8章-黒の麗人、白銀の青年-
すっかり日が暮れて夜空に星が輝いている。
とはいえまだまだ日付が変わるまでには遠く繁華街には多くの人が行き交っている時間帯なのだが、黒髪の麗人の歩く細い道は暗く、人の気配もない。
そんな若い女性が歩くにはやや危険そうな道を彼女は恐れる様子もなく軽やかに歩いていく。
「――あら、」
おもむろに口から声を漏らして立ち止まった彼女はワンピースの裾を揺らしながらくるりと振り返る。
「お迎えなんてよかったのに」
「そうもいきませんよ」
女性が暗がりに声をかければ、応じる言葉と共にひとりの青年がそこから一歩踏み出す。
白のスーツを身にまとう彼の白銀の髪が月明かりに照らされる様はどこか幻想的だ。
「今夜には戻るって伝えておいたでしょ?」
「確かに伝えてはありましたね。……書き置きひとつでいなくなられて世話役の部下が慌てふためいていましたよ」
「それは悪いことをしちゃったわね」
悪いことをしたとは言いながら女性はそこまで反省した様子はない。ただ青年がそれを咎めることもなかった。
「でも、本当に迎えにこなくてよかったのよ? 空間転移すれば一瞬なんだから」
「そこは私の個人的な流儀のようなものです。いくら貴方ほどの“魔女”であっても女性を夜ひとりで出歩かせたくはありませんから」
なんでもないことのように空間転移と口にする女性に対し、青年も当たり前のこととして“魔女”と呼びかける。
今の会話を聞けばどんなに察しの悪い人物であるとも、ふたりが人外の側の存在であることを理解できるだろう。
「ふふ、エスコートしてくれるってことね。アタシひとりのためにわざわざアナタほどの騎士が出向いてくれるなんて光栄だわ」
「何を仰いますか。貴方のような高名な方のエスコートを部下に任せるわけにはいきませんよ」
そう口にしながら女性のすぐそばまで歩み寄った青年は女性に向けそっと手を差し出す。
「では、レディ。転移で船に戻る以上はほんの一瞬ですが、お手をどうぞ」
ブルーの瞳を携えた甘いマスクの青年が自分に手を差し出してくるという若い女性の夢を具現化したようなシチュエーションに対し、女性は顔を赤らめるでもなく余裕を感じさせる振る舞いで応じた。
「ああでも、アナタみたいな人にエスコートしてもらえるのが一瞬なんてもったいないわ。少し寄り道でもしたい気分」
「構いませんよ」
青年の色の良い返事に提案をした女性の方が少し驚いて見せた。了承されるとは思っていなかったらしい。
「……もしかして、アナタ人間の街に興味あったの?」
「否定はしません」
女性の質問ににっこりと微笑んで見せた青年に、女性は自分の予想が正解だったことを察した。
女性のエスコートのため、というのもウソではないだろうが、それを言い訳に人間の街を見てみたいというのもあったのだろう。
「それじゃあ少し付き合ってもらおうかしら。今日はちょっとした祝杯をあげたいところなの」
「祝杯……何かよいことでもあったのですか?」
青年の問いに女性は嬉しくてたまらないと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「ええ、とても嬉しい出会いがあったの!」
「それは……初対面の方と?」
「んー、初対面ではあるんだけどそんな感じがしない気もするかな」
「……私にはよくわかりませんが、貴方がそうも喜ばれている以上は本当に良い出会いだったのでしょうね」
「そうね! 長く生きているけどこんな偶然があるなんて思わなかった!」
女性はおもむろに夜空へと手を翳し、視線を空へと向ける。
「誰に望まれるでもなく“月”の子らが“天”に出会った。“事実は小説より奇なり”なんて言うけれど、あの子たちはこの先どうなっていくのかしらね?」
楽しみだという感情を隠すことなく、“魔女”は星々の輝く夜空へと微笑みかけるのだった。




