1章-暴れん坊ロックンロール①-
『……参りました』
ブリッジに届いたシオンの声は、言葉とは裏腹にどこかすっきりした様子だった。
呆れと諦めと、優しさと安堵。
そんないくつもの感情が混ざりあったような声だとアキトには感じられた。
アキトの視界の隅で、そんなシオンの様子を一部始終見ていたアンナの頬がわずかに緩む。
アンナにとってシオンとギルは少々特別な生徒だったというのは知っている。
詳細は知らないが仲違いしていたらしいふたりの教え子が仲直りできたことは彼女にとっても喜ばしいことなのだろう。
そんなシオンやアンナの穏やかな時を阻むように警報音が響く。
音が鳴っているのはブリッジではなく、通信先の〈サーティーン〉のコクピットだ。
『げ!? アンノウンすげえ勢いで増えまくってるぞ!?』
『こっちでも確認した! なんか急に分裂速度上げ始めてる』
〈サーティーン〉から受信している情報は〈ミストルテイン〉のブリッジでも確認できている。
事実、基地内に引き込まれた川の中で凄まじい勢いでアンノウンの反応が増殖しているではないか。
『……そっか。母体は最初からずっと川の中にいるんだ』
『どういうことか俺にもわかるように頼む!』
『オリジナルのアンノウンは水の中にいて、核だけ増殖しては川の水で作った体に埋め込んで数を増やしてる! 水中なら三百六十度材料に囲まれてるようなもんだし、川の水から魔力も吸収できるからめちゃくちゃな速度で増殖できるってこと! 俺の探知じゃそこまではわかってなかったけど!』
『なるほどわかんねえ! とにかく増えまくってるってことだな!』
『そういうこと!』
ふたりの会話の間も着々と数は増え続けて、すでに最初に探知できていた数の倍を余裕で越えている。
おそらくはこちらからの攻勢に分の悪さを感じて、数を増やすことで抵抗しようとしているのだろう。
「……個々の個体は弱いが、こうも多ければさすがに捌ききれないぞ!」
秒間二、三体の速度で増えている現状が続けば、いつかは押し切られて市街地に侵入されてしまう。
幸い避難はすでに完了しているようだが、都市を埋め尽くさんという勢いで増えられては避難できていることはあまり意味をなさないだろう。
「ギル! 〈アサルト〉の修理は終わってるのよね!?」
『問題なしっす!』
「シオン、腕が使えるなら戦える!?」
『……残念ながら腕が爆破されたときに〈ライトシュナイダー〉も〈ドラゴンブレス〉も落っことしてきちゃってたり』
「よし、拾いに行けばオッケーね!」
『拾うまで丸腰ですけど!? というか普通に通信してきてますね教官!?』
つい十数分前にそこそこ険悪な雰囲気で通信を切られたにもかかわらず、アンナの態度はいつも通り。
それをシオンから指摘されても、彼女は全く怯まない。
「そんなことはどうでもいいの。それにどうせ魔法とかでどうにかできるんでしょ」
『今の俺、"協力者"とも言い難いところなんですけど?』
「アタシへの個人的な恩義その他は?」
『……それ出されると弱いんですけど』
『俺たちの学生時代、アンナ教官への借りばっかりだしなー』
テンポのよい会話にアキトたちは置いてきぼりだが、とにかくシオンはアンノウンと戦う方向で話は落ち着いたようだ。
『こうなった以上はもう我慢とかしなくていいし、ギル、やれるよね?』
『おうとも! 〈サーティーン〉の力を見せてやるよ』
「それじゃあふたりとも、アンノウンどもを徹底的に蹴散らしなさい!」
『『了解!』』
ぴたりと息の合った返答の直後〈アサルト〉と〈サーティーン〉の二機の反応が動き出す。
今まで建物の影に隠されていた二機が飛び出してきたことで、〈ミストルテイン〉のブリッジから望遠で二機の姿を確認することもできるようになった。
「ラステル戦術長! 〈アサルト〉はともかく作業用の〈ビックアームⅢ〉に戦闘指示なんて!
「大丈夫大丈夫! あれはただの〈ビックアームⅢ〉じゃなくて、十三技班お手製の〈サーティーン〉だもの」
「言っている意味が……」
『敵影発見! 行くぜえ!』
ミスティが納得していない中、〈サーティーン〉がアンノウンに向かって突撃する。
脚部のホイールを駆使してとても作業用とは思えない速度で走る〈サーティーン〉。
その胸部の辺りが突然変形し、一対の発射口をむき出しにする。
『おっぱいミサイルだオラ!』
下品な掛け声と共に勢いよく発射された二発の小型ミサイルが前方の群れに飛び込み、次の瞬間サイズに見合わない爆炎を上げる。
さらに〈サーティーン〉機体頭部横に小型のガトリング砲が二門顔を出し、弾丸をまき散らし始める。
ただでさえ爆炎で焼かれていたところにダメ押しに弾丸の嵐をくらい、あっという間に無数のアンノウンが霧散してしまった。
わかっていたとでもいうように満足気なアンナと、完全に置いてきぼりをくらっているミスティ。その温度差が凄まじい。
「な」
「な?」
「なんで作業用の機動鎧にあんなに武装があるんですか!?」
ミスティの絶叫がブリッジに響くが、それを予想していたらしいアンナは両手でしっかり耳を塞いでいた。
「そこはあれよ。十三技班の管理下にある時点でお察しっていうか」
「お察しじゃありません! あんな風に武装を取り付けるだなんて……」
『それが、作業用の機動鎧に武装をつけてはいけません、なんて決まりないんすよね~』
「そういう問題ではないでしょう!?」
カナエの横槍に再び叫ぶミスティだが、当のカナエも彼女と一緒に聞いているであろう十三技班の面々もどこ吹く風である。
「しかも、あの新人技師の操縦技術だってどうなっているんです!?」
ミスティの指差すディスプレイには、両腕の前腕部から飛び出した金属製のブレードを振り回して暴れる〈サーティーン〉の姿がある。
機体は大型で動きも鈍重であるはずなのだが、それを全く感じさせないあの動きは並のパイロットでは到底不可能なものだ。
元機動鎧パイロットであるアキトにはよくわかるし、そちらについては素人のミスティが見ても明らかなレベルだろう。
「前にシオンは技術科で二番目に操縦が上手かったって話したけど、一番はギルだったのよ。……そんなギルがあの魔改造だらけの〈サーティーン〉を乗り回すんだもの。そこら辺のパイロットよりもずっと強いから安心なさい」
何故か自分のことのように胸を張るアンナ。
ディスプレイの先で元気に暴れ回る〈サーティーン〉。
それを目の当たりにしたミスティは、最終的に諦めたように頭を抱えた。




