8章-戯れビーチサイド①-
アンナに買い物に付き合わされて分厚いステーキを堪能した翌日。
シオンはまたしても明るい日差しに照らされる砂浜にいた。
「よっし! 今日こそシオンも一緒に遊ぶぞ!」
「はい! 遊びましょう!」
「子供か⁉︎」
「おー!」と拳を突き上げるギルとガブリエラを前にシオンは思わず声をあげていた。
というのも、シオンはこの妙に遊ぶ気満々なふたりにホテルの部屋に殴り込まれあれよあれよとこの砂浜まで引きずられてきてしまったのだ。
ちなみにアンナがアキトと共に上層部に手を回したらしく、この休暇中に限りシオンはハワイ諸島から逃げるようなことさえしなければ監視不要ということにしてもらえたのだとか。
扱いとしてはファフニール戦での戦果に対する褒賞らしい。
なので、シオンが監視も無しにここにいる現状は一応問題ない。ガブリエラも然りである。
「百歩譲ってギルはわかる。図体だけは成長してるけど中身ガキみたいなもんだし」
「なんだとー」
「でもなんでガブリエラまでこのテンション? 無理矢理連れ出すのはよくないですよ、くらい言いそうなのに……」
そう、シオンはそこがどうしても疑問だった。
ギルがシオンを無理矢理どこかに連れ出すなんてことは、それこそ士官学校時代から数えれば両手の指で数え切れないほどよくあったので今更なのだが、それについて普段お淑やかで礼儀正しいガブリエラまでもが乗り気というのが理解できない。
「それは、確かにそうなのですけど……」
本人も自覚はあるのか曖昧に微笑みながら気まずそうに頬をかく。
「私、生まれてから海に来たことはほとんどありませんし、あってもせいぜい遠くから眺めるくらいでしたし……それに、」
「それに?」
「その……お友達と海で遊ぶなんて本当に初めてのことなので、ぜひシオンとも、と思いまして」
ガブリエラは小さな声で「子供っぽい、ですよね?」と呟き、頬を赤らめて俯く。
「許した」
「はい?」
「よっしゃギル、ガブリエラが満足できるまで遊ぶぞ」
「さすがシオン! チョロ……じゃなくて身内の女子供に激甘だな!」
「ハハハ、チョロいが隠せてないし大してオブラートに包めてないぞー」
絶妙に失礼なことを言うギルの割れた腹筋に一発張り手をかましてから、シオンの変わり身にやや困惑気味のガブリエラに向き直る。
「ほら、遊ぶんだろ?」
「は、はい!」
シオンに尋ねられたガブリエラが笑顔で頷くのを確認してから、三人はさっそく波打ち際へと向かうのだった。
「ギル! 覚悟!」
高く飛び上がったシオンの右手がビーチボールを強く叩き、ズバンという明らかに何かがおかしい轟音と共にビーチボールが対面のギルへと向かう。
「なんの!」
レシーブの構えでそれに応じたギル。はたまたビーチボールでするはずのない鈍く大きな音と共にビーチボールが弾かれた。
宙を舞うビーチボールの向かう先は、可憐ながら凛とした強さを感じさせるガブリエラの直上。
「――参ります」
瞬間、ガブリエラの細い体が高く飛び上がる。
お手本のような美しいフォームで右手を振り上げた彼女の目は、眼下のシオンを真っ直ぐに見据えていた。
「はっ!」
鋭く振われたしなやかな白い腕。それがビーチボールに触れ――、
「「「あ」」」
鋭すぎた一振りの手刀は、容赦なくビーチボールを両断した。
「やってしまいました……」
「いや、まあ」
「そういうこともある? んじゃねえかな?」
両断されたビーチボールを前に暗いオーラを背負うガブリエラに対し、シオンとギルのフォローは正直苦しかった。
「ほら、ぶっちゃけ俺とギルも普通のビーチボールの遊び方を全然違ったと思うし」
「そ、そうだよな! シオンなんてなんの恨みか知らねえけど絶対俺の顔面狙ってたし! 完全に魔法使ってたし!」
「そういうギルも魔法でガードしてたけどね!」
「でも、おふたりはビーチボールを破壊したりしませんでしたよね?」
「「…………」」
ガブリエラのど正論にシオンとギルはぴたりと動きを止めた。正論すぎてそれ以上のフォローが思いつかないのである。
そんなふたりを前にガブリエラが俯き――、
「……ふふ」
やがて小さく笑った。
先程までの暗い様子とは真逆の反応にシオンたちの反応が遅れる。
「そもそも、私たちなんでビーチボールであんなバカなことをしていたんでしょうね!」
「そりゃあシオンが俺の顔面狙ったから」
「いや、そもそもギルが先に俺にスパイク打ってきたんだろ⁉︎」
思い返してみれば最初はただトスして遊んでいたはずがいつの間にかあんな魔法の無駄遣いのようなものにすり替わっていた。
もはや発端がなんだったかなんてわからないがなんともバカらしい話で、そう思うと自然と笑えてくる。
そのまま、シオンたちはしばらく笑い合った。
「……あー、まあいいんじゃね? 友達同士で遊ぶってこんなもんだろ?」
「そうなのですか?」
「ちょっと一般的な感じとは違う気はするけど、概ねあってるんじゃないかな?」
魔法を使っていたりやりすぎな部分があるのは否定できないが、バカバカしいことをして騒ぐというのはシオンたちの年齢相応な遊び方だ。
その辺りは人間だろうが“神子”だろうが“天族”だろうが変わらないのだろう。
「ビーチボールもあれだし、笑ったら腹減ってきた。そろそろ昼にしねえ?」
「そうだね。あっちの方にお店がいろいろあったはず」
「それは楽しみですね!」
ひとまず遊ぶのは休憩ということで、三人は昼食の時間を取ることにした。




