8章-戯れビーチサイド②-
海水浴を楽しむ人々を狙って砂浜に面するようにある無数のレストランのひとつ。
立ち並ぶいくつものレストランはそのほとんどが昼時ということもあって賑わっているのだが、そのひとつだけは異様な静寂に包まれていた。
静かな店内ではとあるテーブルを他の客たちがじっと見つめているというやや異様な光景が確認できる。
その注目の先には三人の男女がいた。
ひとりの可憐な少女の前には巨大なガラスの皿が。
ひとりの体格のいい少年の前には丼を通り越してバケツのような容器が。
そして最後の小柄な少年の前には自動車のホイールくらいの直径の鉄板が、それぞれ鎮座している。
「「「ごちそうさまでした」」」
三人の少年少女が行儀良く手を合わせたのを聞いた若い女性店員が手にしていたストップウォッチを止める。
「……結果は?」
ストップウォッチを持つ女性店員より少し年上と思しき男性店員が重々しく尋ねれば、女性店員は恐る恐るストップウォッチを確認する。
「……残り時間、十八分ジャストです」
女性店員の言葉に一瞬店内は痛いほどの沈黙に包まれ、そして次の瞬間爆発するような歓声に包まれる。
「ウソだろ⁉︎ クリアだけでもやべえのに全員レコードを三分以上も縮めたぞ⁉︎」
「ラーメン食べてた男の子はまだしも他のふたりはお腹のどこに入ってるの⁉︎」
「胃袋の中にモンスターでも飼ってやがるのか⁉︎」
驚愕と共に、人々は何やら熱狂している。
そんな客たちの様子をすっかり空の巨大鉄板を前にしているシオンはどこか他人事のように見ていた。
「(チャレンジメニューってだけでこんなに盛り上がるとは……)」
砂浜で遊んで空いた腹を満たそうとレストランが立ち並ぶ一角にシオンたちがやってきたのは約五〇分前のこと。
そしてぶらぶらと店を探していた彼らが巨大パフェ、超大盛りラーメン、巨大ハンバーグという三種のチャレンジメニューの看板を掲げた店を見つけたのが四〇分ほど前のことだった。
腹ペコかつあまり金を持っていなかったシオンたちは三〇分以内に食べ切れば無料という謳い文句に誘われてチャレンジした次第である。
「チャレンジメニューというのはこんなにお祭り騒ぎになるものなんでしょうか?」
「どうだろ? 実際にこういうのやるの俺も初めてだしなー」
「俺たち、ギル以外はぶっちゃけあんまり食べられなさそうだからギャップに驚かれてるんじゃないか?」
三人は他の客たちの妙な熱狂に首を傾げる。
ちなみに三人の知るところではないが、この店は観光客だけではなく地元民にも愛されていて認知度が高く、今いる客も半分程度は店の常連の地元民である。
さらにこのチャレンジメニューもネットの記事で紹介される程度にはこのビーチでは名物的な扱いであり、同時に動画投稿者などが度々挑んではその多くが返り討ちにされることでも有名な代物なのである。
それを決して大食いには見えないスマートな少年少女が完食。
しかも各々が各メニューの歴代最速記録を三分以上、パフェに限れば五分以上上回る十二分ジャストでのクリアしたというのは、店員たちはもちろん事情を知る常連客たちからしても大事件なのである。
なお、そんな事情を知らないシオンたちは「まあきっとこういうものなのだろう」と雑に納得してしまったのでことの重大さには気づいていない。
「しかし量もさることながらとても美味しかったですね」
「それなー。あんだけの量あっても飽きずに食えたし」
「確かにねー。……でもさ、ちょっと味の違うもの食べたいかも」
巨大ハンバーグを平らげたシオンはかなり満足している。
しかし人間、大量に塩辛いものを食べると甘いものを、逆に大量に甘いものを食べると塩辛いものを食べたくなったりするものでもある。
そんなシオンの意図はギルとガブリエラのふたりにも正確に伝わったようだった。
「すみませーん。あそこにポスター貼ってるミニパフェひとつ」
「俺、シャーベット!」
「私はフライドポテトのMサイズを……」
「「「「「ウソだろ⁉︎」」」」」
巨大メニューを平らげてなお、少量とはいえ追加注文をし始めた三人に、店員とギャラリー数名から悲鳴のような驚きの声が上がった。
チャレンジメニューの後、口直しの追加メニューも食べ終えた三人は店を出てのんびり砂浜を歩いていた。
ちなみに店を出る際に記念撮影などを熱心に提案されたがそこは丁重にお断りした。
ギルやまだ世間に人外であることを公表していないガブリエラはともかく、人類軍に協力する“魔法使い”としてばっちり新聞などに顔の載っているシオンが大食いチャレンジ成功で店やインターネット上に写真を出すわけにはいかない。
人間の目やリアルタイムの映像は認識阻害で誤魔化しているが、写真となるとその効果も望めないのだ。
シオン個人は別に構わないのだが、人類軍に確実に怒られる案件である。
「にしても、シオンがハンバーグ即決だったの意外だったなー」
のんびりと歩きつつギルはぼやく。
「俺、てっきりパフェの方選ぶと思ったのに」
「私もそう思ってました。シオン、甘いもの好きですし……」
確かにシオンは甘いものを好んで食べる。士官学校時代なんて三食ドーナツという暴挙をやらかして説教されたこともあるくらいだ。
それを考えればふたりの言うようにパフェを選んでいるのが自然なはずなのだが、
「なんか最近、肉の気分なことが多いんだよね」
甘いものを食べなくなったわけではない。
なんなら今朝朝食のために行ったビュッフェではドーナツとフレンチトーストとアイスクリームをホテル従業員の営業スマイルが少し崩れる程度には食べた。
だが、ふとした時に肉を食べようという気分になることが多くなっている。
「ふーん。まあそういうこともあるよな。俺だって狂ったようにカレー食ってたことあるし」
「ああ、士官学校二年の冬だったっけ……」
当時はシオンどころか十三技班のメンバーも誘発されてしまい、十三技班全体でのカレーブームに発展したのでよく覚えている。
とにかく、そういう一過性の流行りというのは割と誰にでもあるものなのだろう。
「それよりさ、この後どうする?」
「んー食べたばっかりだし激しく動くのはやめときたいな。ガブリエラは?」
すぐ後ろを歩くガブリエラに声をかけるが反応がない。振り返ってみると彼女は何か考え事をしているようだった。
「ガブリエラ?」
「……あ、すみません。なんですか?」
「この後何するかって話なんだけど……もしかして疲れた?」
「いえ! ちょっとボーッとしてしまってただけです」
「ならいいけど、海で遊ぶの初めてだって話だし何かあればすぐ言えよ? 熱中症とかもあるしさ」
「本当に大丈夫ですよ。それより次のこと、ですよね?」
大丈夫という言葉にウソがあるようには見えない。
そのことにひとまず安心したシオンとギルもまた、ガブリエラと共に次に何をするかを考え始めるのだった。




