8章-水上艦 甲板にて③-
「では、次は私たちから自己紹介をさせてもらえるでしょうか?」
キャプテンによる自己紹介が終わるとすぐ、白銀の髪の青年が微笑みながら提案してきた。
特に断る理由もないのでアキトもすぐに了承の意を示す。
それに嬉しそうに微笑んだ青年はすっと姿勢を正した。
「私の名はアルトリウス・レイル。王国の剣であり盾である≪銀翼騎士団≫にて、若輩者ながら小さな部隊の隊長を任されています。以後お見知り置きを」
背筋を伸ばし丁寧な所作での挨拶は彼の容姿もあって絵画か映画のワンシーンかと思うほどだったが、それ以上に気になる点がある。
「アルトリウス・レイル?」
「はい。ああ、アルトリウスは長いのでよければアーサーと呼んでください」
「あ。はい、どうも……」
シオンの反応したファミリーネームのことには気づかれずににこやかに微笑まれてしまった。
それはそれとして、そっとシオンの少し後ろのあたりにいるガブリエラに視線だけを向けるが、彼女はすぐに目を背けた。
「(親交が深いどころか血縁ってことだったんじゃん……)」
それ自体は単なる知り合い以上に話が進めやすそうなので構わないのだが、心臓に悪いので先に言っておいてほしいところである。
「(というか、むしろなんで黙ってたんだ?)」
どうせあちらに名乗られれば即バレることだったのだ。
「血縁なんです」と一言言えばよかっただけで、わざわざそこを濁す必要が果たしてあったのだろうか?
シオンのそんな疑問をよそに、今度はアーサーの横に控えていた赤髪の青年が一歩前に出た。アーサーと同じくしっかりと背筋を伸ばして口を開く。
「≪銀翼騎士団≫、レイル隊副隊長。レッド・セルシス……以上です」
言葉遣いなどはともかくこちらに気を許していないことが察せられる自己紹介だ。
アーサーがかなり友好的だったこともあって差が目立つが、先程まで戦っていた相手に対しての態度としてはむしろ妥当ではないかと思う。
正直、アーサーがあまりに友好的すぎてシオンとしてはちょっと反応に困っている。
ガブリエラの血縁ということなので、普通に友好的なだけかもしれないが……
ガシャンガシャンという金属音で考え事に沈んでいた意識が引き戻される。
見れば、鎧兜の人物が前に出てきていた。
『……≪銀翼騎士団≫、客将、ソード』
音としてではなく念話で届けられた自己紹介は最低限の情報のみで非常にシンプルなものだった。
本来念話とは送信者の声で届くものなのだが、ソードから届いたそれはほとんど機械音ようなもので、少々ノイズも入っていた。
「(わざと声を誤魔化してるってわけでもなさそうだけど)」
「ちょっーと弁明じゃねえんだが失礼!」
探るような眼差しでソードのことを見ていると、そんな彼の前に出るようにカーキ色の人物が飛び出してきた。
「このソードの旦那はワケありでな! 念話でしか話せねえし、機械音みたくなってるのも仕様だ。別に声を誤魔化してるわけじゃねえからそこんとこ頼むわ」
わたわたと説明をした男性は、それから「あ」と声を漏らすと居住まいを正した。
「オレぁ、タイチ。名字はまあ面倒だから省略な。レイル隊でメカ屋をやってる」
「あ、顔隠してるのも面倒だからだ。そういう感じで頼む」と雑に補足した男性はさっさと後ろに下がってしまった。
どうも不真面目というか、テキトーな感じの印象が強い男性である。
騎士団らしさは皆無だが、本人はメカ屋と名乗っていたしソードのような客将の立場なのかもしれない。
「(ん、メカ屋? 【異界】の戦艦で?)」
ガブリエラ曰く、あちらの世界で機械と呼べるようなものはほとんどないはず。
そんな世界の住民がメカ屋などという言い回しをするだろうか?
「……さて、アタシの番ね」
違和感について考えようとした矢先に聞こえてきた女性の声に、シオンはその気が削がれた。
そんなシオンの心境など知らずにフードの女性はどこか楽しそうに前に出てくる。
「アタシは訳あって騎士団に協力している通りすがりの“魔女”! 正体についてはせっかくだしもう少し後まで秘密にしておいてここぞというところでバラすのが面白そ「あーそういうのいいんでさっさとお名前言いましょうか師匠」
マントを翻してポーズを決めていたフードの女性はシオンの言葉にぴたりと動きを止めた。
それから肩を落としてあからさまにしょんぼりとした様子を見せた。
「シオーン、気づいてるのはわかってたけど、もうちょっと盛り上がりとかエンターテインメント性とかを考えてくれてもいいんじゃないかしら?」
「その感じだと本気で命が危ない感じのピンチまで正体明かさないでしょうがあなたは」
シオンの冷たい返しに「むー」と子供のような声を漏らしつつ、女性はフードを外す。
艶やかな黒髪を海風に揺らす姿は間違いなく美しいのだが、子供のように頬を膨らませているせいでその美貌も半減である。
「あー、シオン。師匠というと……?」
「言葉通り、この人は俺の魔法の師匠に当たる人なんですよ」
ここまで話をしても、彼女はまだ自ら名乗る気はないらしい。
そんな態度にため息をつきつつ、シオンはアキトに顔を向けて腕で彼女のことを示す。
「彼女の名前は、サーシャ・クローネ。≪語り部の魔女≫の異名を持つ“魔女”です」




