8章-ふたりで過ごす一日③-
シオンにも意見を聞きつつ書籍を選んでいった結果、気づけば十冊以上の書籍を購入することになっていた。
「これ持ってこのまま観光するんですか……?」
「いや、さすがにそれは嫌だな。……というわけでだ」
アキトはシオンの肩に手をポンと乗せつつ、書籍の入った紙袋を差し出す。
「とりあえずお前の影の中にしまっておいてくれ」
「俺の影はショッピングバックじゃないんですけど?」
「とは言いつつもやってくれるんだな」
文句を言いながらもシオンはアキトから差し出された紙袋を影に放り込んでいた。言葉と行動がまったく一致していない。
「休暇初日にアンナ教官の買い物に付き合った時もこのやり取りしましたから。もう今更ってやつです」
「ああ、アンナらしい……」
アンナがシオンに荷物を押し付ける様は鮮明にイメージできる。ちなみにシオンが問答の末に折れて荷物を影に放り込むところまでセットだ。
「さて、次はどこ行きますか?」
「そうだな……少し食品売り場に寄りたい。こっちだ」
アキトが目的地に向かって歩き出せばシオンは特に反対もせずにその隣に並んだ。
「食品売り場……何買うか知りませんけどまた俺の影に放り込む気満々ですね」
「よくわかったな。荷物が増えそうなんで元々は最後に寄るつもりだったんだが」
食品売り場ではそこそこの量を買い込むつもりでいたので観光の最後にしてできるだけ身軽に過ごすつもりだったのだが、シオンが影の中に荷物をしまうのを嫌がらないとわかった今はその必要もない。
今日はただのアキトとただのシオンの関係なのだし、気軽に頼らせてもらおうというわけだ。
「そんなに何を買い込むんですか? ……あ、アンナ教官みたくお酒とか?」
「違う。というかアンナは休暇初日に酒を買い込んだのか」
〈ミストルテイン〉にある程度の嗜好品を持ち込むのは許可されているのでダメとは言わないのだが、それに子供を付き合わせて買い込むというのは大人としてどうなのだろうか。
「じゃあ何を? アキトさんなら……インスタントコーヒーとか?」
「それもあるが……どちらかと言えばお前のものってことになるかもな」
「はい?」
「要するに、お前用の菓子を補充しようって話だ」
シオンがアキトたちのちょっとした頼み事に応じる際に求める対価としての菓子類。
どこかの基地に停泊する機会があればその都度補充はしていたのだが、ちょうどストックがなくなりかけている。
今回の休暇でも補充しておくべきだったのだが、ホテルにこもっていて今日まで忘れてしまっていたので、この機に済ませてしまおうというわけだ。
「どうせお前の腹に入るものなんだし、お前と一緒に選ぶ方が早いだろ」
「あー、そういう……」
シオンの微妙な反応にアキトは内心首を捻った。
この話をした場合のシオンの反応については、シンプルに喜ぶか「だったらショッピングモールの店じゃなくてちゃんとした洋菓子店の物がいい」とごねるかの2パターンで考えていたのだが、そのどちらとも違っている。
少なくともシオンにとってテンションの下がるような内容ではなかったはずなのだが。
「シオンお前……どこか調子でも悪いのか?」
「あ、いや、別になんでもないですよ! それより、俺に選ばせるってことは安物だけじゃ済みませんから、その覚悟はしておいてくださいね!」
先程の反応がウソのようにいつものような明るい姿を見せたシオンはアキトの背後に移動するとぐいぐいと背中を押し始めた。
「お、おい、押すなシオン!」
「善は急げっていうじゃないですか。さっさと行きましょう!」
あからさまに話題をそらされたのは明らかだったが、シオンの態度からして改めて聞いても答えてはくれないだろう。
わずかな引っかかりを覚えつつも、シオンに押されるままアキトは食品売り場へと向かうしかなかった。
「いやー買い込みましたね!」
「ああ、そうだな……」
すでにシオンの影にしまい込んでしまったのでアキトたちの手元に荷物はないのだが、普通に考えて両腕でも持ちきれないほどの量を買い込む羽目になった。
「(さっきの微妙な反応は俺の見間違いだったのか?)」
菓子を買うことに対してどことなく消極的な雰囲気を見せたと思っていたのだが、実際に買い物を始めれば消極的な様子なんてかけらもなかった。
その振る舞いを思えば、売り場を訪れる前に見たはずのシオンの反応はアキトの見間違いか勘違いかどちらかなのではないかと思えてくる。
だが、確かにシオンの反応は少しおかしかったはずだ。
「(わざと積極的に買い込んだ、なんてこともコイツならやりかねないだろうしな)」
結局のところシオンの本心はわからない。今はただ様子を見ることしかできないだろう。
「にしても、ビーフジャーキーの詰め合わせなんてものまでせがまれるとは思わなかったぞ。それに甘いものより少し塩辛い菓子も多くなかったか?」
シオンが好き勝手にカートに放り込んだ菓子類はかなりの数だったが、その中には今までアキトがよく与えていた甘い菓子だけではなく肉類やポテトチップスなどの塩辛い菓子なども結構な量が含まれていた。
もしかするとアキトはこれまでシオンの好みを勘違いしていたのでは少し不安になったのだが、シオンはそれに黙って首を振る。
「最近、なんとなく肉とか塩辛いものブームが来てるんですよね。なんでか全然わかんないんですけど」
「わからないってお前……」
「艦長もそういうことありません?」
「ないとは言わないが……普通は多少きっかけなんかがあるもんだろ」
例えばテレビ番組で美味しい肉の特集を見ただとか、たまたまあったから食べたポテトチップスを食べたら美味しかっただとか、自分の中でブームが来る時というものはそういったきっかけがあるものではないかとアキトは思う。
シオンもそんなアキトの言葉に「言われてみれば……」と納得しているようだが、それでもやはりきっかけは思い出せないらしい。
「俺自身、ちょっと引っかかってはいるんですけど……」
「参考までに聞くが、いつ頃からそうなったんだ?」
「んー……ファフニールの封印が終わってちょっとしてからですかね」
ファフニールの封印の直後。
そう聞かされてアキトは妙な胸騒ぎを覚えた。
「(いや、仮にそれがきっかけだとしてどうして肉が食いたくなる。考えすぎだろ)」
頭の中をよぎった考えを振り払っていると、突然腕が強い力で引っ張られた。
「どうしたシオン」
「アキトさん、あれ! あれ見てください! 大変です!」
焦った様子のシオンに促され、アキトも慌てて彼の指す方向へと視線を向け――次の瞬間には脱力した。
「一応聞くが、何が大変なんだ?」
「あそこに出てるスイーツ食べ放題の店! あそこ確か、雑誌でも紹介された有名店です! こんなところにあったなんて……!」
アキト的にはまったく大変でもなんでもないことにさらに力が抜ける。
「お前さっきに肉ブームがどうとか言ってなかったか?」
「それはそれ、これはこれ。別のブームが来てようが一番好きなものは変わりません! というわけで行きましょう‼︎」
そこそこシリアスなことを考えていたこちらの内心など知ったことではないとばかりに小さな体に見合わない力強さで引きずられ、されるがままに問題の店へと向かうことになるアキトであった。




