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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
8章 霧の海で出会うもの
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8章-月の下、砂浜にて①-


「――結局夜ご飯までばっちりご馳走になっちゃいましたね〜」


すっかりと日が暮れたハワイの街並みを歩きながらシオンがポンポンと自分の腹を叩いた。


時刻はすでに夜の二十一時を少し回っている。


スイーツビュッフェの店を出てシオンが男の姿に戻ってからも、服を見たり、電化製品の類を見たりとなんだかんだとショッピングモールを満喫した。


これと言って買いたい物があったわけではないのだが、シオンと共にあてもなくぶらぶらと目についた店を物色するのはなかなかに楽しく、すっかりとこんな時間まで一緒に過ごしてしまったというわけだ。


「(普通、話題が尽きたりしそうなもんなんだがな)」


そうならずに午前から今に至るまで苦も無く過ごせてしまった。

そう考えると、やはりアキトとシオンは根っこのところで相性がいいのかもしれない。


「あ、アキトさん。最後にちょっと寄り道いいですか?」

「寄り道?」


どこに寄るんだと尋ねる前にシオンはもうアキトの前を歩き出していた。「いいですか」と聞いてきておいて返事を待つ気はないらしい。

それに呆れつつもアキトはシオンのあとについていく。




シオンに連れられてたどり着いた先は、すっかり人気のなくなった砂浜だった。


昼間であればそれはもうたくさんの人間が海水浴を楽しんでいるのだろうが、完全に日の落ちたこの時間帯は誰もいない。

夜の海など危険なだけなので当然と言えば当然だ。


そんな街の喧騒から少し離れ、波の音だけがしか音のない砂浜をシオンはのんびりとした足取りで歩いていく。

前を行く彼は何も言葉を発さないのだが、それに続いて静かな海辺をゆっくりと歩くのは案外心地がいい。


「……静かだ」

「そうですね。それに月が綺麗でいい夜です」


シオンの言葉に夜空を見上げれば、確かに雲ひとつない空に月が美しく浮かんでいる。


「お前は、月が好きなのか?」

「そうですね……結構好きですよ。月の光には魔力が宿ってますし」


「だから人外の大半は月が好きなんじゃないかと思います」とシオンは微笑んだ。


「アキトさんはどうですか?」

「……そうだな。俺も好きだ」


振り返って尋ねてきたシオンにアキトは素直に答えた。


別にアキトはシオンのように魔力を感じているわけではない。

それでも、アキトは月を見上げるのが好きだ。


「子供の頃母さんとよく月見をしたせいなのか、こうしてると気持ちが落ち着くし……なんだろうな、見守られてるような気がするんだ」


ある日突然死んでしまった母が自分を見守ってくれているような、そんな気がする。

そう話せばシオンは少しだけ驚いたように目を丸くした。

きっとアキトがそんなことを言うと思っていなかったのだろう。


「そんなこと、あるはずないのにな」

「……あながち間違いじゃないかもしれませんよ」


少しだけ開いていた距離を数歩で縮めたシオンはアキトのすぐ隣に立って月を見上げた。


「あなたのお母さん、話に聞いただけでもすごく愛情深そうでしたから。亡くなってたとしても我が子が大事で月から見守ってるのかもしれません」

「幽霊ってことか?」

「“神子”や“魔女”もいますから、“幽霊”なんて別に珍しくもなんともありませんよ」


冗談っぽく言いながらシオンはアキトのことを見上げてくるのに、アキトも自然と微笑み返していた。


「そうだったら、少し恥ずかしいな」

「どうして?」

「お前の言う通りだったら、たった今、年下の子供にそんな風に諭されてたのも見られたことになる。情けねえじゃねえか」


アキトの言葉にシオンは一瞬キョトンとしてからクスクスと笑い始めた。


「それは、そうですね」

「だろ?」

「まあまあ。いいじゃないですか。きっとかっこいいところもたくさん見てもらえてますよ」

「どうだか……」

「大丈夫ですって。アキトさん、俺が今まで出会った中で五本指に入るかっこよさですから」


そう褒められて、アキトはシンプルに驚いた。


「かっこいいって……お前には情けないところしか見せられてないと思うんだが」


基本的にアキトはいつもシオンに頼り、守られてばかりいる。

好意的に見てもらえていることはわかっていても、“かっこいい”と思ってもらえるような姿を見せられているとは思えない。


「え? そんなことないですよ?」


なのに彼は、アキトのことを“かっこいい”と思ってくれているのだという。

それがあまりにも予想外だった。


「……もしかして、妙に自己評価低いタイプですか?」

「いや、そんなことはないと思うんだが」


客観的に見ても、十六そこらの子供に守られている大人なんて情けない以外にないと思うのだが、シオンはそうは思っていないらしい。


「まず、最初から俺のことバケモノ扱いしないでちゃんと向き合ってくれたのがかっこいいです」

「……いきなりどうした?」

「まあまあ、とりあえず聞いてくださいよ」


アキトの問いを雑にあしらったシオンはこちらを見ていない。真っ直ぐ何もないはずの海の方を見ている。


「次に、俺の無茶をちゃんと怒ってくれるところがかっこいいです。俺のことも守ろうとしてくれるのがかっこいいです。いつでも弱いものを守ろうと力を尽くせるところがかっこいいです。どんな人外相手でも怖がらないで正面から向かい合ってくれるのがかっこいいです」


アキトの“かっこいいところ”を並べていくシオンに、アキトは開いた口が塞がらなかった。


「そんな風に、思ってくれてたのか」

「……ええ、まあ」


相変わらずこちらを見ないシオンだが、その態度が恥ずかしさからくるものであることは察することができた。

アキトだって、目の前にいる相手に普段口にしない褒め言葉を並べるというのは少々気恥ずかしい。


「とにかく、あなたはそんな風に恥じるほど情けなくもかっこ悪くもないと思うわけです。なのでもうちょっと自信を持っていいんじゃないかと!」


最終的に吐き捨てるようにそう言ったシオンはついにぷいと顔を背けてしまった。

そんな姿に思わず笑いが溢れる。


「ここで笑います⁉︎ どーせ子供っぽい態度だーとか思ってるんでしょ!」

「いや、そうじゃない。……ただ、少し拍子抜けしただけだ」


シオンがアキトのことをどう思っているのかなんてずっとわからないでいた。


それなのに、少し気持ちを緩めて世間話をしてみただけで予想外の答えが出てくること出てくること。


今まで上手くできていなかった“腹を割って話す”というのは、こんなにも簡単なことだったらしい。


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