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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
8章 霧の海で出会うもの
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8章-大人たちの夜②-


ミスティという予想外の参加者への驚きつつも、いつまでもバーの入り口で駄弁っているわけにもいかないというアンナの先導で奥へと移動する。

事前に予約でも済ませていたのか奥の個室スペースが確保してあるようだった。


「それじゃあさっさと注文しましょうか」

「うお! 予想はしてたけどいい値段しやがる」

「いつものテンションで飲んだら大惨事ね」


バーの雰囲気にはややミスマッチなテンションでメニューを覗き込んでいるアンナとラムダを前に、アキトの隣に座るミスティは呆れたような表情をしている。


「ミスティ、なんというか大丈夫か?」

「……正直に言いますと、こういう雰囲気でお酒を飲んだことはないので少々困惑しています」


今日までにアキトはミスティと酒の席を共にしたことはないのだが、雰囲気からして特別強いというわけではなさそうだ。

そんな彼女からすれば酒好きたちとの飲み会というのはシンプルに厳しいものになるのではないだろうか。


「ふたりは大酒飲みだからな……」

「ちょっとアキト、まるで自分は違うみたいな空気出すのやめてくれる?」


アキトの発言にアンナがムッとした様子で突っかかってきた。

それに乗るように「そーだそーだ」とラムダが続く。


「アンナが一番目立つだけでアキトだってほぼ同じくらい大量に飲むだろうが」

「そうなのですか?」

「……まあ、否定はしないが」

「こんなこと言ってるけど、この男は日本酒に限ればアタシより飲むのよ」

「本格的に酒が回ってくると一升瓶ラッパ飲みしたりな」

「お前ら……!」


アキトのあまりよろしくないプライベートを暴露し始める友人たちに思わず声が大きくなったが彼らはと言えばそんなこと気にもしていない。


「前々から思ってたけど、アキトはちょっとミスティにかっこつけすぎよ」

「まあ後輩相手にダメなところ見せたくねえってのはわかるけどな」


好き勝手言っているふたりに対し、アキトは少しだけ反論に詰まった。

というのも、ふたりの指摘が図星だったからだ。


ミスティは士官学校時代のひとつ下の学年の後輩であり、当時からアキトのことを慕ってくれていた。

実態としてはそこまで品行方正というわけではないアキトだが、自身を慕ってくれている相手にそういった側面を見せるのにはやや抵抗がある。


しかも、艦長と副艦長という立場で再会したのだ。


ミスティ相手に限らず、他の船員たちに対しても“頼りになる艦長”であると思ってもらえるアキト・ミツルギでなければならない。

そうでなければ〈ミストルテイン〉全体の士気や統制に悪影響が出てしまう。


参考として思い描いていた父のような手本となるような軍人というのは少々厳しいにしても、プライベートで時折飲んだくれていることなどを知られてしまうのは好ましくない。


「ミスティ、ふたりの言っていることは気にしないでくれ」


実際に飲んだくれている様子を見せたわけでもないし、アンナとラムダのテンションでは本当か冗談かはわかりにくい。

少々ミスティの中のアキトのイメージに傷はついたかもしれないが、問題になるほどではないだろう。


「……というか悪いな。おおかたアンナに強引に誘われでもしたんだろう」


ミスティの交友関係において、アキトはともかくアンナやラムダとの仲は特別よいというわけでもない。

それを踏まえるとミスティが自発的にこの場に参加している可能性は低い。

そうなると考えられるのはアンナの強引な誘いを断りきれなかった、という線だろう。

強引に連れてこられた挙句、それが不慣れなタイプの飲み会であるというのはミスティにとって辛いことに違いない。そう思うと申し訳ない気分になってくる。


しかし、ミスティは首を横に振った。


「いえ、そういうわけではないんです」

「……そうなのか?」

「そうよー。そもそもこの飲み会だってアタシ主催じゃないし」

「じゃあラムダか?」

「違うぞ」


アンナとラムダのそれぞれが否定した以上、残る候補はもちろんミスティしかいない。


「ミスティが主催なのか……?」

「意外、でしょうね。私も飲み会の主催なんて人生初めてですから」


主催がミスティであるということについては、予想外であるなりに理解した。


そうなると次に出てくるのはシンプルな疑問だった。

本人も意外であると自覚していて、しかも人生初めてであるという飲み会の主催をどうしてここでやろうとい気になったのだろうか。


「何故?」

「……艦長とお話をしたかったからです」


ミスティの言う“お話”が言葉のままの他愛のないおしゃべりなどではないというのは、アキトにもわかっている。

そのような話がしたいのならわざわざ酒の席を設ける必要などないし、アキトとふたりきりで話す方がいいに決まっている。

ミスティがアンナとラムダを巻き込んで得意ではない酒の席を手配したのには、それ相応の理由があるはずだ。


「……艦長。貴方がシオン・イースタルに関連することで思い悩んでいることはわかっています」


ミスティが口にした内容を聞いて、アキトは瞬時にアンナとラムダへと視線を投げかけた。対してふたりは小さく首を横に振って否定の意を示した。


「そうか、気づかれてしまうほどに俺は余裕がなかったわけか」


現在アキトが悩んでいるシオンに関する諸々の問題についてはアンナとラムダしか知らない。

他の人間には話していないし、気づかれることもないようにアキトは気を配っていた。


アンナやラムダがバラしたわけでもないのにミスティにそれを気づかれてしまったのはアキトのミスということになるだろう。


「情けないところを見せてしまったな……」

「そんなことは構いません。それよりも、艦長のことが心配です」


ミスティが向けてきた視線には、彼女の言葉通りアキトを心配しているのが如実に現れていた。


「失礼ですが、艦長はこの休暇の間、部屋からほとんど出ていないのではありませんか?」


ミスティの指摘は事実だ。

〈ミストルテイン〉を預けてこのホテルに来てから、アキトは宿泊している部屋から最低限しか外出していない。


「よくわかったな」

「私は貴方の部屋の隣に宿泊していますから。ルームサービスを頻繁に使っているのに気づきまして」


〈ミストルテイン〉艦内でのアキトの振る舞いからして、アキトが人との接触を避けたり部屋を出るのを面倒がるような人種でないことは〈ミストルテイン〉の船員たちであればわかる。

そんな彼がルームサービスを多用しているとわかれば、何らかの事情で部屋に閉じこもっているのではと推測するのも難しくはないだろう。


そして、そんな風に部屋に閉じこもって何をしていたかと言えば……


「艦長は、シオン・イースタルとのことをずっと考えていたのではないですか?」

「……ああ、そうだ」


指摘通り、この休暇が始まってからアキトの頭にはそのことで占められていた。


〈ミストルテイン〉が航行している間は艦長らしく振る舞うことや他にも考えなければならないことがあったのもあって頭の隅に追いやっておくこともできたのだが、それらがなくなってしまって時間に余裕ができるといよいよ隅に置いておくことができなくなった。


そうして今日まで日々考えを巡らせておいてなお、答えは出ていないのだが。


「休暇をどのように過ごすのかは各々の自由であって、他人が口を出すべきことではないとわかっています。……しかし、そうも思い悩んでいては貴方が体を壊しかねません」

「そこらへんはアタシやラムダも同感。……ミスティが相談してくれるまで気づきもしなかった手前偉そうには言えないんだけどね」


ここに来て、この飲み会が開催されるまでの経緯が理解できてきた。

アキトの状況に気づいたミスティがそれをどうにかすべくアンナやラムダに相談を持ちかけ、今に至るということなのだろう。


「すまないミスティ。心配をかけてしまったんだな」

「謝っていただくようなことではありません。……ただ、頼ってほしい(・・・・・・)んです」


そう言ってミスティはこちらを睨みつけるような視線を向けてきた。

これまでの彼女には一度も向けられたことのない類の視線だ。


「確かに私は、根拠の思い込みのあまり誤った判断をしてしまうような不出来な副艦長かもしれません。艦長にとって本音を吐露できないような相手だと見なされても仕方がないとわかっています……」


こちらを見つめる視線はネガティブな言葉につられてて自信なさげに下がっていく。

しかし、そんな後ろ向きな思いをはねのけるように、彼女は勢いよく顔を上げて再びアキトを見つめた。


「しかしそれでも、ミスティ・アーノルドは貴方を支えるために〈ミストルテイン〉にいるんです!」


力強くそう宣言した彼女の瞳から声と同じかそれ以上に力強い意思が感じられるようだった。


「例え不出来でも、力が足りなくても、貴方の力になりたい。貴方の弱みを見せてもらえるに足る人間でありたい。……身勝手な願いでしょうし、大した助けにはなれないかもしれません。それでも、」


――それでもどうか、少しだけでも私を頼ってくれませんか?


最後の言葉は懇願にも近かった。

それを前にして、アキトはこれまでの自分の過ちに気づく。


ミスティに対して“頼れる艦長”でなければと情けない姿を見せるのを避けていた。

相談をするとなればアンナやラムダばかりが先行して、彼女を候補にも入れていなかった。

彼女がアキトの力になりたいと考えていることに気づいてもいなかった。


守り導くべき相手として見るばかりで、頼る対象として扱ってこなかった。


「(……俺も、そういう風に扱われて腹を立てたくせにな)」


いつかのアキトと今のミスティは同じだ。

それがわかれば、今アキトがミスティに示すべき答えも自ずと浮かんでくる。


「……わかった。今後は君にも頼らせてもらう」

「はい!」


嬉しそうに頷いてくれたミスティに安心する一方で、少々気かかっていることがある。


「ただその、そうなれば今後は少々情けないところを見せてしまうかもしれないんだが……」


悩みや弱みを見せるというのはそういうことでもある。

ちっぽけな見栄を張るのはやめようと今決めたのでアキトの覚悟はできている。

ただ、アキトに夢を見ている気のするミスティにそれを見せつけていいものなのだろうか、というのが気になる。


「……それについては、シオン・イースタルの件で私も反省しています。理想やイメージに囚われるのはよくないですから」


特定の対象に対する自分の中のイメージに固執する、というのは好意だろうが悪意だろうがあまり変わらない。

すでにミスティの中では学び、改善を図っているものなのだろう。


「むしろ、もっと艦長の素の姿を見せてほしいんです。……そのために慣れないお酒の席を用意したわけですし」

「なるほど……ん? だがどうしてその発想に?」


かっこつけたアキトではなく素のアキトをもっと知りたいのだというのはわかった。

しかしその方法として酒の席というのはミスティの発想としてはやや違和感が残る。


「それはラステル戦術長とバーデル砲雷長が、最悪お酒を入れてしまえば無理矢理にでも素の姿をさらけ出せるからと」

「…………ふたりとも」


アキトに視線を向けられたアンナとラムダはそっと目をそむけた。


「ミスティの相談に乗ってくれたことには感謝してもいいくらいだが……入れ知恵に悪意があるのは見逃せねえな」

「あ、さっそく素の口調になってるわね」

「俺たちにとっちゃあんまり歓迎できることじゃねえけどな」


とりあえずアンナとラムダの頭にそれぞれ一発お見舞いして、さっそくミスティに新たな一面を見せつけることになったアキトだった。


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