8章-砂浜の片隅で-
「……やっちゃった」
明るい日差しが降り注ぐ砂浜の形式とは真逆にナツミの気分は暗く沈んでいた。
シオンがアンナに連れられていなくなった直後はギルの一声もあってナツミも気を取り直してビーチを楽しんだのだが、一息休憩を入れることにして日陰に座り込んでからジワジワと自己嫌悪に陥っていた。
「(絶対さっきのでバレたよね……)」
ナツミがシオンとの関係に悩み始めたのはファフニールの一件の前夜なわけだが、それ以降運良くシオンと顔を合わせる機会が少なかったこともあってナツミがシオンへの対応に悩んでいるという事実がシオンに気づかれることはなかった。
しかし、それも先程までのことだ。
「(別にあんなの狼狽えるようなことでもなかったのに)」
何かナツミの悩みに関係することを言われたわけでもなく、単純に水着を褒められただけだった。
褒め言葉へのお礼を言うなり褒められて照れるなり自然な反応はいくらでもあったはずなのだが、何故かナツミは微妙な態度で言葉に詰まってしまった。
言い訳をするなら、ただでさえシオンとどう話すべきか悩んでいたところに想定外のことを突然言われて混乱してしまったのだが、今更それを言っても仕方がない。
とにかく今重要なのは、ナツミが何かシオンに関することで悩んでいるというのがシオン本人にバレてしまったということだ。
本人に気づかれてしまった以上、今後はさらに話しにくくなってしまうだろう。
それを思うだけで余計に気が滅入ってしまう。
深くため息を吐きつつ、ナツミは自身の膝に顔を伏せる。
その隣に勢いよく誰かが座り込む。
「ナツミ、大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないよ兄さん」
気遣わしげに声をかけてくれる片割れに対して、ナツミは顔を向ける余裕もない。
「シオンも絶対気づいたもん。余計にどう話せばいいのかわかんなくなっちゃった」
「……まあ、そうだろうな」
ハルマは困ったようにガシガシと自分の頭を掻いた。
「余計に拗らせたくないから白状するけど、去り際のシオンにそれとなくお前に探り入れてくれって頼まれた」
「…………」
「ちなみにアイツは、“自分がやらかした”と思ってるぞ」
「うわ……一番気まずい……」
今回に関しては、シオンは悩みの種でこそあるが彼が何かをやらかしたわけではない。
あくまでナツミが自分で気にして自発的に悩み始めたことでしかないというのにシオンが自分に非があると思っているとなると、ナツミは非常に居心地が悪い。
「どうしよ……」
「……俺に聞かれても困る」
ナツミの悩みを簡単に言えば、ナツミ自身の無知と無力だ。
シオンのことをちゃんと知らず、シオンのことを助けられる強さもない自分には何もできないと思い悩んでいる。
これはシオンに話してどうにかなるものではない。むしろ話したところでシオンを困らせてしまうだけだろう。
今回の悩みに関しては、少なくともシオンにだけは頼るわけにはいかない。
ただ、他に具体的な悩みを解決するためのプランがあるわけでもないのも事実だった。
「……いっそ、あたしもアキト兄さんやハルマ兄さんみたいに何かと契約できればいいのに」
〈光翼の宝珠〉と〈アメノムラクモ〉。
どちらも強い力をアキトやハルマに与えてくれている。
もしナツミも兄たちと同じように強い力を持つ宝物を契約することができたなら、少なくとも無力さに悩みことはなかったのだろうか。
そんな想像をするナツミの横でハルマは顔を顰める。
「それ、シオンは喜ばないと思うぞ」
「そうなの?」
「シオンは俺にしろアキト兄さんにしろあんな風に契約なんてしてほしくなかったらしいからな。それに、俺だってお前が何かと契約するってのは反対だ」
「……どうしてあたしはダメなの?」
アキトもハルマも契約しているというのにナツミだけはダメだと言われると、まるで仲間はずれにされているように思えてしまう。
しかしハルマは真剣な様子で首を横に振るだけだった。
「実際に契約してみてわかったけど、やっぱり普通じゃないんだよ」
ハルマはそう口にしながら自身の右手を見下ろしている。その目はどこか不安そうだ。
「心強いとは思うけど、使い方を間違えたら危ない力だ。それに、今のところは上手く使えてるけど本当に安全な力だって保証もない。……何かのきっかけでとんでもない失敗をするんじゃないかって不安になることもある」
「…………」
「今になってみるとシオンの気持ちもわかるんだよ。ナツミだってよくわからない強い力なんて大事な人に持っててほしくないだろ?」
「……ごめん、軽率なこと言った」
ハルマが抱える不安を聞いてナツミは自分の安直な考えを反省する。
それに、自分の悩みを解決したいあまりにそういった特別なものに頼ろうとするのも褒められたことではないだろう。
「説教みたいなことしておいて、俺もどうやったらお前の悩みが解決できるかはわからないんだけどさ……聞いてやることくらいはできると思う」
「だから、あんまり抱え込みすぎるなよ」というハルマの言葉にナツミは小さく頷く。
「兄さん、とりあえずシオンにはシオンがなんかやらかしたわけじゃないってことだけは伝えてもらっていい?」
「わかった。余計なこともしないように釘も刺しておく」
「何それ?」
「アイツ、この間妙なテンションで暴走したからな。念のためだよ」
冗談めかして話すハルマにナツミはクスクスと笑う。
そのままハルマと笑い合って、ナツミは少しだけ気分が明るくなったように感じた。




