8章-霧を喰らう-
〈ミストルテイン〉からこの膠着状態を崩す。
シオンがそう宣言してから多少の準備のために時間を要しているのだが、その間にも状況はほとんど変化してはいない。
あえて挙げるとすれば、【異界】の戦艦からさらに十機ほどの無人機が出撃して〈ミストルテイン〉へと向かったことと、シオンたちの操るドローンに攻撃を仕掛けてきていたわずかな無人機もそれと共に霧の外へと飛び去ったことくらいだろう。
ドローンには戦艦の防壁を破るほどの火力はおそらくない。
無人機で迎撃せずとも、戦艦の対空砲火だけで対処できると捨て置かれたのだろう。
「(それでも本気で倒しにくる気配はなし。何がしたいんだか)」
気にならないと言えばウソになるが、最早どうでもいいことではある。
何せ、今から相手の思惑も作戦も何もかも全部ひっくるめて蹂躙してしまうつもりなのだから。
「オイ、シオン! 準備は済んだぞ!」
「了解です親方! ありがとうございます!」
「……にしても、残りの試作新型ドローン六つ全部お前の制御ヘルメットにつなげろってのは驚いたぞ」
ゲンゾウの言う通り、シオンは現在制御中のものに加えてプラス六つの新型ドローンを制御できるようにするように頼んだ。
それが一石を投じるための唯一の準備でもある。
「テメェの無茶を今更どうこうは言わねえが、ドローンは壊すんじゃねえぞ?」
「もちろん。そのために七つ使うんですから」
険しい声色のゲンゾウを安心させるように言葉を返し、次にブリッジへと呼びかける。
「アキトさん、準備完了です」
『わかった。……一応改めて聞くが、』
「この方法で俺にリスクはありません。まあ、信用できないのも仕方ないんでしょうけど、今回は本当にウソじゃないですから」
『ならいい。頼んだぞ』
「了解。そっちもよろしくお願いしますよ!」
アキトへ言葉をかけ終えてすぐ、シオンは未だ格納庫にある残る六つのドローンへと意識を向ける。
普通に考えると個別の七つのドローンを同時に制御するというのは不可能のように思えるだろう。
しかし、シオンは魔法や魔術を主体に戦う人外だ。
時に複数の魔法を同時に扱うこともあるシオンは、奇しくも複数のものを同時並行で操るという行為に慣れている。
「さあ! 始めましょう!」
六つのドローンが格納庫から飛び出していく。
途中についでとばかりにすれ違った敵の無人機を仕留めつつ、それらはまるで弾丸のような勢いで霧へと飛び込んでいった。
当然視界はゼロに等しくセンサー類も機能しないが、シオンひとりに制御されているおかげで探知圏内の三〇〇メートル以上離れても七つの位置関係だけは正確に把握できる。そこまでは想定内だ。
ドローンが六つ増えたことを敵が察知しているかは不明だが、ひとまず何か反応を示すことはない。
とはいえ敵はドローンは捨ておくことにしているようなのでおそらく気づいていようと何もされはしないだろう。
――それが命取りになるとは知らずに。
なんの妨害もされないのをいいことに、シオンは七つのドローンを霧の中で分散させる。
配置は〈ミストルテイン〉と【異界】の戦艦を直線で繋ぐことができるように、可能な限り等間隔に。
霧のせいで精密にはできないが、ひとまずおおよそで構わない。
下準備はそれだけでいい。あとはただ喰らい尽くすだけだ。
この霧は魔術によって生み出され、制御されている。
だから成分としては普通の霧と変わらないが、普通の霧のように風に散らされることもないし、熱線に貫かれても蒸発して消え去ることもない。外的な干渉で消えることがないように魔術によって守られているということだろう。
おそらく科学的なアプローチではどうすることもできないだろうが、それなら魔術的にアプローチすればいいだけのこと。
そして繰り返すが、霧は魔術――ひいては魔力によって生み出されている。
ならば、シオンに喰らえない道理はない。
「≪天の神子≫の名の下に――!」
シオン自身の神子としての魔力を各ドローンへと送り込み、それぞれの場所で解き放つ。
その瞬間、各ドローンを中心に吸い込まれるように霧が掻き消えていき各ドローンから送られてくる映像が一気に鮮明になっていく。
“天つ喰らい”
この世において≪天の神子≫のみが持つ、あまねくすべての魔力を喰らう異能。
それをシオンと魔術的に接続しているドローンを起点に発動させ小さなブラックホールのごとく霧を吸い込んだのだ。
さすがに広大な面積に広がる霧のすべてをすぐに喰らい尽くすことはできないが、〈ミストルテイン〉と【異界】の戦艦の間に広がる分だけ対処できれば今は事足りる。
『霧の消滅、こちらでも確認しました! 霧の消えている範囲に限りますがセンサー類も正常に機能しています!』
コウヨウの報告の通り、各ドローンのセンサー類もまた正常に周囲の状況を探知し始めている。
『すごいわね。あっという間に綺麗さっぱりじゃないの!』
「そういうのは後です!」
『ああ、わかっている!』
霧が消えてしまえばセンサー類はもちろん、視界も回復する。
そうなれば戦艦などという巨大なものは丸見えだ。
とはいえそれはあちらにとっても同じことで、【異界】の戦艦側も今度こそ完璧に〈ミストルテイン〉のことを捕捉するだろう。
故に、ここからはいかに敵に対応される前に叩くかの勝負になる。




