1章-自分勝手な人々①-
『アホじゃねーし! つーか壊れた機体を前にしてそのまま帰るとか十三技班の人間として論外だろ! そんなことした日にゃ親方にぶっ殺されるわ!』
「それはそれ、これはこれだ!」
数分前、アンノウンの蔓延る戦場のど真ん中で久しぶりに言葉を交わしたシオンとギルがどうなったかといえば、喧嘩になった。
修理をしたいギルと、諸々の事情で修理されたくないシオン。
見事に主張が逆なふたりの言い争いは完全に平行線だ。
ギルがシオンの本音を聞きたいから〈ミストルテイン〉に音声が届かないようにしていると最初に宣言してきたこともあって、余計にヒートアップしてしまっている節もある。
幸か不幸か〈セイバー〉の基地内への侵入や〈ミストルテイン〉からのミサイルなどの影響かアンノウンたちも周囲にはおらず、ふたりの喧嘩を止める者もいない。
「〈アサルト〉に乗ってる俺がいいって言ってるんだからいいんだよ! そう言えば親方はともかく他の人間は納得してくれる。……っていうか救援いらないってちゃんと言ったんだけどな!」
『親方が納得しない時点で俺にとってはアウトだ! お前ならそれくらいわかんだろ!?』
「そこは、まあ、頑張れ! とにかく作業用の機体で戦場うろうろしてないでさっさと戻れって!」
『頑張れってなんだよ!? つーかそんなに戻ってほしいならさっさと修理させろや!!』
「嫌だっつってんだろ!? 今すぐ回れ右して艦に戻れ! ほら、ハウス!」
『イヌじゃねーしっ! お前昔っからすぐ俺のことイヌ扱いしやがって』
「あーあー! そういうの今はいいからとにかくさっさと戻れぇぇぇっ!」
全く終わりの見えない言い争いだが、シオンは今まで通りギルに本音を言うつもりもなければ、ここを譲るつもりもない。
シオンとしては自分と十三技班が、例えほんの少しであっても良好な関係だと思われるわけにはいかない。
シオンと十三技班は完全な無関係か加害者と被害者の関係でなければならないのだ。
だからこそ、ブリッジにいるメンバーに対して"救援はいらない"と宣言したシオンが素直に十三技班の修理を受け入れるわけにはいかない。
それだけでシオンが十三技班に心を許しているかもしれないと思われ、そこから士官学校時代のことと関連付けて良好な関係であるという話が広まるかもしれない。
アンナにこの考えを知られようものなら気にし過ぎだと言われるかもしれないが、人間の人外に対する悪意を甘く見てはいけない。
実際、上層部の命令を無視して爆弾を仕掛けた輩もいるのだ。確証のないちょっとした噂程度の情報から何かをやらかす人間が出ないと言い切ることはできない。
逆にここではっきりと修理を拒んで追い返せば、士官学校時代のことがあってもシオンと十三技班の仲が悪いというイメージを強く与えることができる。
ここは、絶対に追い返さなければならない場面だ。
だが、ギルもまた簡単には折れてくれない。
『つーか! 俺別にお前の言うこと聞いてやる理由ないよな! お前だって好き勝手やってるんだしさ!』
『…………』
ギルの明確な怒りのこめられた言葉にシオンは黙った。
その言葉は紛れもない事実で、反論に一瞬迷ってしまったのだ。
『卒業式の日に色々あってからなんにも話してくれねえし、めちゃくちゃ避けられるし。正直辛かったけど……まあそれは何かわけがあるんだろうって我慢もできた』
先程までのように怒鳴っているわけではないが、その内に静かな怒りが感じられる。
普段から感情がすぐに言動に現れるギルらしからぬそれは、シオンの考える以上にギルが怒っているということの証拠なのかもしれない。
『……でもな、"忘れろ"ってなんだよ』
ぽつりと、ここまでの勢いが嘘かのように静かに放たれた言葉。
怒りだけではなく悲しみや切なさが混ざりあった彼の声に、シオンは胸に何かが刺さったかのような感覚を覚えた。
『何も言わずに"私情"とか言って誤魔化して、一方的に縁切って、それで"早めに忘れてくださいね"とか、自分勝手過ぎるだろ!』
ギルの叫びは至極真っ当で、彼の言う通りシオンはどこまで自分勝手だ。
そんな風に言われることは間違いなくシオンの自業自得でしかない。
だからシオンに言い返す言葉はない。
『……しかも、どうせ言い訳も謝りもしないんだろ。お前ってずっとそうだもんな』
士官学校時代の相棒はさすがにシオンのことをよくわかっている。
だからどうか、このままシオンのことを忘れてほしい。
これだけ自分勝手をしているのだからそうなって然るべきであるし、シオンはそれを願っている。
『だから、俺たちも勝手にする!』




