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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
8章 霧の海で出会うもの
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8章-それぞれの事情①-


「さてと、それじゃあ本題に入ろうかね」


そう口にした自己紹介を終えて集まった面々を見渡したキャプテンはやや大袈裟にも見える咳払いをした。


「アタシがアンタらに声をかけたのは、まあ簡単に言えば説明と相談がしたかったからなんだよ」

「説明ってことは、やはりあなたはあの霧や奥にいる存在についてもご存知なんですね」


アキトの言葉通り、霧の中にいたことだけではなく“何か”について〈ミストルテイン〉やレイル隊に警告したことからもキャプテンがこの中で最も状況を理解できていることは予想できていた。


しかし、それだけではないのだ。


「キャプテン。ひとつ先に確認してもいいですか?」

「なんだい?」

「あの霧、あなたたちも関わってますよね?」


シオンも確信が持てたのは霧から脱出してからのことだった。

霧から離れて撹乱の魔術の影響から逃れてから改めて魔力の気配を探ってようやくあの霧にこの“幽霊船”の魔力が含まれていることに気づけたのだ。


その事実はレイル隊やサーシャにも気づけていなかったようでシオンの言葉に少し驚いている。

当事者であるキャプテンもシオンに気づかれているとは思っていなかったのか一瞬目を丸くしたが、すぐに面白がるような笑みを浮かべた。


「驚いたねえ。アタシら“幽霊船”は実態を掴ませないのが売りなんだけど」

「確かに撹乱の魔術がなくてもかなり掴み所ない感じの魔力ですけど……さすがに食べた(・・・)魔力の気配ならわかりますよ」


“幽霊船”という存在の性質なのか、こうしてキャプテンと直接対峙してもどうも魔力の気配はハッキリしない。複数の魂の集合体ゆえに個の存在として安定していないからかもしれない。


しかし、シオンは霧を“天つ喰らい”で吸収した。


自らの内に直接“幽霊船”の魔力を取り込んだおかげか、その性質に妨害されずに感じ取れているのかもしれない。


「つまり、あの厄介な霧はこの船によるものだと?」

「半分正解、半分はずれ、ですね」


レッドの問いにシオンは首を横に振る。それに対してレッドが訝しげな目をこちらに向けてくるが、シオンはあえて自分では説明せずにキャプテンへと続きを促す視線を送った。


「そこの神子様の言ってる通りさ。あの霧は半分アタシらのだが半分は別の、あの霧の中にいるバケモノのものなのさ」


霧を喰らい、改めてその魔力を調べてみて初めてわかったことだが、霧は二種類が混ざり合っていた。

“天つ喰らい”の性質上二種類の霧がそれぞれどんな魔術を内包していたかまではわからないが、霧を構成する魔力が完全に別のものであったことだけは間違いない。

だから、あの霧がこの“幽霊船”のものかどうかと問われれば「半分正解、半分はずれ」という答えになるわけだ。


「しかし、何故そんなことを?」

「そこらへんはそれなりにややこしいんでね。これから順を追って説明したいんだが……アタシはアタシでアンタらの事情がわかってなくてね。できればそれを先に聞きたいんだが」


「その方がこっちも説明しやすいしねえ」と言うキャプテンにシオンは「確かに」と納得する。


状況として一番この霧の事情を把握しているのはキャプテンに違いない。

一方で調査に来た〈ミストルテイン〉はもちろん、レイル隊もまた把握できていない情報を求める側なわけだ。

キャプテンが先に説明してから改めて質問を投げかけ直す羽目になるよりも、先に情報を求める側が事情と知らないことをハッキリさせてキャプテンがそれを踏まえて事情を話す方が話が早い。


アキトもレイル隊の面々もシオンと同じように納得したようで、まずはアキトが口を開いた。


「恐らく、今日ここに来たばかりの我々が最も情報が少ないはずです。まずは我々から話をさせてもらえれば」


キャプテンとアーサーがそれぞれ頷くのを確認して、アキトは事情の説明を始める。


正体不明の霧が確認されて人類軍が調査に乗り出したこと。

通常の調査部隊の調査が難航する中、【異界】の戦艦の存在の可能性が判明したこと。

人外との戦いに強い〈ミストルテイン〉にその任務が与えられたこと。


説明してみるとシオンたちの経緯はシンプルで説明しやすい。

わからないことも言ってしまえば全部(・・)なので、正直こちらの事情の説明などほどほどにしておいて早くキャプテンやレイル隊の事情を聞かせてもらいたいところだ。


「なるほど、それでは次は私たちですね」


そう時間もかからずに説明を終えれば、今度はアーサーが口を開いた。


「私たちレイル隊はとある任務を与えられ、この海に転移してきました。しばらくはこの海に潜伏しつつ任務のための準備をしていたのですが……その途中偶然この霧の存在を感知し、調査することを決めたのです」


【異界】ならともかく、人外の数が少ないこちらの世界でこれほどの霧が魔術によって作り出されているというのは普通ではない。

それが気がかりでレイル隊は本来の任務をひとまず保留にしてこの霧の調査に乗り出したのだそうだ。


「撹乱の魔術の力がかなり強く詳細はわかりませんでしたが、危険な存在が関わっていることだけはサーシャ様の力で把握することができました。騎士としてそれを捨て置くわけにはいかず、元凶を討伐すべく調査を続けていたのですが……」


そこにシオンたち〈ミストルテイン〉がやってきてしまったということらしい。


「あのあんまりやる気のない攻撃は……?」

「我々の任務はこちらの世界の人々と戦うことではありませんでしたし、危険な存在が潜む霧の中に何も知らない人類軍が近づくのはあまりに危険でした。そのため、命の危険がない程度の攻撃を仕掛けて立ち去ってもらおうと思ったのですが、こちらの予想よりも〈ミストルテイン〉のみなさんが強く……」


「まさか我々にどうにもできなかった霧を消して戦艦ごと突撃してくるとは……」とアーサーは心底感心した様子で言った。

彼だからこそこうして素直に賞賛しているが、レイル隊としては面倒で仕方ないことだっただろう。

実際アーサーの隣にいるレッドがかなり渋い表情をしているので、シオンの予想は間違いではなさそうだ。


そこからはシオンたちも知っての通り、霧を消して突撃してきた〈ミストルテイン〉を前にソードが出撃して攻撃を薙ぎ払い、そうこうしている間に“幽霊船”から警告を受けて離脱して今に至る、ということらしい。


「(でも……やっぱり、なんか引っかかるな)」


レイル隊の事情を聞いたシオンは内心で首を捻る。


ガブリエラもそうなのだが、アーサーも人間が危険に晒されることをよしとしていない。


騎士としての誇りや本人の善良な性格からの行動と言えばそこまでなのだが、そうは言ってもこちらの世界と【異界】は戦争状態にある。


ガブリエラがそういったことを言い出した時は一個人の考えということでシオンはあまり気にしなかったのだが、今度のアーサーは戦艦ひとつ持つ部隊の隊長を任されている程度には≪銀翼騎士団≫の中での立場もあり、個人の考えだけでは動けない立場にいるはずだ。

ここまでの振る舞いからしてシオンやアンナのような組織の規律を軽んじるタイプの人種にも見えない彼が、そんな風にためらいなく敵対勢力のために行動するというのには少し違和感がある。


レッドの様子からして【異界】側の誰もがそうなわけではないのはわかるのだが、ガブリエラとアーサーの態度だけを見ていると、本当に《境界戦争》は起きているのかと疑問に思えてきてしまう。


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