8章-追求する者①-
「……これってどういう状況?」
アキトの部屋にアンナが現れたことで二時間以上に渡るシオンにとって居心地の悪さしかない状況はひとつの転機を迎えた。
「天の助け!!」
「うわっ! 急になんなの⁉︎」
この機を逃すまいと信じてもいない神に感謝しつつアンナに飛びつく。
そのままアンナを壁にしてアキトから隠れようとするシオンに彼女はわかりやすく混乱しているようだった。
この様子だとアンナも今回のアキトの行動に関して事前に何かを聞いていたりしているわけではないらしい。
「艦長が、なんかこうすごくやりにくいことしてくるんですよ!」
「やりにくいってアンタ……そもそもはアンタが封印うんぬんの件で怒らせたのが悪いのよね?」
「そこは承知してますけども! 二時間無言で圧をかけられ続けるってのはどうなんです⁉︎ これならいっそ怒鳴られたり殴られたりしたほうがずっとマシですよ……」
アキトの無言の圧力はどう対処していいかわからないし、どういう感情から来ているのかもわからない。しかも二時間も継続されたら終わりもわからない。
未知のものを恐れるというのは人間にしても人外にしても変わらないもので、シオンはそんな三つのわからないにすっかり参ってしまっているのだ。
そんな珍しく憔悴しているシオンを見てアンナは小さく息を吐くと、アキトへと視線を向けた。
「アキト。気持ちはわからないでもないけどそろそろ機嫌直してちょうだい。……年下の子供のことあんまりいじめるのはどうかと思うわよ」
「…………」
アンナの苦言に対してもアキトは無言だったが、気まずそうに目をそらしたあたりシオンの言葉と違ってちゃんと届いているようだ。
それからしばらく無言のまま頭を掻いて、最終的に大きくため息をつく。
「わかった。アンナに免じて無言でいるのはここまでにしてやる」
「よかった……」
「ただ説教その他はこれからだからな」
アキトの目は相変わらず厳しいが、それでもあの無言の圧力をかけ続けられるよりは遥かにマシだ。
それに、シオンだって説教されること自体は覚悟していたので嫌などというつもりはない。
「とりあえずお前はアンナの後ろから移動だ」
本日何度もそうされたのと同じように首根っこを掴まれてひょいと持ち上げられる。それからソファに軽く放り投げるように座らされ、その対面の席にはアキトがドカリとやや荒々しく腰かけた。アンナもそんなアキトの隣に座り、正面からシオンのことを見つめてくる。
「お前がやったことに関してはもう把握しているし説明はいい」
「え、いいんですか?」
「ここでお前に説明させたところで、お前にとって都合のいい部分を強調してこっちが文句を言いにくくするだけだろ?」
アキトは冷静とは言い難い荒っぽさでそう言い捨てた。
これまでであればシオンの言い分をちゃんと聞く姿勢を見せてきた彼だが、今回はあえてそれを拒否して見せた。
「(まあ、仕方ないか)」
シオンがアキトを騙すようなやり方をした回数は一度や二度ではない。
いい加減愛想を尽かされてしまったとしても、何らおかしなことなどないだろう。
シオンが言うべきことではないが、むしろよく今まで我慢してきたものである。
だから、シオンがこのアキトの対応に対して何かを言う資格などない。
ただ受け止める以外の選択肢など存在しないのだ。
「俺から確認したいのは“どうして俺に最初から本当のことを話さなかったのか”と“現在のお前の状態”のふたつだけだ。……ウソなんてつくんじゃねえぞ?」
「さすがにわかってますよ」
そう答えたところでアキトの目からこちらを疑うような気配がなくなることはない。
そんな状況に苦笑しながらシオンは口を開く。
「ひとつ目の質問の答えは、シンプルに反対されると思ったからです。艦長は俺の身が危険に晒される選択肢をよしとはしてくれないってこれまでの経験上わかってますしね」
「その言い分についてはアタシもわからなくはないけど……こうなるってわかってたならアキトでも納得できる別案考えればよかったんじゃないの?」
「そりゃあ他に選択肢あればそうしてますけど、封印以外の方法はなくて、そのために使えるものが俺の体しかなかったんだから仕方ないじゃないですか」
「なら、そういう風に説得すべきだったんじゃない?」
「それで艦長が納得してくれる確信がなかったんですよ。……もしも感情論で反対されて揉めたりしたら面倒じゃないですか」
アキトは物事を冷静に見極められる人物である一方、感情などを完全に無視できない人物でもあるとシオンは思っている。
そんなアキトの中でシオンに負担をかけるしかないという冷静な判断を無視できない感情が上回ってしまった場合、確実に混乱を招く。
ただでさえ厄介なファフニールとの戦いにそんなものを持ち込んでいる余裕があるはずもない。
だからシオンはアキトに何も言わないという選択をしたのだ。
「……お前の言いたいことはわかった」
ここまで黙っていたアキトは一言そう口にした。
それから改めてシオンに向けられた視線は鋭い。
「ファフニールの封印に使えるものはお前自身の体しかなかった。そうだな?」
「はい」
「じゃあ確認だ。〈光翼の宝珠〉と〈アメノムラクモ〉は使えなかったのか?」
アキトの問いに、シオンは小さく息をのんだ。




