1章-救援、強襲-
魔力防壁を展開したまま〈アサルト〉はスライムの群れに体当たりする。
トラックがボールを撥ねるかのように軽々と弾き飛ばされていくスライムたちだが、それ自体はあまりダメージを与えられてはいないようだ。
何せ体自体が半分液体のようなものなので、単純な打撃や衝撃には強い。
効果的に倒すならやはり斬撃や狙撃といった攻撃が好ましいところだ。
「つーか、〈アサルト〉の武装マジでなんでこんな貧弱かな!?」
誰に聞かせるでもないがコクピットで文句をたれるシオン。
〈アサルト〉の武装と言えば〈ライトシュナイダー〉と〈ドラゴンブレス〉の二択。
どちらも今回のように腕が使い物にならなくなった瞬間に扱えなくなってしまう。
正直兵器としては欠陥と言ってもいいレベルの問題点である。
つい先程スライムを蹴り飛ばした〈アサルト〉だが、あくまであれはただの無茶であって本来は想定されていない使い方だ。
魔力を纏わせて強化し、さらに相手が柔らかいスライムだったからこそ効果があったが、相手がもっと硬いアンノウンであったなら逆にこちらの脚が折られかねない。
「(ただの蹴りじゃさすがに効率悪いか……)」
正面から迫ってくるスライムを前に、シオンはタイミングを合わせて〈アサルト〉を真上にジャンプさせる。
続けて勢いをつけてスライムを踏みつけた。
単純な蹴りと違って衝撃の逃げ場がない踏みつけに薄く広がったスライムは、次の瞬間弾けるように霧散する。
これなら蹴りよりも確実に仕留められそうだ。
「あ、やべ」
スライムを踏みつけた体勢のまま動きを止めていた〈アサルト〉を、慌ててその場から飛び退かせる。
次の瞬間には〈アサルト〉の居た位置に複数のスライムが殺到した。
寄り集まってうねうねとしているスライムたちを気持ち悪がりつつ踵を返してその場から逃げ出す。
逃げ出すとはいっても戦場から離脱するわけではなく、人類軍基地の内部を逃げ回るのだ。
数は圧倒的にスライムたちのほうが多く、さらにこちらの攻撃力は低い。
魔力防壁で守りを固めているとはいえ全方位を囲まれては危険なので、囲まれないように逃げ回りつつ各個撃破していくしかないのだ。
「(……まあ、攻撃魔法で蹴散らせないこともないんだけど)」
炎なり雷なりビームなり、とにかく何かをぶちかませばどうにかできる相手ではあるのだが、それを人類軍に軽率に見せるのは避けたい。
手の内をさらしたくないというよりは、あまり強大な力を見せつけすぎると強すぎる警戒心や恐怖心を与える可能性があるからだ。
シオンに対して"所詮はひとりの子供"と侮ってくれていれば突ける隙も増えるが、警戒や恐怖が強くなり過ぎればそれだけ人類軍の取ってくる対応も過激なものになりかねない。
基地内を駆け回り、建造物の間の比較的細い道に逃げ込むとすぐさま反転して追いかけてきたスライムたちに飛びかかる。
細い道で一列になっているところを順番に踏みつけて一気に四、五体のスライムを倒してしまう。
それを終えれば再びスライムたちを引っ掻き回し、誘いこんでは倒す作業を繰り返していく。
『お前、魔物相手も結構手馴れてやがるんだな』
「小型中型あたりはそこそこね。師匠に弟子入りして以降は魔物狩りの手伝いくらいはしてきてるし」
世間的にはアンノウンの出現が始まったのは十数年前ごろからということになっているが、それは事実ではない。
あくまでその頃に人間に気づかれ始めたというだけで、大昔からこの世界にもアンノウンは現れている。
それまでこちらの世界に出現したアンノウンたちは隠れ住む人外たちによって秘密裏に片付けられてきたのだが、その対応が追い付かず人間にアンノウンが見つけられてしまったのが十数年前だったというだけだ。
加えて人類軍がアンノウン出現の反応をここまで正確に探知できるようになったのはこの数年の話だったりする。
人間による観測の開始から正確な探知が可能になるまでの期間における人類軍の見逃しへの対処は、自然と強い魔力を持つことでアンノウンに狙われやすいシオンや人外たちにお鉢が回ってきていたわけだ。
「学生時代だって弱すぎて探知に引っかからなかったっぽい小型は、定期的にひとりで掃除してたしね」
『人間どもの科学とやらじゃ限界もあるだろうしなあ』
「まあそれはいいんだけどさ、ちょっと質問してもいいか?」
『あ? なんだ?』
適当な建物の影で〈アサルト〉を一度止めて、周囲の気配に気を配る。
「あのさ、スライムども、全然減ってなくないか?」
『……減ってないっつーか、増えてやがるな』
それなりの数を踏みつけてきたはずが、気配が明らかに増えている。
しかも注意深く探れば、現在進行形でだ。
『他より少しデカいやつが、分裂してやがる』
「やっぱり?」
『すらいむ? だかなんだか知らねえがあれは水の化身みてえなもんだろ? 川の水から魔力集めてぽこぽこ増えてやがるんじゃねえか?』
火や水、大気や土にも魔力は少なからず宿っている。人外にしろアンノウンにしろ相性さえよければそれらからある程度魔力を得ることはできる。
自然から得る魔力など人工島の大型アンノウンがエナジークォーツから得ていた魔力の一割にも満たないだろが、そもそもスライムたちはかなり弱いアンノウンだ。
弱ければ増殖に使う魔力が少なく済むのは当然のこと。単純に数を増やすだけなら川から得る魔力でも十分なのだろう。
「どうすっかな……ここはもう出し惜しみなくドカーンとやっちゃうべき?」
『まあそれが手っ取り早いだろうな。……ついでにそこまで悩む時間もなさそうだぜ?』
建物の影に隠れていた〈アサルト〉の周囲には無数のスライム。
その数がざっと二〇といったところだが、未だ増えている気配があるので後続は無限にいると考えていいだろう。
今までのようにちまちまと倒していては永遠に終わらない。
こうなってしまえばもう選択肢はないだろう。
「朱月、お前の鬼火を借りる。……あれは一回見せてるから他の魔法よりはマシだろ」
『応! 最近出番があるのは歓迎だぜ』
心を決めて魔力を高めるシオン。
しかしそれに水を差すように警報が鳴り響く。
「は!? ミサイル!?」
〈ミストルテイン〉の方向から飛来するミサイルの反応が三つ。
さらにそれと一緒に機動鎧らしき反応も高速でこちらに接近してきている。
「〈セイバー〉たち……は動いてない?」
〈セイバー〉〈ブラスト〉〈スナイプ〉の反応は基地と市街地の境界にあり、さらに現地部隊の機動鎧の反応もそこにある。
であれば、今こちらに接近してきている機動鎧はいったいなんなのか。
通信で聞き出すしかないと回線を開こうとしたシオンだったが、またしてもあちらのほうが一歩早い。
「あー! テステス! こちら人類軍本部第十三技術班!」
通信回線ではなく、外部スピーカーから発されている大音量の音声が都市に響き渡る。
それとほぼ同時に〈アサルト〉の周囲にミサイルが着弾し、爆発によって周囲のスライムが吹き飛ぶ。
爆発により煙が視界を覆う中、〈アサルト〉の正面にはずんぐりとしたシルエットがひとつ。
「十三技班作業員、ギル・グレイス! これよりシオン・イースタルの支援を開始します!」
シオンがずっと避け続けてきたひとりの少年。
兵士ですらないはずの彼は、まるでそれが当然であるかのように高らかに宣言した。




