8章-霧の中の戦い④-
「でも……それってなんか微妙じゃないですか?」
【異界】の戦艦が霧に隠れたまま小型の無人機だけを送り込んでいるという状況は実際にその通りである。
ただ、その戦略が彼らにとって意味があるものかと問われればまた話は別だ。
あちらの視点から現在の戦況を見た場合、“一方的な攻撃をすることができるが無人機では決定打は与えられない”といったところだろう。
最初は無人機だけで事足りると考えていたのかもしれないが、今も現在進行形でシオンたちのドローンにも〈ミストルテイン〉やそれを守る機動鎧部隊にもろくにダメージを与えることもできずに無人機はやられ続けている。
あちらの指揮官が相当残念でなければ最初の認識が誤りだったことにはすでに気づいてるはずだ。
現状では決定打を与えられない。むしろ無人機を無駄に消費するだけとなれば戦略を変えるのが自然なはずだが、どうもそういう動きもない。
戦艦である以上は無人機しか積んでいないなんてことはないだろう。
となれば〈ワルキューレ〉のような魔装が飛び出してきてもおかしくはないはずなのだが、その様子すらない。
かと言って損害を拡大させないために無人機を出すのをやめて逃げに転じる様子でもなく、どうにもならない現状を維持するばかりだ。
「騎士の優劣の基準に詳しいわけじゃないですけど、エリートの集まりの騎士団の動きとしては違和感があるんですよね……」
こちらを倒したいのであれば無駄に無人機を送り込み続けるよりは戦力的により強力であろう魔装をけしかけるべきだろうし、倒す気がないならないでしつこく付き纏ってくるドローンを破壊して逃げに転じるべきだ。
技師にしてはそっち方面の知識のあるとはいえ専門で学んできたわけでもないシオンでも思いつくことをエリート騎士団の指揮官が思いつかないとは考えにくい。
『確かに、俺も違和感は覚えている。印象としては霧に感じているものに近い』
「「穏便に立ち去ってくれ」って言われてるみたいってやつですか」
『ああ。この霧に戦艦の思惑が反映されていないってのはお前が判断した以上事実なんだろうが……あちらは俺たちを疲弊させて撤退に追い込みたいんじゃないか?』
〈ミストルテイン〉を倒す気はなく、かと言って放置したいわけでもなく、帰ってほしい。
その理由や動機はひとまず置いておくにしても、今の状況とは辻褄は合うかもしれない。
『……しかし、やはりこちらを倒さず追い払いたいだけというのは意味がわかりません。理由が想像もつかないですよ』
「ですよね……俺も正直眼鏡副艦長に賛成です」
【異界】の戦艦が〈ミストルテイン〉を生かして帰す理由が何も思い当たらない。
生かして帰したとして人類軍が諦めることはない。
むしろ装備を整えたり、より戦力を増やして再び【異界】の戦艦を狙って部隊を派遣するだけだ。
それは人類軍に詳しくなくても想像できそうな話だし、【異界】の戦艦にとってはマイナスでしかない。
逆にここで〈ミストルテイン〉を倒してしまえば、少なくとも〈ミストルテイン〉が再来することはないし、人類軍に渡る情報も最低限になる。
人類軍の再来を防ぐのはもはや不可能だとしても、将来的に確実に発生するであろう再戦で不利になる要素は最低限で済むし、今この場で無人機を無駄にする必要もなくなる。
どう考えても、今〈ミストルテイン〉を沈める方があちらにとっては得なはずなのだ。
『疲弊させててから確実にこちらを沈めるのが狙いなのではないでしょうか?』
『あり得ないってほどでもないんだけど、普通に採算悪そうじゃない? もう通算で三〇くらい無人機やっつけたわよ?』
どれだけの無人機を所持しているかわからない現状では確信まではできないが、あちらは三〇機無駄にしてなお〈ミストルテイン〉の船体に傷をつけることも、機動鎧を撃墜することもできていないのだ。
このままの調子で一〇〇ほど無人機を犠牲にしたとしても大して疲弊させられそうにはないことくらいわかりそうなもので、仮にこの後魔装などを送り込んで〈ミストルテイン〉を落とせたとしてもあまりに損害が大きい。
そんなことならさっさと戦艦自身や他の兵器で攻撃を仕掛ける方が余程建設的ではないだろうか。
「……そもそも、彼らは騎士です。特に≪銀翼騎士団≫の方々となると騎士道を重視しますから、戦いの際に策を何も考えないわけではないですが、基本的には回りくどい戦い方を好まない方が多いはず」
『余計によくわかんなくなってきたわね……』
ここまでいろいろと話してみたが、結論としては“とにかく相手の動きが腑に落ちない”というところにたどり着く。
どうして今のような戦い方をしているのか?
その目的は?
その理由は?
どの疑問についても、現状のシオンたちで確信を得ることはできそうにない。
加えて言えばこの霧に【異界】の戦艦がかかわっていないらしきこと謎ではあるが、それも考えるには情報が足りていなさすぎる。
であれば、いくら考えたところで無駄であるし、正直シオンは面倒になってきている。
「理由や目的はどうあれ、疲弊狙いのあっちの思惑に付き合う必要はないですよね?」
『それはそうでしょうが、かと言って打開策があるわけでは……』
確かに【異界】の戦艦は霧の中にこもりきりであるし、その霧は〈ラグナロク〉でぶち抜いても消えないような常識はずれの代物な上にセンサー類を狂わせたり魔力の気配を撹乱する効果もあって〈ミストルテイン〉はまともに敵戦艦の位置すら掴めない。
そんな状況で〈ミストルテイン〉からアクションを起こすのは難しい。
だが、少なくともシオンはお手上げだとは一度も口にしてはいない。
「眼鏡副艦長。まだちょっと俺についての認識が甘いですね」
『はい?』
ミスティはあからさまに意味がわからないという反応だったが、アキトとアンナがわずかにため息をついたのが聞こえたので少なくともふたりはシオンの言わんとしていることがわかっているようだ。
「まあ要するに、俺がこの霧どうにかしちゃいましょうって話ですよ」
この霧は確かに常識はずれであるし厄介ではあるが、この程度の小細工はその気になれば力技でひっくり返せる。
≪天の神子≫とは、その程度には理不尽な神様なのだ。




