちらは話したいことがあったのではないかと思うのだが、結局特に話をすることなくこうして戻ってきてしまった次第だ。
「確かに話すべきことはあるんですけど、今すぐ話す必要はないと思います。大きな戦いの前に余計な心配事や考え事を増やすのはよくありませんから」
「あちらが強引に話しかけてこなかったのも、そこまで考えてのことだと思いますし」と話すガブリエラにアキトも「そうだな」と同意を示す。
「正直に言えば、俺も何故彼らが父さんの名前に反応したのかは気になるんだが……」
「まあ、どういう事実が出てくるにしろ戦いの前に聞くのはあれですね」
あの動揺がどういった意味を持つのかシオンたちにはわかりかねるが、アキトにとってはもちろんハルマやナツミにとっても大きな存在であった父親の話題だ。
内容がどのようなものであれミツルギ三兄妹のメンタルに確実に影響を及ぼす。
良い方に転べばいいが悪い方に転ぶ可能性も否定できない以上は、後回しにしておくのが正しい選択だろう。
「そういうシオンこそ、サーシャさんとお話ししなくてよかったんですか? 久しぶりにお会いしたんですよね?」
「それは全っっっっ然、大丈夫」
師弟関係なのは事実であるし、仲としても十分に良好だと思ってはいる。
かと言って別に再会を喜び合うような間柄でもないし、積もる話なども特にはない。
「見ての通り元気だったし、離れてた期間もどうせ元気にやってただろうし、そもそもその辺りを心配しなきゃいけないような相手でもないからね」
サーシャのことなので心配するまでもなく元気に楽しくやってるだろうとシオンは思っているし、おそらくあちらも同じようなことを考えているはずだ。
仮にお互い相手に対して言葉をかけるとすれば「相変わらず元気そうで何より」という一言だけで事足りる。だからわざわざあの場で近況報告なんてしなくてもいいのだ。
「ま、レイル隊の人たちとは話したいこともあるし、師匠とはそのついでに軽く世間話できれば十分だよ」
どちらにせよ、クラーケンを退治した後の話というわけである。
「それにしても、ホントにガブリエラがいてくれたおかげで楽に話が進みましたね」
アーサーは一見あっさりとこちらを信用してクラーケン討伐の話に乗ってくれたように見えるが、その根底にはガブリエラがいたからという理由がある。
それに、ガブリエラがいてくれなければレッドの説得もああも簡単には終わらなかったに違いない。
「ガブリエラ様様ですねー」「そうだな」とシオンとアキトがゆるく話す一方で、ガブリエラ当人は表情を暗くした。
「……私、おふたりに謝らなければいけないことがあります」
「謝るって」
「正体を明かす前からこの船に〈光翼の宝珠〉があることは把握してました。その上で、この船への同行を申し出たんです」
人類を知り人類に知ってもらうため、そして和平のきっかけとなるために〈ミストルテイン〉に同行したいという言葉にウソはなかったがそれだけではなかった。
“天族”の秘宝である〈光翼の宝珠〉のそばにいるために〈ミストルテイン〉に限定して同行を申し出たのだと、ガブリエラは頭を下げながら説明した。
「(朱月の予想通りだったってわけだ)」
だが、別に問題はないのだ。
シオンもその可能性は承知していたが、ガブリエラの人柄からして大した問題にはならないだろうからと放置していた。
「全てを話さなかった」というのは確かに誠実ではない対応だったかもしれないが、今のガブリエラがしているように深刻な様子で謝罪しなければならないことでもない。
「レイル君、顔を上げてくれ。君は、そこまでしなければならないようなことはしていないはずだ」
「そうそう。……むしろその件についてはこっちも意地の悪いことしてた気もするし」
シオンはもちろん、宝珠に宿る人格の言葉を直接聞いたアキトも〈光翼の宝珠〉が“白き翼の民の秘宝”――すなわち“天族”の秘宝であることを知っていたにもかかわらず、“天族”である彼女にその存在を伝えなかった。
まだ協力関係を結んだばかりで信用がないガブリエラに人類軍の最新鋭の戦艦の詳細を明かすべきではなかったし、“天族”にとって重要な可能性があるものを軍事利用していることがガブリエラとの不和を生む可能性などを考慮しての対応だったわけだが、隠し事をしていたのは紛れもない事実だ。
結論から言えば、お互い様といったところだろう。
「ですが、」
「ですがも何もないよ。隠し事してたのはお互い様なんだからこの話は終わり!」
「ですよね?」とアキトに話を振ってやれば、シオンに同意するように大きく頷いた。
ガブリエラの性格上、ここまで言われればこれ以上反論できないのは織り込み済みである。
「……わかりました。ありがとうございます」
「(お礼言われるような場面じゃないんだけどなー)」
とはいえ彼女の性格上、これが限界だろう。
「レイル君は本当に真面目だな……その真面目さシオンに少し分けてやってくれないか?」
「アキトさーん。普通にひどいですよ」
「ひどかろうが本音だ。……レイル君ほどとまでは言わないが、もう少しどうにかなってほしい」
「むー……。強く反論できない程度には自覚ありますけども」
シオンとアキトの間で交わされる軽口にガブリエラはクスクスと笑う。
「というか、むしろガブリエラが真面目すぎっていうか……もうちょっとわがまま言っても許されると思うんですよね」
「いえ、〈ミストルテイン〉に同行させていただいているだけでも十分ですし、十三技班のお手伝いも認めていただきましたし」
「前者はともかく労働させてほしいというのはわがままに入らないと思うが……それにその十三技班でかなり人類軍に貢献してもらってしまっているし……」
しばらくうんうんと唸ったアキトは「よし」とこぼしてからガブリエラに改めて向き直った。
「レイル君。君はずいぶんとこの〈ミストルテイン〉にも貢献してくれているし、今後何か要望などあれば気軽に相談してくれ。可能な範囲でという制約はあるが、前向きに検討しよう」
「え? なんかズルくないですか? 俺もなんやかんや貢献してますよ⁉︎」
「お前はこちらから提案する前にご褒美を要求してくるだろうが」
「それは……まあそうですけど……でもちょっと待遇の差を感じる!」
シオンがギャーギャーと騒ぎアキトもそれに反論するというよくある応酬。
その傍らで「要望……」と小さく口にしたガブリエラは、やがておずおずと手を挙げた。
「その、無理ならば無理で構わないのですが、ひとつご相談したいことが……」




