8章-ふたりで過ごす一日①-
そしてバーでの夜の翌朝。アキトはホテルのロビーにいた。
その表情は残念ながらお世辞にも明るいとは言えない。
そんなアキトに、ひとりに人間が歩み寄ってくる。
「……艦長、おはようございます」
「ああ、イースタル。おはよう」
アキトの正面に立って朝の挨拶をしたシオンにしろ、それに挨拶を返したアキトにしろ、どちらもやや表情が強張っている。
「……とりあえずホテルを出るか」
「ですね」
簡単な会話だけ交わしてふたりはロビーから外へと向かう。
シオンの少し前を歩くアキトは、シオンには見えない角度でひっそりとため息をついた。
「(腹を割って話すのはいいにしても、ふたりきりで観光してこいってのはどうなんだ)」
互いの納得のいく落とし所を見つけるために、アキトたちはシオンの考えを価値観も含めて理解しなければならない。
そのための最善かつ最短の方法は“シオンとしっかりと話をする”こと。非常にシンプルな答えだ。
その点についてはアキトも賛成なのだが、ラムダやアンナから提案された“ふたりでハワイ観光してくる”というやり方についてはやや異論を唱えたいところである。
ふたりの言い分は、“かしこまった場で話をするよりも気楽な状況で親睦を深めながら話す方が深く理解できるんじゃないか”とのことで、確かに一理あるとは思う。
しかし現状のアキトにとってやりやすい方法かと問われれば答えはNOだ。
「(どの面下げてイースタルの前に立てばいいのか悩んでるってのはアイツらも知ってたはずだよな……?)」
そういった話をラムダとアンナにはしていたはずなのだが、そんなこと知らないと言わんばかりにアキトが止める間もなく話は進んでしまった。
ダメ押しに、アキトの内心など本当に知らないミスティがラムダたちの案に冷静に賛成してしまえば、最早アキトに他の選択肢はなかったというわけである。
「(もうこうなったらなるようにしかならねえな……)」
シオン相手にいろいろと気まずいというのは、あくまでアキトの個人的な事情にすぎない。
こうしてシオンと合流もしてしまった以上、アキトが腹を括るしかないだろう。
ひっそりと気合を入れ直して、アキトはシオンと共に太陽の振り注ぐハワイの街へと繰り出すのだった。
「とりあえずなんですけど、状況を教えてもらえません?」
ホテルを出てしばらく歩いた頃、シオンはそう切り出した。その質問にアキトは少々驚く。
「来てくれたってことはアンナに説明されたんじゃねえのか?」
「いや、説明もクソもなかったですけど?」
「……参考までに聞くが、お前はどういう流れで俺に合流したんだ?」
尋ねた瞬間、シオンの目が死んだ。
「何をどうやったのか部屋に侵入してきた教官に叩き起こされて、“今日の予定はないわよね。じゃあちょっとアキトと観光してきてちょうだい。ロビーで待ってるはずだから!”って部屋からほっぽり出されて今に至ります」
「わかった。なんというかすまん」
昨晩「そもそもシオンが観光を嫌がるのでは?」という指摘をしたアキトに対してアンナは「アタシが上手くやるから安心して!」とサムズアップして見せたはずなのだが、何も上手くやれていない。完全な力技である。
「というか、そんな無茶苦茶されておいてよく俺と合流したな……」
アキトがシオンの立場だったならもっと抵抗しているだろうし、部屋を追い出されたなりにアキトとは合流しないという選択肢だってあったはず。
そんな指摘に対してシオンはため息をつきつつ苦笑する。
「ここで艦長のこと無視してもあとでうるさそうですし……」
「確かに」
「それにまあ、実際今日は予定なかったんで。暇を持て余すくらいならアンナ教官のお願い聞いてあげてもいいなーって」
「こんなんだからギルにチョロいとか言われるんでしょうけどね」と冗談のように言ってみせるシオンの隣を歩きながら、ふとこの“お願い”がアンナではない誰かからのものだったならどうだっただろうかと考える。
「(身内認定した相手からのお願いじゃなけりゃあっさり無視しそうだ)」
少し考えれば「なんで俺がそんなことしなきゃならないんですか」と当然のことのように言ってのけるシオンの姿が鮮明にイメージできた。
むしろ普段のシオンの言動からすぐにイメージできるのはこちらの反応だろう。
「(なるほど、俺に見えてなかったのはこういうところか)」
アキトの中のイメージでは、なんだかんだ文句は言いつつも最終的には頼み事を聞いてくれるシオンの姿が思い浮かぶ。
だが、冷静に普段のシオンの言動だけからイメージすると、とてもではないが他人の頼み事など聞いてくれそうにはない。
何せ自分の生活に関係する部分ですらも怠惰なのだ。他所から持ち込まれた面倒事など嫌がるに決まっている。
にもかかわらずアキトの中にシオンは頼み事を聞いてくれるというイメージが染み付いていたのは、彼がアキトの頼みを聞いてくれていたからだ。
もちろんなんでもかんでも二つ返事で聞いてくれるわけではないが、それでも聞いてくれることが多い。
だからこそ、“聞いてくれる”という状況が特別だという感覚がなかった。
身内と認定されている人間が特別であるという自覚がなかったのだ。
「で、結局なんなんですか今日は」
「あ、ああ。簡単に言えば、お前のことをもっと知りたいんだ」
一度立ち止まって、隣を歩くシオンの目を正面から見つめる。
「お前との付き合いもそこそこ長くなってきたが、わかってないことはまだまだある。俺はそれを埋めていきたい」
「それなら別に観光とかしなくても部屋で話すとかでもよかったんじゃ」
「いや、そういうやり方だと艦長と協力者っていう立場がどうしてもついて回るだろ」
真面目な空気の中で話すとなるとどうしても互いの立場を意識してしまう。
アキトは艦長として個人の感情をあまり優先できないし、シオンも人類軍を信用しきっていない以上何もかも話せるわけではないだろう。
今アキトが知るべきことは、そんな状況下ではきっと理解できない。
「今日は、ただのアキト・ミツルギとただのシオン・イースタルとして話がしたい。細かい立場なんかに邪魔されずに、お前を知りたいんだ」
「……なんか、小っ恥ずかしいこと言ってますね艦長」
「かもな。でもそれが俺の本心だ」
茶化そうとしたシオンに対してアキトはあくまで真面目に答えた。
その答えからアキトの本気を察したのかシオンはぷいと顔を背ける。
「今のは照れるところか?」
「男女問わず美形に真剣な顔で見つめられるって結構照れるもんなんですよ」
「それはそれとして、一日付き合ってくれるのか?」
「……まあ、いいですよ」
少々照れた様子はそのままにシオンは頷いてくれた。




