8章-霧の中の戦い①-
【異界】の騎士であるガブリエラによる断言。
これはもう霧の中に潜んでいるのが【異界】の戦艦であるという決定的な証拠と言っていい。
そうなると、ひとまず〈ミストルテイン〉に与えられていた“捜索”という任務は達成されたことになる。
だが、これで終わりというわけにもいかない。
問題になるのはこの後だ。
「さて、どうします?」
『どうしますも何も、あちらの動きを待つしかない』
人類軍からは、“あちらからアプローチがなければ追跡せず報告”、“攻撃を受けた場合は応戦して排除”、“対話の申し出があれば応じてよし”、それ以外は判断を任せると言われている。
要するに、あちらの出方次第というわけだ。
下手にこちらから何か仕掛けるとそれはそれで命令違反と言えなくもないので、シオンたちはあくまで待つことしかできない。
『待つのはいいけど、この視界じゃそもそもあっちがこっちに気づいてないんじゃないの?』
相変わらずドローンからの映像は真っ白なまま。シオンとガブリエラが存在を感じ取れているというだけで戦艦の影すらも映像には映っていない。
このままだと上層部に提示できる証拠がなくて任務達成とは言い難いのではという気もする。
が、少なくともアンナの心配は杞憂で終わるだろう。
「少なくとも気づかれないことはないと思いますけどね」
『どうして?』
「こっちが三〇〇メートルくらいを感知できるってことは、戦艦の方も同じくらいは感知できて当然なので」
撹乱の魔術の影響下にあるシオンとガブリエラの探知範囲がその程度ならば、仮に戦艦の方も同じく撹乱されていたとしても同程度の範囲は感知できるはず。
むしろ戦艦であれば複数の乗員がいるはずであるし、探知専門の魔術を施した道具なども搭載しているはずなのであちらの方が高い探知能力を持っていると考えるのが普通だ。
「現時点であちらは俺とガブリエラの魔力には確実に気づいてる。そうじゃなかったらさすがにポンコツが過ぎますから」
「あ、あの戦艦は気配からして≪銀翼騎士団≫のものですから! 彼らはそんなにうっかりしていません! 絶対に気づいてますからね⁉︎」
慌てたようにガブリエラが戦艦側をフォローし始める。
所属は違えど自分と同じ騎士たちにポンコツ疑惑がかけられるのはやはり嫌なのだろう。
そんなゆるい会話をしている中、相変わらず何も見えない霧の中で戦艦に動きがあったことをシオンは感じ取った。
「……戦艦内で複数の魔力が動き回ってる感じ。乗員たちがバタバタしてるんですかね」
『その反応だと、こちらに気づいたと見てよさそうだな』
「当然ですよ」
「で、問題はこっちに対してどう動くかなわけですけども」
ただ、この時点でシオンは少々嫌な予感がしてきている。
こちらを無視して離れるなら乗員たちがあんな風に慌ただしくなる必要はない。対話を求めてくるにしても同じだ。
だが実際は乗員、もとい騎士たちが慌ただしくなっているわけで。
それはつまり、戦闘準備をしている可能性が濃厚なのである。
「「っ!」」
『ふたりとも、どうした?』
「戦艦からなんか飛び出した!」
『機動兵器が出撃したということですか⁉︎』
「いえ、それにしては魔力の気配が小さい気が……とにかく来ます!」
シオンの操るドローンのカメラに映る真っ白な空間にほんのわずかにシルエットが浮かび上がってくる。
かと思えば次の瞬間そのシルエットから放たれた閃光がドローンを掠めた。
「攻撃してきました! けど人型兵器っぽくはなかったかも!」
カメラの性能が低いのではっきりとしてはいなかったが、霧の先にわずかに見えたシルエットは人型には見えなかったし、何よりガブリエラの〈ワルキューレ〉と比べて明らかに小さかった。
【異界】の人型兵器である魔装ではなく、また別の兵器と見るべきだろう。
「というか、あっちには魔装以外にそういう兵器あるの⁉︎」
「い、いえ。少なくとも私は知らないですが……もしかしたら新しく開発されたのかもしれません」
『と、とにかく、仕掛けてこられた以上はこちらに敵対の意志があるということでしょう!』
『ああ、あちらに敵意があるとわかった以上は放置できない』
まだ〈ミストルテイン〉そのものがあちらに捕捉されていない今なら、戦闘をせずに立ち去るのは簡単だ。ドローンをこの場で犠牲にして退散するだけでいい。
しかし警告もなくアンノウンでもないこちらに攻撃を仕掛けてきた存在を放置しておくのは、今後何かを起こされるリスクを放置するのと同じことでもある。
人類軍からされていた指示に関係なく、無視はできないというわけだ。
『とはいえ、無策のまま視界ゼロの霧の中に突入しても、センサー類があてにできないこちらが圧倒的に不利です』
『機動鎧部隊もだいたい同じね。シオンとガブリエラちゃん、シルバ君あたりはなんとかなるかもだけど……』
魔力を感知してこちらの位置を探れる【異界】側とは対極的に〈ミストルテイン〉にあちらの位置を探る術はない。
アキトやコウヨウなら気配の感知もできなくはないだろうが、それをスムーズに他の船員に伝える方法がない以上はあまり意味がないし、機動鎧部隊も人外組の三人以外は安心して送り出せはしないだろう。
不用意に霧に突入しても、敵を捕捉する目がない以上は見えない敵に一方的に攻撃されるだけという最悪の展開にしかならないというわけだ。
かと言って戦力として未知数の戦艦相手にシオン、ガブリエラ、シルバの三人だけで挑むのはリスクが高すぎる。
『……ドローンの突入地点はわかっている。イナガワ君、ドローンが直進したことから計算すれば戦艦のいる方角くらいはわかるな?』
『は、はい。おおよそなら』
『では、その方角に向け〈ラグナロク〉発射準備!』
「ちょ、そんなことしたら〈ミストルテイン〉のいる方向もバレますけど⁉︎」
『それならそれで構わない。むしろこちらに接近するために霧から出てきてくれれば好都合だ』
アキトがなかなかに大胆な作戦を口にする中、〈ラグナロク〉の発射準備が完了したことがアンナによって告げられる。
『シオン、レイル君。ドローンの高度を海面ギリギリまで落とせ!』
アキトからの突然の指示に慌ててドローンを急降下させる。
『――〈ラグナロク〉、発射!』
直後、真っ白な閃光が分厚く白い霧を貫いた。




