1章-自分勝手な人々②-
唐突な"俺"から"俺たち"への言い回しの変化に疑問を覚えたわずかな隙間。
その一瞬に、状況はひっくり返った。
『ふはははは! 甘い、甘すぎるっすよシオンくん!』
「は!? カナエ先輩!?」
ブリッジに対して言いたいことを言った後、通信回線は全て遮断しておいた。
無用な通信や電子的な干渉を受けないためにしていた措置だったのだが、カナエのこの声は完全に通常の通信を使って届けられている。
「通信全部オフラインにしてたのになんで!?」
『カナエお姉さんのミラクルパワー……とかじゃなくて、実は実験機にはECドライブのデータ送信用の隠し回線があるんすよ』
「アタシら避けるためにあんま機体チェックしてなかったのが敗因っすね~残念残念」と煽ってくるカナエにイラっとするが、シオンを煽りつつもしっかり〈アサルト〉のシステムを掌握しようとしてきているあたり本当に性質が悪い。
『シオンにも何か考えがあるんだろうとか思ってたけど、もう面倒くせえ! 事情とか考えとかもう知らねえし、俺たちだってやりたいようにやる。……辞表はリンリーセンパイが爆破したし、泣いて土下座されたって忘れてなんかやらねえからな!』
機体正面の〈サーティーン〉がずんぐりとした機体のくせに器用にも腕組みをしてふんぞり返って見せる。
ギルの言葉が最早会話ではなく、宣戦布告に近かった。
『まあ、あれだ』
聞き慣れた低く凄みのあるゲンゾウの声が通信越しに届く。
音声のみで顔は見えないのだが、凄みのある顔で睨まれている気がする。
『俺たちが他の軍人から睨まれるだとかクソみてえなこと悩んでたんだろうが……』
「察してたならなおさらそのまま黙認してくれません!?」
『うるせえ! ガキが余計な気ぃ回してんじゃねえ! とにかく、テメェはこの十三技班に喧嘩売ったんだ、諦めるまで徹底的に追い回してやっから覚悟しやがれ!』
「いや、喧嘩って……」
確かに自分勝手はかなりしたが、喧嘩を売るというような行為ではなかったはず。なのだが、
『喧嘩売られたわよね?』
『うん、売られた』
『間違いなく喧嘩売ってきやがった』
『満場一致だな』
「なんで!?」
『あ゛? 年上を散々シカトした挙句、周囲の目を気にするような弱っちい人間だと勝手に認定してやがったんだろ? どう考えたって喧嘩売ってやがるよな?』
どこのチンピラかと思うロビンの凄みに若干怯むシオン。
しかもそう言われてみると、確かに喧嘩を売っているように見えることをしていた気がしてくる。
『まあまあ話はあとでじっくりするとして。ポチっとな』
突然割り込んできたカナエのどことなく時代を感じさせる言葉の直後、〈アサルト〉は軽い衝撃に襲われた。
「今のは!?」
『おぉぉぉぉいシオ坊! なんにもしてねえのに両腕がもげたぞ!』
珍しく焦った朱月の声に慌てて確認すれば、〈アサルト〉の損傷していた両腕が強制的にパージされている。
朱月としては〈アサルト〉は自分の体のような感覚らしいので、突然腕が取れたことにはさすがに驚いたのだろう。
『そんでもって覚悟しろオラァ!』
続くギルの雄叫びと共に先程とは桁違いの衝撃が〈アサルト〉を襲う。
機体は正面から突っ込んできた〈サーティーン〉に突き飛ばされる形で真後ろにあった建物の壁に叩きつけられた。
会話に気を取られて魔力防壁が消えていたのだが、幸い機体ダメージは小さい。
ただ、両腕を失っている〈アサルト〉の腰は〈サーティーン〉の大型の腕にがっちりと捕まっている。
『暴れんなよ。……暴れても逃がさねえけど』
その言葉の直後〈サーティーン〉の背中から四本のロボットアームが飛び出した。
四本の内の二本は素早く〈アサルト〉の両足を捕らえ、さらに機体の動きを封じる。
そして続けて動いた二歩のアームには機動鎧の腕パーツがそれぞれ掴まれており、それらは瞬く間に〈アサルト〉の肩に取り付けられた。
『よし! これで修理完了だな!』
「……はぁぁぁぁぁぁぁ~……」
嬉々として修理完了を告げ〈アサルト〉を解放した〈サーティーン〉に、シオンは深いため息が出た。そして思い切り脱力した。
『なんだよその声。感謝しろとか言わねえけど、なんか腹立つ』
「うっさい。俺はこの後どうするか色々考えてるんだよ」
修理されてしまったものは仕方ない。
今シオンが考えるべきはこの状況をどうリカバリーするのかと徹底的に追い回す宣言をしてきた十三技班にどう対応するのかだ。
『まーだ意地張るつもりっすか? ホントシオンくんは頑固っすねえ』
「はいはいどうせ俺は親方以上の石頭ですよーだ」
『そんなシオンくんにビックニュースっす』
「……激しく嫌な予感がするんですがなんでしょう?」
冷や汗を垂らすシオンの反応を楽しむように少しもったいぶってから、カナエは言った。
『こちらの通信、現在ブリッジはもちろん艦内全域ライブ配信中っす』
「…………どこから?」
『ふたりが、バカシオンとアホギルっていう小学生並みの言い合いしてたあたりから』
「わりと序盤ですね!?」
『そうっすね~。つまりシオンくんと十三技班の仲良しっぷりはばっちりライブ配信されちゃったわけっすよ』
『やっぱりこういうのは退路を塞ぐのが一番だものね~』というアカネの怖い発言が遠い場所のことのように感じる。厳密にはシオンの気が遠くなっているのだが。
『まだ意地張るつもりなら付き合ってやるけど、絶対に折れてはやらねえよ?』
「なんでそこまでしつこいかな……?」
ギルの喧嘩腰な言葉にシオンは思わず頭を抱える。
シオンを切り捨てたほうが安全であるのは彼だってわかっているはず。
それでもなお、ギルはこちらに手を伸ばし続ける。それは何故なのか?
シオンの疑問に、通信越しのギルはフフンと得意げに笑った。
『そんなもん、お前が俺の親友だからに決まってんだろ』
「……バカなのかな?」
『バカかもな!』
そんな理由ひとつで人類軍の目の敵にされているシオンのそばに居続けようとするなんて、バカとしか言いようがない。
それは十三技班の面々についても同じことだろう。
しかし、バカは強い。
きっとシオンがどんな策を講じても裏から手を回しても、きっと変わることはない。
『……諦めも、肝心だ』
最後にかけられた気遣うようなダリルのひと言に、シオンは大きく肩を落とした。
「……参りました」
どうやっても勝てそうにない愛すべき人々を前に、シオンはついに白旗を上げるのだった。
 




