8章-提案-
「さて、こっからどうなるかって感じですね」
霧から逃れ、これ以上謎の“何か”が追いかけてくることがないのを確認してひと段落――となればよかったのだが、そういうわけにもいかない。
霧から少し距離をおいた海上では〈ミストルテイン〉、【異界】の戦艦、そして謎の水上艦が向かい合っていた。
すでにシオンも格納庫からブリッジに移動したのだが、そのブリッジの中心でアキトはずっと厳しい表情を浮かべている。
この後どう動くべきなのか、必死に考えを巡らせているのだろう。
『さて、いろいろとややこしい状況ではあるんだろうが……とりあえずアタシらからひとつ提案させておくれ』
謎の水上艦からの女性の声は堂々としたもので少しの動揺も感じられない。
そんな迷いのない振る舞いで、彼女は言った。
『ここにいる三隻の代表者で、顔合わせて話し合おうじゃないか』
予想していなかった提案に〈ミストルテイン〉からも【異界】の戦艦からも反応が返されることはなかった。
「…………は?」
『ん? 聞こえなかったかい? だから、アタシらと人類軍と、【異界】の騎士様たちでちょいと話し合おうって言ってんのさ』
「別に聞き取れなかったわけではありません‼︎」
ミスティの叫びに水上艦の女性は「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないか」とどこかのんびりとした反応を返してくる。
それがまたミスティにはイラッときたようだった。
「水上艦の貴方方はともかく、我々と【異界】の戦艦は戦闘状態にあったのですよ? それどころではなくなったので互いに矛を収めましたが……」
『だからちょうどいいんじゃないか。なんやかんや互いにやる気が削がれたんだから無理にやり直す必要もないだろ? それに――』
一瞬言葉を途切れさせた彼女はクスクスと小さく笑った。
『騎士様たちは本気で殺す気じゃなかったし、人類軍のアンタらも薄々それに気づいてたんじゃないかい?』
あくまで水上艦の彼女とのやりとりは念話でのものなので彼女の顔立ちはもちろん表情なんてわかるはずがない。
しかし、今の彼女はきっと何もかもわかっていると言わんばかりの笑みを浮かべているのだろうとシオンは思った。
実際、小型機しか差し向けてこない【異界】の戦艦からの攻撃が決して本気ではないことは薄々気づいていたし、ソードという強力なエースを出撃させておいてなお積極的に攻めてこなかったこともその証拠に十分になり得るだろう。
とはいえ互いに攻撃をし合ったのは事実だ。
そこに本気の殺意がなかったからOKと簡単には割り切れないところであるし、損害という見方をすると【異界】側の方はそれなりに大きい。
無人機だったので人的な被害はないだろうが、それでもかなりの数をこちらはボコスカ落としてしまったのだ。
仮に〈ミストルテイン〉側で提案に乗ったところで、あちらの方は頷かないのではないだろうか?
『……わかりました。我々はその提案に応じましょう』
初めて【異界】の戦艦からの応答があっただけではなく、まさかの提案に乗ってきた。たった今シオンの思い浮かべて予想がものの数秒で裏切られた形だ。
『た、隊長⁉︎ 何をおっしゃってやがるんですか⁉︎』
「(あ、あっちでも驚いてる人いる)」
どうやら騎士団側でも隊長が唐突に言い出したことだったようで、副官と思しき男性が騒いでいる。
水上艦からの交信魔術の仕様なのか各々の船のブリッジでの会話はそのまま念話に変換されて届くようになっているらしく、『ダメかな?』『ダメ、かと言われると微妙なところですけども……』『ならここは私の判断を信じてくれ』というあちらの微妙に気の抜けた会話は筒抜けである。
最終的に隊長の信じてくれ発言に負けたらしい副官が引いたことで、【異界】の戦艦側の方針は提案に乗ることで確定したらしい。
『それじゃあ、あとは人類軍のアナタたちがどうするかだけなんだけど……』
『先に攻撃を仕掛けた我々の言葉など信じられないかもしれませんが、私はぜひ貴方方と話がしたい。騎士の誇りにかけて対話の場において剣を抜くことはしないと誓います』
言葉でならなんとでも言えると騎士の彼の発言を信用せずに提案を突っぱねるのは簡単だ。
しかしここで提案に乗らずに再び戦うという選択をした場合、倒せる保証のないソードと再び剣を交えなければいけないし、水上艦や【異界】側の思惑などの情報も何も得られない。
むしろ〈ミストルテイン〉にとってのデメリットばかりが目立つ。
「……ミスティ」
「大丈夫です艦長。私も今は提案に乗るべきだとわかっていますから」
ミスティとの念話として外部に漏れない程度の声量での相談を終え、アキトはシオンを見た。それにシオンもはっきりと頷いて見せる。
「わかりました。我々〈ミストルテイン〉も話し合いの提案に応じさせていただきたい」
【異界】の戦艦からに続いて〈ミストルテイン〉からも色良い返事をもらえた水上艦の女性は機嫌よく「うんうん。無事に両方応じてくれてよかったよかった」と口にした。
「それで、具体的にどこで顔を合わせて話し合うつもりなのでしょうか?」
現在地は太平洋のど真ん中なので近くに島などはない。
必然的に、場所はここにある三隻の船のどれかひとつを使うことになる。
『あー、それについては申し訳ないんだけど、アタシらの船でやらせてもらいたい』
『理由を聞かせていただいても?』
【異界】の戦艦から先程発言していた副官と思しき男性が問いかける。
少々楽観的すぎる印象すらある隊長と違って彼はまだ警戒しているようで、質問の言葉も念話越しの雰囲気も冷たく鋭い。
そんな質問に対して女性は少し言葉に迷っているかのようにうんうんと唸る。
『完全にこっち都合だし、今ここで納得してもらえるような答えじゃないんだが……実はアタシは自分の船からどうやっても離れられないんだよねえ』
『離れられない?』
『そのあたりの事情も直接顔合わせればわかってもらいやすいんでね。ここはそういうもんだと信じておくれよ』
「それがどうしても嫌だと言われると、アタシ話し合いに参加できないしねえ」と口にする女性の態度からウソを言っているような気配は感じられない。
「シオン、彼女の言うようなことはあり得るのか?」
「……あり得るかと言えばあり得ます。人外としての特性とか、魔術的な制約、レアケースなら呪いなんてパターンもあるかも」
「ひとまず信じてもよさそうだな」
アキトが水上艦での話し合いを了承すれば、【異界】の戦艦側からもすぐにOKの返事があった。
むしろ【異界】側の方が彼女の発言には理解があって然るべきなので当然と言えば当然である。
『それじゃあアタシらの船の甲板で話し合いといこうじゃないか。……とはいえそこまで広くないんでねえ、来るのは多くて五人まで。準備もあるだろうし三〇分後に現地集合ってことでよろしく頼むよ』




