8章-上手くいかない日々①-
いつも通り機械音や人の声で騒がしい〈ミストルテイン〉の格納庫。
その片隅でいつも通り〈アサルト〉の整備をしていたシオンは一通りの作業を終えてふわりと地面に降り立った。
〈アサルト〉はファフニールとの戦いでは出撃が終盤のみだったこともあって損傷はもちろんパーツの損耗すらも最低限。
整備する箇所はほとんどなかったので作業もほんの少しの時間で終わってしまった。
「(とはいえ、根本的な損耗はそこそこなんだけど)」
〈アサルト〉はシオンと共にずっと最前線でアンノウンと戦い続けてきた機動鎧だ。
修理や交換が容易な部分はともかくとして、ECドライブのような代わりのきかない重要な機関の損耗は無視できないところまできている。
特に〈アサルト〉のECドライブはシオンの魔力供給を受けて人類軍の想定していた以上の出力を発揮する機会が多い。
開発時の想定以上のペースで損耗しているのは間違いないだろう。
そのことはシオンだけではなくゲンゾウたちも把握している。
開発元である対異能特務技術開発局とも相談しつつ対応については検討してくれているはずだ。
「(ま、俺はそれより気にしないとダメなことあるんだけどさ)」
ファフニールとの戦いから数えて本日は三日目。
倒れたシオンが目覚め、アキトたちと揉めてから二日が経過しているわけなのだが……あの日の問題は何ひとつとして解決していない。
アキトの私室から逃亡した後、改めて呼び出されるわけでもなく。
かと言ってシオンからアキトたちに声をかけるでもなく。
両者の間になんの会話もないまま二日が経過しているというわけである。
「(よくはない、けど、ありがたいのも事実なんだよねー……)」
シオンのスタンスとして封印術を教えるつもりがないということは変わらないし、それ以外でもシオンにとって守るべき対象であるアキトたちを危険に晒す選択肢など持ち合わせていない。
玉藻前の助言とファフニールの一件を経て“頼る”という選択肢はある程度許容できるようにはなったが、あくまで“ある程度”だ。
できるだけアキトたちにリスクを負わせたくないというシオンの根本は変わらない。
だから、仮にアキトたちともう一度話し合うにしてもシオンの意見が変わることは決してない。
となればシオンとしてはアキトたちに折れてもらわなければならないわけだが、それはそれで難しいことはシオンもわかっている。
次に魔物堕ちが現れたときのために封印の手数を用意しておきたいというのは戦略上当然のことだ。
そもそも封印以外の選択肢はなく、しかもその封印に必須の器は非常に希少で今後手に入るかもわからない。
そんな状況下において、シオンの反対ひとつでせっかく手元にある器の使用を諦めるわけにはいかないだろう。
シオンばかりに負担やリスクが集中している状況についても、アキトやアンナがはいそうですかとシオンの言い分を受け入れるとは考えにくい。
シオン本人が望んでいることであっても、ひとりを犠牲にし続けることをアキトやアンナのような人間が許容できるはずがない。
そうでなければ、そもそもシオンは彼らを守るべき対象とは見做さなかっただろう。
要するに、あちらもあちらで折れることはできない状況なのだ。
シオンも折れない。アキトたちもおそらく折れない。
となれば顔を合わせて話し合ったところで互いの主張はどこまでも平行線を辿るしかない。
今となっては互いに冷静になっているのであの日ほどヒートアップすることはないかだろうが、下手に話し合いを設けても意見が真っ向からぶつかって余計に拗れる可能性も高い。
だからシオンなりに打開策を思いつくまではこちらから声をかけるつもりはない。
あちらから呼び出しがないのも、おそらく同じように無策に話し合いをして拗れるのを警戒しているのだろう。
その結果の現状維持、というわけだ。
「(でも、これホントにどうしたらいいんだろ)」
現時点でシオンの主張とアキトたちの主張を両立できるような案は思い付いていない。
というより、真逆とも言える双方の主張をどうにかできるような案が存在するとは思えないのだ。
「最初っから諦めてんのはよくねえと思うぞ?」
「そういう朱月さんにはいい案があるんですかね?」
「んなもんねえけどなー」
ひょっこり影から顔を出しておいてなんの案も出さずにすぐ引っ込んだ朱月に軽めの殺意を抱きつつ、シオンはトボトボと格納庫の中央へと歩き出す。
「ん?」
機動鎧のハンガーの間を抜けて開けたスペースに近づいたシオンはちょうど進行方向に立っている人物に気づいた。
「ハルマ」
「うおっ⁉︎」
シオンが軽く声をかけただけで大袈裟に飛びのいて距離を取ったハルマ。
武術の心得がある人間らしい見事なバックステップを目の当たりにして、シオンは大きくため息をついた。
「人が近づいただけでその反応はどうなのさ」
「わ、悪い……でもな……」
「心配しなくても、もうアンノウンとしての属性は消えてるから」
ハルマが悪意や警戒心からシオンを避けようとしているわけではないことは承知している。
ファフニール封印直後にアンノウンに近づいていたシオンがハルマのまとっていた神気にあてられて倒れたのが、ハルマの中でトラウマのようになってしまっているだけなのだ。
あれ以来、ハルマはシオンに触れるのを怖がってこうして飛び退くようになってしまったというわけである。
あえて誰が悪いという話をするなら全体的に説明不足だったシオンが悪いので強くは言えないのだが、あまり気持ちのいいものではない。
「(……ここ数日、何かと上手くいかない気がする)」




