8章-水上艦 甲板にて④-
「……というわけで改めてサーシャ・クローネです。気軽にサーシャお姉さんって読んでくれていいからね?」
「は、はあ……」
気を取り直してアキトに見事なウインクを見せつけるサーシャにシオンは大きくため息をつく。
「アキトさん。この人の言うことは半分くらいちゃんと聞けばいいです。今のお姉さんのところは無視で大丈夫です」
「シオンってばひどーい。それに可愛くなーい。見た目は相変わらず可愛いままなのに」
「はいはい可愛くないですから。それより話進めましょうよ」
サーシャにしろシオンにしろ放っておくといくらでも無駄な言葉が飛び出してきてしまうタイプの人種だ。この辺りで軌道修正しないと話が進まない。
「この流れであれですけど、俺はシオン・イースタル。人類軍に協力しているしがない魔法使いです」
「ウソよー。この子、最近ウワサの≪天の神子≫様だからねー」
「はいはいわかってましたー。どーせ師匠はバラしますよねー」
できれば隠しておきたかったところではあるが、サーシャがいる時点で無理なのはわかっていた。
気まぐれに黙ってくれる、なんてことがあるかもと一応自己申告は避けたが結果はこの通りである。
「君があの……!」
≪天の神子≫と聞いたアーサーが驚いたように声をあげた。
それには純粋な驚きと、どこか喜んでいるかのようなニュアンスが含まれているのだが、その反面アーサーの隣に控えているレッドがわかりやすく顔を顰めてこちらへの警戒を強めた。
穏やかに微笑むアーサーとだいぶキツめの視線を向けてくるレッドの温度差が凄まじい。
ただ、どちらもここで何かアクションを起こしてくるつもりはないらしい。
「次は私ですね。私はアキト・ミツルギ。人類軍特別遊撃部隊〈ミストルテイン〉隊長を勤めています」
「……ミツルギ? ミツルギってあのミツルギかい?」
「そうですね。キャプテンが思い浮かべているのが人類軍のミツルギであれば」
「つまり……アンタはイッセイの息子かい!」
キャプテンは驚いたようにアキトを指差してからじっくりとアキトのことを観察する。
「言われてみれば面影あるね……まさかこんなところで出会うとは思わなかった」
「キャプテンは父を……イッセイ・ミツルギをご存知なんですね」
「まあね。水上艦と飛行艦の違いはあったけど艦長同士、何度か一緒にバケモノ退治したこともあるよ」
懐かしそうにアキトたちの父、イッセイのことを話すキャプテンとそれを聞くアキトをシオンは静かに見守っていたのだが、ふと騎士団側の一部面子の様子がおかしいことに気づく。
彼らからすれば人類軍の軍人の名前なんて聞いたところで知っているはずもない。
そのはずなのに、何故かアーサーやレッドは少し驚いているように見えるし、カーキの男性は何故かアキトの方へ顔を向けたまま微動だにしない。
シオンだけではなく話し込んでいたアキトやキャプテンもその異常に気づいたようで、彼らに視線を向けつつ不思議そうにしている。
「……私の父が、どうかしましたか?」
「いえ……なんでもありません」
「なんでもありませんって顔じゃないけどねえ……まあ出会って早々そこまで深追いはしないよ」
アキトは何故自分の父の名前に【異界】の人々が反応したのか気がかりなようだったが、キャプテンの言葉もあってひとまずは追求しないことにしたようだ。
「あとは、そこの銀行強盗でもしそうな子だけだね。アンタ、名前は?」
キャプテンに呼びかけられたガブリエラは一歩前に出る。そして
「僕は、ギル・グレイスです」
目一杯低い声でとんでもないデタラメを堂々と口にした。
思わぬ展開にシオンもアキトも言葉が出てこない。
「ギルって男の子の名前だけど……アナタ女の子よね? 体つきからして」
「名前が男のものなのは家庭の事情です」
「……へえ、そうなの」
確かに家庭の事情と言われてしまえば細かく聞きにくくいし「そうなんだー」以上の言葉は返しにくいだろうが、かなり力技なウソである。
「(というか、師匠完全にガブリエラだって気づいてるよね多分)」
ガブリエラとサーシャに面識があるのは把握している。
ただでさえ顔見知りなことに加えて、サーシャほどの“魔女”であればガブリエラの隠蔽魔術も無力化して正体を見抜けていてもおかしくはないだろう。
というか、力技の「家庭の事情」発言に対してそうなのと返した声が若干震えていたし、今も浮かべている微笑みがほんのわずかにだがピクピクしている。
あれは諸々見抜いた上で、強引なウソで乗り切ろうというガブリエラの作戦に笑い出しそうなのを我慢しているからに違いない。
「んー、まあいいさ! とりあえず話を進めようじゃないか」
「いいんだ⁉︎ あからさまに怪しいのに!」
「全員初対面だし、隠したいことだってそりゃああるだろうさ」
「ま、多少正体だのが不明でもなんとかなるだろうからねえ!」と豪快に笑うキャプテン。
騎士団側は先程イッセイ・ミツルギの名前に反応したことを追求しないでもらえた手前他所のことを追求するわけにもいかないのか、キャプテンの意見に従う方針らしい。
こうしていろいろと謎やツッコミどころを残しつつも、ひとまず全員の自己紹介は終わったのだった。




