8章-“幽霊船”からの相談②-
「事情話す時に少し触れたけど、居場所もなかなか探しにくいし、何より見つけたところで返り討ちにされかねなくてね。だからとりあえず被害が出ないようにして時間稼ぎしてたのさ」
「でも、それじゃあいつまで経っても解決しないんじゃ」
キャプテンたちが“幽霊船”である以上はクラーケンに対する勝機はほとんどない。
時間を稼いだところでいつまで経ってもクラーケンをどうにかすることはできないはずだ。
「もちろんそれはわかってるさ。だから≪秩序の天秤≫の方に応援寄越してくれって頼んじゃいたんだけど……まあ、最近こっちの世界はどこもかしこも騒がしいからね。なかなか代わりにクラーケン退治やってくれる連中も捕まらなかったのさ」
世界中でアンノウンの動きが活発化しているのはシオンたちも重々承知している。
人類軍もその対応に追われているだろうが、それは人外社会も同じことだ。特に≪秩序の天秤≫のような人間人外両方の平穏を重んじている組織は人類軍のカバーしきれていないアンノウンなどを排除するために相当てんやわんやしているのではないだろうか。
「とまあそういうわけで応援は来ないし、かといってクラーケンに挑むわけにもいかない。しかも霧の重ねがけもそこまで腰を据えてやらなくていいから大してやることもなく。暇つぶしに増やした船を遠征させてあっちこっちで雑魚アンノウン仕留めるくらいしかできずにダラダラしばらく過ごしてたのさ……」
「(ハワイまでの道中でアンノウンが少なかったのそれが原因かー)」
悲しみと退屈をないまぜにしたような語り口調でこれまでの日々を語るキャプテンがしれっと発言した内容によりシオンがハワイでの休暇前に気になっていたことの原因が発覚した。
あまりにどうでもいい感じの原因に脱力しかけるが、冷静に考えるとかなりの範囲に魔術を込めた霧を維持しつつ離れたところに分身を向かわせてアンノウン狩りをするなんて芸当はそこらの人外にできるようなことではない。
“幽霊船”がそれだけの強さを持っていることの証明であるし、同時にそんな芸当を軽々できる“幽霊船”でも現状クラーケンに対処できないあたり、相性の悪さが相当なハンデになってしまっていることがうかがえる。
「(多分、それさえなければ同等か“幽霊船”の方が優勢かってところなんだろうけど)」
魔力の大きさなどはともかくとして、“幽霊船”の方が確実に戦い慣れているだろうし、その気になった場合船団という数の暴力で襲い掛かれるあたりが有利なはずだ。
それなのに相性の問題で戦えないというのはキャプテンたちからすればかなりのストレスだっただろう。
「でもまあ、そんなことしてたらアンタらが来てくれた! 騎士様たちだけの時はどうしたもんかと思ってたが、〈ミストルテイン〉が来てくれて、しかも霧をどうにかできる神子様まで乗ってると来た! これでようやくこの退屈な日々からおさらばできるって確信したよアタシは!」
シオンの予想通りストレスと溜めていたのか、その反動とばかりにキャプテンはテンション高くそう言った。
「アンタら両方が協力してくれりゃ、余裕であの面倒な引きこもりクラーケンを仕留められる! もちろんアタシらもちゃんと参加するからさ、協力しておくれよ!」
「な? な?」と押し強めに協力を要請してくるキャプテンを前に、シオンとアキトは顔を見合わせた。
シオン個人としては協力してもまあ構わないと思っている。
今のところの〈ミストルテイン〉の仕事は調査だが、この状況を報告すればそのままクラーケン討伐の命令が出されるのはわかりきっているので、どちらにしろクラーケンを退治はしなくてはならない。
人類軍だの【異界】の騎士団だのの肩書きはシオンにとってはあまり意味のあるものではないので、協力して安全かつ楽にクラーケンが倒せるならシオンにとってデメリットはない。
だが人類軍と【異界】の騎士たちはそう軽くは考えられないだろう。
そもそも敵対しているというのもあるし、双方相手を信用できるほどの交流はない。
なんならつい先程まで争っていた間柄だ。
そんなふたつの勢力が、これまた出会ったばかりで信用できるかわからない“幽霊船”の要請に応じて協力して戦うなんてこと、そう易々と受け入れられるはずが――
「わかりました。≪銀翼騎士団≫レイル隊はその話をお受けしましょう」
「易々と受け入れちゃったよ⁉︎」
あっさりと、王子様のような顔面にキラキラと光でも放ちそうな笑みを携えて頷いたアーサーに思わず大きな声が出た。
アーサー本人はそのシオンの反応に驚いているが、そっちが驚く場面ではないと言ってやりたいところである。
「隊長! アンタまたそんなあっさりと……!」
「ダメかな?」
「これについてははっきりダメって言わせてもらいます!」
「どうしてだい?」
やや子供っぽく首を傾げて聞き返してきたアーサーを前にレッドが「あ゛ー!」と声を上げつつ頭を抱えて天を仰いだ。
もはや“やや性格キツめの冷静な副官”というシオンの中でのレッドの最初の印象は完全に崩壊し、“割と自由な隊長の無茶に振り回される不憫な副官”という印象にすっかり変わってしまっている。
「普通に! 信用できねえでしょーが! 先まで剣を交えた相手だぞ⁉︎ 頭お花畑か⁉︎」
「レッドくん落ち着いてー。アーサーくんは確かにちょっとアレだけど、何も考えてないわけじゃないわよ」
興奮のあまり上官に容赦なく暴言を吐いているレッドをサーシャが宥める。
それから続きを促すようにアーサーにアイコンタクトを送った。
「確かに先程戦いにはなってしまいましたし、今も互いに相手のことを全て知っているわけでもない。ですが、クラーケンを倒したいという点では全員同じ考えのはずです」
その点については間違いなくアーサーの言う通りだ。
〈ミストルテイン〉は人類軍として人類に被害が出ることを放置できないし、“幽霊船”のキャプテンたちは共同戦線の立案者。
レイル隊にクラーケンを倒す意思があるのなら三隻の船の思惑は一致することになる。
「それに、正直に話しますと私たちレイル隊からしても願ったりな提案なのです」
「そうなのかい?」
「ええ。私たちもクラーケンの討伐には踏み出せずにいましたから」
アーサーの言葉にシオンは首を捻る。
「踏み出せないって……そっちにはそこのソードって人みたいなバケモノ級の剣士もいるし、うちの師匠もいたのにですか?」
「それでもです。何せ相手の正体は不明でしたし、サーシャ様の魔術でもこの霧を無力化するのは困難でした。その上、相手は自らの領域を構築している状態です。……戦おうと思えば霧の奥にあるであろうあちらのテリトリーに飛び込むだけで事足りますが、確実に勝利するためには情報も対策も不十分がすぎます」
撹乱の魔術で居場所がわからないとはいえ、状況からして霧の奥に潜んでいることは明らかだ。
その場合、単純に戦いたいだけであれば、細かいことは考えずに霧の奥へと飛び込んで待ち構えているクラーケンと相対するだけという強引な手段も取れる。
だがその場合、決して弱くはないであろうクラーケンと、クラーケンにとって一番戦いやすいように準備された環境での戦うことになってしまう。
それはサーシャやソードという強者を連れていてもかなりリスクが大きい選択だ。
「(話し合いとかにはあっさり頷く割に、ちゃんとリスク計算できてるんだなこの人)」
ここまで話し合いにも協力要請にもふたつ返事でOKを出していたアーサーだが、決して細かいことを考えずにいるわけではないらしい。
「もしも協力して戦いに臨めるのであれば、≪天の神子≫様の力を借りることができるのでしょう? そうなれば先程のように視界や感知を阻む霧を無力化できますし、そうすることでクラーケンをあちらのテリトリーの外に引きずり出すことだって可能です。それは非常に大きなメリットになるわけです」
要するに、シオンがいればレイル隊にとって面倒なことが何もかも解決して、最も戦いやすい状況でクラーケン退治に乗り出せるのだ。
それを考慮に入れるなら、多少信用できない相手であっても一時的な協力関係を結ぶだけの価値はあるかもしれない。




