8章-クリストファーからのご褒美-
ミストルテインの艦長室。
その主であるアキト、副艦長のミスティはそこで人類軍最高司令官であるクリストファー・ゴルドと通信を行なっていた。
「――休暇、ですか?」
アキトの問いに対してモニター越しのクリストファーが深く頷いて見せる。
『これまでの様々な功績に加えて先日のファフニールとの戦いを、我々上層部は大いに評価している。……もちろんその間に多少問題行動があったのも事実だが、それらの働きの前では些細な問題だろう』
「もったいないお言葉です」
『まあ、そういうわけでね。簡単に言えば、この辺りで一度ご褒美をあげようということさ』
働きにはそれ相応の褒賞があって然るべき。
今回の話をまとめるとそういったシンプルな内容だ。
「しかし、私たちは少し前に日本で休ませてもらったばかりですが……」
『あれは言ってしまえばヤマタノオロチという規格外の敵と戦った君たちへの労いのようなものさ。今回とはまた別物だよ』
さらに『それに、ついこの間休んだばかりだからと言って最近の功績を労わない理由にはならないと思わないかい?』と続けられてしまえばミスティもこれ以上は遠慮しにくいだろう。
それに、これはもう上層部で決定された事項だ。
ご褒美の休暇であっても“上層部からの指令”であることに変わりはない。
「ありがたく休ませていただきます」
『うん。〈ミストルテイン〉就航以来まともな初めての真っ当な休暇だ。ゆっくりと英気を養ってくれたまえ』
アキトの素直な言葉にニコニコしているクリストファー。
その様子だけを切り取って見たなら、誰も彼が人類軍の最高司令官だとは思わないだろう。
『とまあここまで話しておいて申し訳ないんだが、その休暇自体は少し先の開始になる』
「と、言いますと?」
『休暇を取るために、少しばかり移動してほしいのだよ』
「……このまま北欧で休暇をいただくのではないのですか?」
『そもそも今の北欧で休暇なんて無理だと思わないかね?』
現在〈ミストルテイン〉は引き続き北欧を巡回している。
ファフニール封印後急いで北欧を離れる理由がなかったというのもそうだが、一番の理由は現在北欧は少々慌ただしい状況にあるからだ。
ファフニール出現に合わせてルリアによって作られていた魔法陣もとうに消えている。
あの魔法陣はあくまでファフニール出現前にできるだけ住民の避難を促すためにシオンがでっち上げた予兆に過ぎなかったが、世間的には強大なアンノウン=ファフニールの出現の予兆ということになっていた。
それが消えた現状については、“問題の強大なアンノウンがいなくなったことで予兆であった魔法陣も消えた”、“ひとまず北欧で危険なことが起こる心配はなくなった”という解釈がなされ、早速北欧には避難した住民たちが戻りつつあるのだ。
避難というのは、する側はもちろん、それを受け入れる側も大変なものだ。
だからこそできるだけ早く戻りたい、戻したいと考えるのは別段おかしなことでもなく、ファフニール封印の翌日にはすでに避難民を北欧に戻す動きが見られるようになった。
そういう事情もあって、北欧はまだまだ慌ただしい。
確かに、休暇が楽しめるような状況ではないかもしれない。
「それで、我々はどこで休暇をいただけばいいのでしょうか?」
『ハワイ諸島だ』
全くもって少しばかりの移動ではないというツッコミが飛び出しかけたのをアキトはぐっと堪えた。おそらく隣にいるミスティも同じだろう。
「……なるほど、確かにすぐに休暇というわけにはいきませんね」
『あはは、素直に遠いと言ってくれていいんだがね』
「しかし、どうしてそこまで移動を? 北欧が慌ただしいとはいえ欧州でも十分かと思いますが」
北欧から太平洋のど真ん中にあるハワイ諸島を目指すとなると結構な距離になる。
作戦行動ならともかく、単なる休暇をもらうだけであればそこまで足を伸ばす必要もないだろう。
それでもハワイ諸島に行けということは、つまり何か明確な理由があるということだ。
『察しがよくて何より。簡単に言えば、対異能特務技術開発局の都合だね』
対異能特務技術開発局。
人類軍内部において【異界】やアンノウンに対抗するための最新技術を研究・開発している上層部肝入りの特殊な機関。
同時にアキトたちからすれば人外とのつながりの可能性のある疑惑の機関でもある。
「彼らの都合というのは?」
『そろそろ一度〈ミストルテイン〉などを実物を見て検分したいそうだ。データは送ってもらっているが、やはり運用されたことで起きた変化などもあり得るから、とね』
実際、〈ミストルテイン〉における〈光翼の宝珠〉の目覚めとそれにより出力の安定や、〈アメノムラクモ〉や〈月薙〉のこともある。
少なくとも運用開始時よりはスペックなどに変化が起きているのは間違いない。
「(それについて開発局がそもそも知らなかったとは考えにくいがな)」
シオン曰く、どれも人外社会でもなかなか見ないような希少な物品だと言うのだ。
それを何も知らない者が偶然使用していたというのは説明としてやや無理がある。
『ハワイ諸島には開発局の研究施設のひとつが存在している。そこで検分がてら〈ミストルテイン〉や機動鎧のオーバーホールを行いたい。……ちなみに十三技班のクロイワ班長には私から連絡して了承をもらっているから安心してくれていいとも』
「は?」
さらりと告げられたとある人物の名前にアキトの隣に立つミスティが口を開けて固まった。
「……その、何故そのようなことを?」
『いや、彼のことだからね。他の機関によるオーバーホールなんて事前に説明しておかないと確実に揉めるだろう? 十三技班と揉めるととても面倒だから先手を打っておいたのだよ』
「確かにそれはそうなのですが、そこではなくて……」
クリストファーの説明は確かにその通りだとアキトたちも思う。
だが、そんなことよりも気になるのは、人類軍最高司令官がいち技術班の班長に直接説明をしているという状況である。
ミスティとアキトのそんな疑問に遅れて思い至ったらしいクリストファーが「あぁ」と声をこぼした。
『私とゲンゾウの関係について気になっているのか』
「ファーストネームで呼び合う仲なのですか……?」
『それについては、むしろアキト君が驚いていることに私は驚いているよ』
「はい?」
そんな風に言われてもアキトには思い当たることがない。
『いいかね。私がミツルギ家と仲が良いのは君の祖父と友人だったからだ。そして君の祖父とゲンゾウは人類軍発足以前の日本の軍事組織時代からの旧知の仲だった』
「……つまり、ゴルド最高司令官とクロイワ班長もまた面識があるのですか?」
『面識があるなんてものじゃない。都合さえ合えば酒を飲むくらいには親しいとも』
言われてみれば、どちらもアキトの祖父と関わりがあったのだから“友人の友人”として接触している可能性は十分にあり得た。
まさかのつながりではあるが、説明されれば納得はできるレベルではある。
『ゲンゾウはその気になればもっと上の立場にもなれていたんだろうが……あの性格で出世欲もなかったからねぇ……』
「……十三技班がある程度無茶できる背景が理解できた気がします」
実際にゲンゾウがそれを振りかざすとは思わないが、人類軍最高司令官とのコネクションがあるというのは大きい。
しかもそのつながりがあれば他にも人類軍の重鎮との間につながりがあったとしてもおかしくはないだろう。
そう考えると、十三技班というのはアキトの思っている以上にとんでもない集団なのかもしれない。
『まあ、何はともあれ君たちはこれからハワイ諸島へと移動。対異能特務技術開発局の研究所に〈ミストルテイン〉を預け次第一週間の休暇に入ってくれたまえ』
最後ににこやかにそう告げられ、クリストファーとの通信は終了したのだった。




