8章-乱入するものたち-
『三時の方向、海上に新たな反応あり! これは……人類軍の識別コードを発しています! 水上艦のようです!』
『友軍⁉︎ どうしてこんなところに⁉︎ どこの所属ですか⁉︎』
『識別コード、該当なし! そもそも発信されている信号にもノイズが……』
コウヨウの報告を遮るように再度警報が鳴り響く。
『今度はどうしたんですか⁉︎』
『も、問題の水上艦からミサイルが発射されました! 数は十六、こちらに向かってきています』
『は? 友軍からの攻撃ってこと⁉︎』
『そもそも本当に友軍なのか⁉︎』
ブリッジの様子は音声でしかわからないが非常に混乱しているのは明らかだ。
シオンも正直急なことに頭がついていっていない。
『と、とにかくミサイル来ます!』
『わからないことだらけだが、ひとまず迎撃だラムダ!』
『お、おう!』
〈ミストルテイン〉の対空砲がミサイル迎撃のために動き出す中、いつの間にか朱月だけではなくそれと向かい合っていたソードの方も魔力を引っ込めていることに気づいた。
朱月は急な警報のせいに集中が途切れたのだろうが、ここまでの戦い方からしてソードの方の集中がこの程度で途切れるとは考えにくい。
それに、〈ミストルテイン〉側が混乱しているのならソードはもちろん【異界】の戦艦からしても攻撃のチャンスのはずなのに何も仕掛けてこないのも妙だ。
「(あっちも乱入してきた船を警戒してる?)」
そう考えれば説明できないこともないかもしれないが、すぐそこにいてついさっきまで強大な魔力の気配を放っていた朱月よりも、まだ距離もある上に強い魔力を放っているわけでもない謎の水上艦を警戒するというも不思議な話だ。
そんなことを考えている間にドローンのセンサーでも飛来するミサイルの反応が捕捉できた。
そして、そのミサイルが〈ミストルテイン〉だけを狙っているわけではないと気づく。
『こちらに来るミサイルは八。残り八は【異界】の戦艦の方へ向かっています!』
『何それ、両方の敵ってこと?』
人類軍らしき反応を発しながら〈ミストルテイン〉に攻撃してきた時点でこちらの敵の可能性を考えたのだが、その矢先に【異界】の戦艦にも同時に攻撃を仕掛けているということが発覚したわけだ。
素直に状況をそのまま受け止めるのなら〈ミストルテイン〉とも【異界】の戦艦とも敵対する第三勢力ということになるのだろうが、じゃあその第三勢力とは何者なのかという話になってくる。
「本格的にわけわからん。……けど」
〈ミストルテイン〉と【異界】の戦艦がそれぞれミサイルに対処している間に、シオンは〈アサルト〉のそばに控えさせていたドローンを謎の水上艦に向けて飛ばす。
「(人類軍かどうかはともかくこっちの世界の船相手じゃ大したことはわかんないかもだけど……)」
ギリギリシオンが霧を晴らした圏内にいるので姿は見えているが、今のところ細かなことがわかっていない。
センサー類が貧弱なドローンでどこまでわかるかは定かではないが、少しでも情報が得たい。
あまり期待はせずに水上艦へとドローンを近づけ――やがて気づいた。
「アキトさん……あれ、人類軍じゃない!」
『何? どうしてそう思う?』
「あの船、近づいてみたらめちゃくちゃ魔力の気配する!」
気配を隠すための細工でもされていたのかドローンを近づけてみるまで気づかなかったが、確かに魔力の気配がある。
大きさも結構なもので、〈ミストルテイン〉のようにECドライブで動いているだけというパターンでもないだろう。
『人類軍に擬装した人外の勢力というわけですか⁉︎』
「わざわざ識別コードっぽいものまで出してるならそうかもですが……」
そうであると確信が得られるほどの情報はない。その段階で結論を出すのは早計ではないだろうか?
シオンが考えを巡らせている中、突然頭の中にノイズのようなものが走った。
『あーテステス……よし、そこの人類軍の船と【異界】の船、聞こえてるね? まあ聞こえてなかったらその時さね!』
聞き覚えのない女性の声。
音声の通信ではなく念話によって精神に直接語りかける魔術的な通信手段。
そしてこちらだけではなく、【異界】の戦艦にも語りかけていると思しき内容。
『これは……問題の水上艦からの交信なのか⁉︎』
『おやおや、そっちには聞こえてるんだね。そいつぁ何よりだ!』
アキトの言葉に反応した女性は、その内容を否定せずに満足気な様子だ。
『さて、アンタらからすりゃあいろいろと聞きたいこともあるんだろうが……今はとにかくこっから逃げな!』
唐突すぎる女性の言葉にシオンも反応が一瞬遅れる。
『それはいったい……?』
ブリッジのアキトの言葉の直後、再びブリッジで警報が鳴り響く。
しかも今度はそれだけではない。シオンもまた警報と同時に嫌な気配を捉えた。
細かなことはわからないが、霧の奥からこちらに向かって何かが近づいてきている。
『チッ、やっぱり来ちまったねえ! これだけ騒げばしゃあないだろうが困ったもんだよ!』
念話の女性は心当たりがあるようだが、シオンたちからすれば何がなんだかわからない。
ただ、感じられる気配からして追いつかれるとあまりよろしくない類のものであることだけはわかる。
――ここは細かいことは置いておいて女性の言葉に従った方がいい。
その結論はアキトも同じだったらしい。
『急速反転! 来た道を引き返してひとまず霧の外へ出る! 機動鎧部隊は可能なら帰投、難しければ独自に霧の外まで離脱、妙な反応から逃げ切るのが最優先だ!』
「アキトさん! 念のため霧を払います!」
奥から迫る何かの正体は不明だが、霧の奥から来ている以上、霧を生み出した張本人である可能性も高い。
それがこちらに近づいてきている以上は霧を払うのが得策だろう。
『あーっとそこの≪天の神子≫! 悪いんだけどアタシらもその霧の晴れた道を使わせてもらえるかい?』
「アキトさん! いいですね⁉︎」
『構わない! その代わり脱出後は話を聞かせてもらう!』
『じゃあもひとつついでだ。話をする時サービスするから、【異界】の船も一緒に面倒みておくれよ』
『なんですって⁉︎』
女性の提案にミスティが悲鳴に似た声をあげる。
気持ちはわからなくもないのだが、正直今はそれどころではない。
「もうここまで来たら敵とか味方とか後回しでいいでしょ眼鏡副艦長!」
『ああ! もうここまで来たらなるようになれだ! 聞こえているかどうかは知らないが、【異界】の戦艦も好きにしろ!』
それからシオンはドローンと“天つ喰らい”を駆使し、大慌てで退路上の霧を喰らい尽くして複数の戦艦が通り抜けられるだけの空間を作り出す。
先頭を〈ミストルテイン〉が、その次に急速に近づいてきた謎の水上艦が、そして最後には【異界】の戦艦がそこを突っ切り、三隻は謎の何かに追い付かれることなく無事に霧の外の海上へと脱出することに成功するのだった。




