8章-奥底にあるもの-
「――で? そのまま部屋を飛び出してこんなところで不貞寝ってか?」
「人間のガキみてぇなことしやがる」と呆れ顔の朱月に対してシオンはそれこそ子供のようにぷいと顔を背けた。
アキトとアンナに本音をぶちまけたシオンは、たった今朱月に言われたようにアキトの私室から飛び出した。
「とにかくどう言われようと絶対に封印術なんて教えませんから!」と捨て台詞を残して空間転移で逃亡。
そこからアキトの追跡を逃れるために三回連続の短距離の転移と魔力の気配を誤魔化すための魔術を複数駆使して徹底的に足跡を消した上で、格納庫の端にあるとあるコンテナの中に潜んでいる次第である。
わざわざ影の中からマットレスを取り出して寝転がっている様は、まさに不貞寝という他ないだろう。
「というか、こうなった原因の一端はお前も担ってるよな朱月?」
朱月が〈光翼の宝珠〉や〈アメノムラクモ〉が封印に使えることをバラさなければアキトがああいった判断をするはずもなかったはず。
……とはいえ朱月以外に玉藻前やミランダにも確認を取っている時点で朱月の非などあってないようなものではある。
それはシオンもわかっているのだが、誰かに文句を言わなければやってられない。要するに八つ当たりだ。
「ま、否定はしねえが、玉藻姫と魔女に先に聞いてから最後に俺様に確認してきたんだぜ? 俺様がいようがいまいが結果は変わらなかっただろうよ」
シオンの八つ当たりに対して怒るでもなくヘラヘラと答える朱月の態度にシオンの神経が逆撫でされる。
とはいえ言っていること自体別に間違ってもいないので、シオンからこれ以上言えることはない。
ムッとしたまま無言を貫くしかないシオンに対して、朱月はカカカと笑う。
「ずいぶんと余裕がねえなぁ。そろそろとは思っちゃいたが、ついにアキトの坊主とシオ坊の優劣はひっくり返ったってわけか」
実際、シオンのウソを鮮やかに暴いて見せたアキトは確実にシオンより上手だった。
今回シオンが不利な状況だったのは確かだが、それでも完全にしてやられた形だ。
こうなってくると、今までのようにシオンの望むままにことを運ぶのは難しくなっていくだろう。
「それで、結局シオ坊はどう立ち回るつもりなんだ? このまま永遠に不貞寝なんてできやしねぇんだからよ」
「…………」
朱月の問いに対してシオンは答えない。というより答えられない。
朱月の指摘通り、このままコンテナの中に引きこもって不貞寝し続けるわけにはいかない。
あのような捨て台詞を吐いて逃げてきたとはいえ、人類軍の協力者として〈ミストルテイン〉に所属している以上、シオンはあくまで艦長であるアキトの命令には従う必要がある。
ある程度の拒否権を持つとはいえ、アキトの言葉を無視し続けることは人類軍との約束を破ることであり、そんなことをすれば人類軍によって保証されている身の安全も怪しくなるだろう。
それにこのまま拗ねて引きこもっている間に新しい魔物堕ちでも現れようものなら、シオンがどれだけ拒んだところで、玉藻前やミランダのような他の人外から封印術の知識を得て封印を試みるという無茶に走る可能性が高い。
というかアキトであれば確実にやる。
魔物堕ちに限らず〈ミストルテイン〉は人外関係の問題に巻き込まれていくだろう。
それを考えれば、結局シオンはこのままというわけにはいかないのだ。
「(でも、やっぱり艦長の考えには乗れない)」
アキトがシオンのみが負担を抱え込むことをよしとしないことはわかっている。
玉藻前からも周囲の力を頼りシオン自身の力の使い所を見極めろというアドバイスを受けている。
実際、今回のファフニールの封印がシオンひとりであれば厳しかったことだって理解はしている。
だとしても、シオンはアキトたちを危険に晒すことをよしとはできない。
今回のファフニールとの戦いについても魔力防壁ジェネレーターやその他装備を整えに整えてようやく許容できたに過ぎない。
封印術を行使させるなどという大きなリスクはさすがにシオンの許容範囲外だ。
「おんぶに抱っこで守ってやってどうする? お前がいなくなったら何にもできなくなるじゃねえか」
「そうかもしれない、けど……俺の目の前でみんなが傷ついたり死んでいくのは見たくない」
そんなシオンの答えを朱月は鼻で笑った。
「最悪、自分が死んだ後なら、連中が死んじまっても構わないってか?」
刃物で斬りつけるような鋭さと冷たさを含んだ指摘にシオンは息をのむ。
「“大切だから守りたい”だの、“幸せになってほしい”だのわっかりやすい愛情だって紛れもなく本物なんだろうが、どうもその裏にはもっとろくでもないもんが潜んでやがるらしい」
その言葉の直後、朱月に背を向けるように体を横たえていたシオンは強い力で強引に向きを変えられた。
大きな手で痛いくらいに肩を掴まれ、いつの間にか青年の姿をとった朱月の顔と強引に向き合わされる。
「自分のもとから消えてほしくない。先に逝ってほしくない。置いてかれたくない。いっそそうなるくらいなら自分が消えてしまいたい。……執着と恐怖と依存がドロドロに混ざり合って、到底お綺麗な感情とは言えねえなぁ?」
嘲笑うような緋色の瞳がシオンを写す。
そこに写る自分自身を見つめつつ、シオンは小さく口を開いた。
「……そんなこと、わかってる」
わかっていて止められない。止める気すらもない。
それがどうしようもなく自分勝手な感情であると理解していても変えられない。
シオン・イースタルはもう二度とかつての絶望を味わいたくないのだから。
「なんだつまらねえ」
おもむろに興味を無くしたらしい朱月の顔がすっと離れた。
「つまらねえってお前」
「シオ坊のこといい具合にイジめてやれると思ったのによぉ。自覚もありゃあ覚悟もできちまってる顔してやがる。俺様が何言ったところで揺らぎもしねえんだろうよ」
「また趣味の悪いこと考えて……」
“鬼”らしい性格の悪さを見せつけて不満を言う朱月にシオンはなんとも言えない気分になるが、不意に朱月がこちらを真剣な目で見た。
急な変化に思わず背筋が伸びる。
「俺様はひとまず魔力さえもらえりゃシオ坊が腹の中に何抱え込んでようが構わねえが……アキトの坊主たちはどうだろうな?」
その指摘にシオンの呼吸は一瞬止まった。
「消えてほしくないだの置いてかれたくないだのはともかく、いっそ自分が消えたいなんてのをあの男が許すとは思えねえ。結局のところ、どう考えてもシオ坊の考えとアキトの坊主の考えは噛み合わねえってわけだ」
互いに相手の身を案じているというだけだったならまだ落とし所があったかもしれない。
しかしシオンの内側にあるものはもっと根深く、そして歪んでいる。
失うくらいなら自分が死ぬほうがいいなんてシオンの考えを、シオンの身を案じる人間が許容できるはずがない。
「今後どういう風に付き合っていくのか、一回考え直したほうがいいんじゃねえか?」
わずかにこちらを案じるようなニュアンスを感じさせる朱月の言葉に、シオンは何も返すことはできなかった。




