8章-水上艦 甲板にて①-
〈ミストルテイン〉を飛び立てば五分とかからずにシオンたちは水上艦の甲板にたどり着いた。
約束の時間まであと五分程度あり、シオンたち以外に甲板には誰もいない。
「俺たちが一番ってわけか。ちょっと早かったですかね」
「遅れるよりはいいだろう」
「はい。それに、戦艦からはもうこちらに向かってきているようですし」
そう話すガブリエラが見上げる先を見てみると、確かに【異界】の戦艦のある方角から何かが近づいてきているのが確認できた。
結構な速度で近づいてきたそれは魔法陣の上に立つ五人の人影だ。
シオンたちが見守る中、魔法陣と人影たちは甲板の上に静かに降り立つ。
つい先程まで戦っていたこともあって気軽に声もかけられずに互いに沈黙する中、シオンは≪銀翼騎士団≫一行を軽く観察し、ひとつの結論を出した。
「(あ、ガブリエラの見てくれでも全然マシな感じだこれ)」
全身を暗い色で覆い隠してこれから銀行か金持ちの家でも襲撃しそうな外見のガブリエラがこの場にいると目立つのではと危惧していたシオンだが、騎士団一行の方が明らかにやばい。
真ん中に立つ絵本から飛び出してきた王子様か何かと思うような白銀の髪の美青年と、その横に控える少し目つきが鋭い赤い髪の青年は別に普通のレベルだが、問題は残る三名だ。
一人目は、全身を黒系統の鎧に身を包んだ巨漢。
青年二人が白をベースとした軽めの鎧姿なのとは真逆に全身を余すことなくゴツゴツとした鎧で覆っており、兜のせいで顔すら見えない。
魔力の気配を殺しているようなので確信までは得られないが、パッと見た印象がつい先程まで戦いの場に出撃していた漆黒の魔装と類似している。もしかすると彼こそがソードなる人物なのかもしれない。
二人目、鎧ではなくどことなく作業着のようにも見える厚手でカーキ色の服に身を包んだ、男性と思しき人物。
服装に限ればこちらの世界の街を歩いていたとしてもあまり目を引かないレベルなのだが、何故か灰色の兜のようなものをかぶって顔を隠している。
服装と兜のミスマッチ感のせいで妙に目立つ。あからさまに“顔を見せたくない”という意思が伝わってくる。
最後、紫と黒の中間くらいの色合いのマントに身を包み、フードを深々とかぶっている人物。
人間社会はともかく人外界隈では別に珍しくもない服装だが、フードをあからさまに深くかぶっているので顔を隠したがっているのは明らかだ。
マントから除くシルエットは細身である上に胸元にわかりやすい膨らみがあるので女性であるらしい。
「(鎧の人とカーキの人はともかく、マントの人は隠蔽系の魔術までばっちりだな)」
魔力の気配は技術として殺すことで感知されにくくすることが可能だが、実力が同等以上の相手に本気で探られれば捕捉されてしまう可能性はある。
そういったパターンへの対策に霧にかかっていた撹乱の魔術や、感知逃れの魔術、感知されても別物に感じられるようにする誤魔化しの魔術などさまざまな隠蔽系の魔術が存在するわけだが、マントの女性はそこまで徹底して対策を講じている。
「(あれ? でも、初対面相手にここまでする意味ある?)」
こちら側でガブリエラもそういった魔術での隠蔽を図っているわけだが、彼女の場合は顔見知りを相手に魔力の気配から“ガブリエラ・レイルであること”に気づかれたくないからそうしているのだ。
逆に言えば初めて会う相手にそんなものは必要ない。
初対面の相手に魔力の気配を探られたところで正体発覚に繋がったりはしないのだから、顔だけ隠してあれば十分のはず。
それなのにこうして対策しているとなると、余程警戒心が強いか、あるいはここにいる誰かと面識があるのか。
そんなことを考えていたからか自然とシオンの視線はマントの女性に向かっていた。
その視線に気づいたらしい彼女のフードからわずかに覗く口元がゆるりと弧を描く。
たったそれだけの動きに、シオンは妙な既視感を覚えた。
「…………げ」
「シオン? どうかしたか?」
「あ、すみません。ちょっと嫌な予感して思わず」
「嫌な予感?」
アキトが少々心配を滲ませつつこちらを見てくるが、シオンは大丈夫だと目だけで答えて視線を女性に戻した。
未だ口元に笑みを浮かべたままの姿により一層既視感が強まる。
「(これ、思ってたよりもややこしいことになるかも)」
そんな不安をシオンが抱え始めた矢先、甲板の一角にあるドアがスライドした。
「よしよし、無事に全員揃ったみたいだねえ。ホストが一番後ってのはちょいと申し訳ないんだが、こういうの得意じゃないんで多めに見ておくれよ」
堂々と歩いてくる女性はまさに念話でこちらに語りかけてきた人物に違いないだろう。
そんな彼女は部下のひとりも連れずにシオンたちのすぐそばまで歩み寄ってきた。
それも十分に驚くべきことではあるのだが、シオンやアキトからすると目の前の女性にはそれ以上に気にかかる要素がある。
「(どう見ても、人類軍の軍服だよね)」
男性用か女性用かの違いはあれど、ちょうどシオンの隣に立つアキトが着ているのと同じ、艦長や部隊長などの地位にあるものに支給されるタイプの軍服。
〈ミストルテイン〉では副艦長であるミスティのみが着用しているものと完全に同じものだ。
「(戦艦だけじゃなくて、服装まで人類軍に偽装してる……でもそこまでする必要あるのか?)」
さらに言えば、女性の外見は一見して人間のものにしか見えない。
特に人外的な特徴を持たない、濃いブラウンの髪と少し黒い肌を持つエキゾチックな美女だ。
気配からして人間ではないのは確実なのだが、どうにも違和感がある。
「さて、全員揃ったわけだし話を進めよう。まずは自己紹介だね」
たったひとりで八人もの初対面の相手に囲まれているというのに、女性はあくまでマイペースに話を進めていく。
「ここはアタシが一番に名乗るのがいいんだろうが……生憎人様に名乗れる名前がなくってねえ。とりあえずキャプテンと呼んでおくれよ」
「……ふざけているのか?」
女性の言葉に対して騎士団の赤い髪の青年が低い声で噛み付いた。
「腹を割って話そうと持ちかけてきたのはそちらだろう。にもかかわらず自分は名前すら名乗らないというのはどういうつもりだ?」
言い方は厳しいが、赤い髪の青年の主張は至極真っ当だ。
彼が指摘していなかったらシオンが嫌味たっぷりに口を挟んでいたかもしれない。
それに対してキャプテンは困ったように頭を掻いた。
「それを言われると何も言い返せないんだけどねえ。正直今のアタシに名前なんて無いようなもんっていうかなんていうか……」
妙なことを言う女性に赤髪の青年が訝しげな目を向ける中、シオンの耳元でザザッ、とノイズが聞こえた。
『失礼します。横槍を入れるようで申し訳ないのですが、発言してもよろしいでしょうか?』
「ミスティ?」
声の発信源はシオンやアキトの肩に乗せてあるカメラだった。
「これ、映像とか音声拾えるとは聞いてましたけど、スピーカーもついてたんですか?」
『一応っすけどね。今回使う予定なかったから説明飛ばしたんすけど、副艦長がどうしてもって言うんで……』
カナエの説明にシオンはわずかに首を捻る。
スピーカーがついていたことはこの際どうでもいいのだが、このタイミングでミスティがどうしても話したいなんて言い出すのが意外だったのだ。
この場で通信機ごしの横槍なんて話の腰を折るばかりなので、彼女なら何か気になることがあってもこんな風に介入してこなさそうなものなのだが。
とりあえず騎士団にしてもキャプテンにしてもミスティの発言に反対する様子はなく、アキトも問題なしを判断したのか彼女に続きを促す。
『……キャプテンを名乗る貴女に、確認したいことがあります』
「ん、構わないよ。なんだい?」
快く応じたキャプテンに、ミスティはわずかに言葉を詰まらせる。
カメラを肩に乗せているシオンたちだけは辛うじて彼女が緊張からかゴクリと喉を鳴らしたのがわかった。
『……貴女は、ロゼッタ。ロゼッタ・バレンスという女性をご存知ではありませんか?』
「……へえ。お嬢さん、アタシを知ってるのかい?」
キャプテンはミスティの言葉に少し驚いてから尋ねた。
その問いかけ方は自分がロゼッタ・バレンスだと宣言しているのと同じだった。
『はい、私はロゼッタさんを知っています。……貴女が彼女本人のはずがないということも』
「…………」
『もしも、貴女が彼女の姿や名を利用しているのだとしたら、すぐにやめていただきたい』
通信越しでも、ミスティの声に強い怒りが込められているのは伝わる。
そのまま彼女は怒りと敵意を込めた声で言葉を続けた。
『ロゼッタ・バレンスという女性は、六年前の《太平洋の惨劇》にて戦死したはず。……六年前の姿のままでここにいるなんてことはあり得ない……!』
最後には叫ぶように発された言葉を聞いて、キャプテンはそっと目を伏せた。
「……ねえお嬢さん。悪いけどアタシは別に人様のふりなんてしちゃいないんだ」
『だったらその姿はどういうことですか⁉︎』
「何、簡単なことさ。これはアタシが死んだ時の姿ってだけだからね」
『…………は?』
キャプテンから返された答えにミスティが言葉を失う。
それに困ったように笑ってから、キャプテンはシオンたちに向き直って口を開いた。
「ちょいとややこしい感じにはなったが改めて名乗らせてもらおうじゃないか。アタシは――いや、アタシらは、この海で死んでなおあの世にも行かずに彷徨う愚かな亡霊。昔から世間の人々はアタシらのことをこう呼ぶんだ」
――“幽霊船”ってねえ




