8章-ガブリエラの覚悟-
〈ミストルテイン〉の全体に第一種戦闘配備の命令が出された。
この場合シオンは格納庫にある〈アサルト〉のそばに待機するべきなのだが、ブリーフィングルームから出る前にアキトに呼び止められ、そのままブリッジに向かうことになった。
それはシオンだけではなく、同じく格納庫で待機すべきガブリエラとシルバもまたブリッジへとやってきていた。
「で、なんで俺たち三人はここに連れ込まれたんですか? まあ人選の基準については聞くまでもないんですけど」
シンプルに人外である三人がブリッジに連れてこられたというだけのこと。
ブリッジで索敵と分析を担当する“妖狐”のコウヨウ・イナガワも含め、〈ミストルテイン〉に乗る人外全員がブリッジに勢揃いしている状況だ。
「ひとつは、問題の霧の分析のためだ。任務の性質上最終的には霧の中に突入することにはなるだろうが、まずは外から見て調べられるだけ調べたい」
「そりゃそうですね」
すでに調査隊が霧の中に突入して生還しているらしいが、それでも詳細のわからない霧に突っ込むというのはよい選択とは言えない。
幸い、突撃してみる以外の選択肢がなかったであろう調査隊と違ってシオンやガブリエラを擁する〈ミストルテイン〉であれば外側からでもいろいろと調べようがある。
それを前提にした時、調べてみるにしろそれをアキトに報告するにしろ格納庫よりもブリッジの方が都合がいい。
だからシオンたちはここに集められたのだろう。
「でも、ひとつはってことは他にもなんかあるんすよね?」
「ああ。ただ、シオンやハーシェル君というよりも、レイル君に関することだ」
「私、ですか?」
自分の名前が出たことが意外なのかガブリエラは不思議そうにしている。
そんな彼女に対してアキトは真剣な面持ちで向き合った。
「すでに一度答えは聞いているが、再確認したい。……ガブリエラ・レイル君。君は、【異界】の軍勢、あるいは他の人外と戦えるか?」
アキトの問いにガブリエラは目を見開いて固まった。
それをそばで聞いていたシオンは特別驚きはしなかった。むしろここでアキトがその問いを投げかけたのは当然だと思っている。
「まだ正体がはっきりしたわけではないが、あの霧が異能の力によるものなのは確実だ。それがアンノウンのものであればいいが、現時点では【異界】の軍勢やそれ以外の人外のものである可能性も高い。……それらと我々が敵対し戦闘になった場合、君は戦うことができるか?」
この問い自体はガブリエラが人類軍への協力を申し出た際にアキトが投げかけ、ガブリエラも「殺し合いをするつもりはないが、退ける」という答えを出した。
しかし仮定ではなく本当にそうなってしまうかもしれない今、〈ミストルテイン〉のためにも、ガブリエラ自身のためにも改めて確認する必要はあるだろう。
「…………」
アキトの問いに対して、ガブリエラはなかなか答えが出せないようだった。
それも仕方がないことだろう。
ガブリエラは心優しく、非常に善良な少女だ。
そもそも人間であろうが人外であろうが関係なく、他者と争うことに抵抗はあるだろう。
いくら覚悟を持って人類軍の協力者になる道を選んだとはいえ、実際に戦わなければならないとなれば、そう簡単に割り切れるはずがない。
「……今回に関しては、指令が下されたのもほんの数時間前のことだ。君が迷ってしまうのも当然のことだと思う。すぐに答えが出せないのなら、ひとまず今回はここで待機していてくれても構わない」
アキトもシオンと同じくガブリエラが答えを出せなくても仕方がないと考えているのだろう。
この提案は人類軍の人間としてではなくアキト個人の優しさからくるものに違いない。
しかし、ガブリエラは小さく首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です」
答えを出した彼女の声ははっきりとしていて、迷いを感じさせはしなかった。
「いつかこういった状況になり得るのはわかっていましたし、戦うことができると答えたのは他でもない私です」
「確かにそうだが……」
「それに、ふたつの世界の和平を願う以上は遅かれ早かれ“推進派”の方々とは衝突することにはなるでしょう。その度に尻込みなどしていられませんから」
ガブリエラは改めて背筋を伸ばし、アキトに向かい合う。
「私は、ふたつの世界の和平がなされるその日まで〈ミストルテイン〉と共に戦います。例え同胞と刃を交えることになろうとも、決して揺らぐことはありません」
そこにいるのはただの心優しい少女などではない。
迷いなく凛と佇む、誇り高いひとりの騎士だった。
「……わかった。君がそう言ってくれるのなら頼りにさせてもらう」
「はい。微力ながら私にできることを精一杯やらせていただきます」
穏やかに微笑むガブリエラに対して、アキトは少し居心地が悪そうに頭を掻いた。
「なんというか、余計な気を回してしまった気がするな」
「いえ、ここで一度考える場をいただけてよかったと思っています。言われてみるまでそこまで実感はなかったですし……」
「だが、レイル君。……ひとつ注意してもらいたいことがある」
そう告げたアキトの表情は険しい。
「〈ミストルテイン〉は特別遊撃隊として比較的自由ではあるが、それでも人類軍の一部隊に過ぎない。……そして人類軍にも、【異界】との和平を望む派閥と徹底抗戦を望む派閥が存在する」
【異界】が“推進派”と“反戦派”に分かれているように、人類軍の上層部も決して一枚岩ではない。
そんな上層部の指示に従わなければならないのが〈ミストルテイン〉という部隊だ。
「〈ミストルテイン〉は今後必ずしも和平のための動きができるとは限らない。逆に和平を遠ざけるような任務を言い渡されることもあるだろう。……俺の立場で言うべきことではないが、〈ミストルテイン〉にも人類軍にも固執しすぎてはいけない」
アキトの言葉は、もしも和平の邪魔になるくらいなら〈ミストルテイン〉や人類軍すらも切り捨てろと言っているも同然だった。
言うまでもなく人類軍に所属する軍人が口にすべき内容ではなく、アキトの隣に立つミスティはわかりやすく狼狽えている。
そういったニュアンスをガブリエラは正しく受け取ったのか驚いたように目を見開き――やがて小さく微笑んだ。
「……わかりました。けれど、それを言葉にして伝えてくださったミツルギ艦長であればきっとどんな状況でも最善を選べるはずです。だから、私はやはり最後まで〈ミストルテイン〉と共に進むことになると思います」
「それは買い被りすぎじゃないか?」
「そんなことはありませんよ。だって、あなたは――」
ガブリエラの言葉は突如としてブリッジに響いた警報によってかき消された。




