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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
8章 霧の海で出会うもの
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8章-夢から覚めて①-


シオンが瞼を開けば、目の前にあったのは見慣れた〈ミストルテイン〉の自室の天井だった。


「……ドラゴンとの殴り合いもひと段落、かな」


夢という精神世界でのバトルは、封印したての荒ぶるドラゴンのガス抜きのためのものでもあった。

一度目を閉じて自身の内側に意識を向けてみるが、ファフニールが暴れている気配もなければ、一時魔物寄りになってしまっていたシオンの肉体と魂も元の状態に戻っている。


ファフニールの封印もこれで完全にひと段落というわけだ。


「それはそれとして、狭いなオイ」


自室のベッドに寝かされているシオンだが、その左側では何故かギルがグースカ眠っているし、反対側にはシルバが寝そべっている。

一人用のベッドの定員を確実にオーバーしているだろう。


ギルについてはわからなくもない。


どうせ彼のことだ。

大方、倒れたシオンの看病という名目でこの部屋に残ったもののシオンが特に異常もなく眠っているのを見て自分も寝ようと思ったのだろう。

そして「シオンがベッドで寝てるのに俺は硬い床で寝ないといけないとか納得いかねえ」といった具合のことを言ってベッドに潜り込んできたに違いない。


ただシルバまでこんな風にシオンのベッドに潜り込むとは思わなかった。


「(ギルに唆されたとか? 若干遠慮してる感じだし……)」


右側で眠るシルバだが、今の彼はシオンよりも体格のいい青年の姿ではない。

というより人の姿(・・・)ですらない。

その全身は銀色に近い灰色の体毛で覆われており、シオンがわずかに身じろぎした動きに反応したのかピンと尖った耳がぴくりと動く。


右側に体を転がしたシオンの目の前で眠っているのは、どこからどう見ても灰色のオオカミだ。


元より“狼男”であるシルバが本気を出せば完全なオオカミにだって姿は変えられる。

加えて変身する際に大きさを調整したのか中型犬程度の大きさになっているあたり、シオンへの配慮が見て取れる。


耳の反応はあくまで本能のようなものだったようで、シルバ自身が目を覚ます様子はない。

野生のオオカミがこの警戒心のなさでいるのは確実にアウトだが、シルバにしろギルにしろファフニールとの戦いで消耗していたはずなので眠りが深いのも仕方がないことかもしれない。


「…………」


すやすや眠るシルバを見ていて、ふと魔が差した。

そっと手を伸ばし彼の灰色の毛並みをそっと撫でる。


「……もふもふだ」


シルバがこうしてオオカミになっているのを目にしたのは別に初めてではない。

ただ、中身がひとつ年下の少年であることを知っていることもあって動物のように扱ったことはなかった。


要するにその体を撫でたことなんてなかったのだが、実際に触れてみると非常に触り心地がいい。


もふ……


もふもふ……


もふもふもふ……


『……あの、シオン先輩……?』

「おはよう、シルバ。よく眠れた?」

『え、まあ、ぐっすり寝れたっすけど』

「それは何より」


さすがに目を覚ましたらしいシルバとシオンは言葉を交わす。

ちなみにシルバが念話で話しているのはオオカミの姿では人間の言葉を発声できないからである。


『……あの、撫でるのやめません』

「…………」

『無言はやめてくれねえっすか⁉︎』


目覚めの挨拶の段階から今に至るまでの間、そして今も現在進行形でシオンの手はシルバの体をもふり続けている。


冷静になってみるとひとつ年下の少年の体を撫で回しているというセクハラ案件である。そのことについてはシオンも理解しているのだが。


「……この触り心地……抗えない」

『マジな顔で何バカなことを言ってんだアンタ⁉︎』


さすがに限界だったのかシルバは勢いよくシオンの手から逃れてしまった。


「…………」

『そんなしょんぼりした顔されても』

「ん〜? お前たち何騒いでんだよ」


シオンとシルバが騒いだこともあってギルが大あくびをしながら体を起こす。

ぼりぼりと頭を掻いている姿はあまりにも普段通りである。


「それがかくかくしかじかもふもふでさ」

「んー、寝起きにその翻訳は無理だ。もうちょいわかりやすく」

「オオカミのシルバ すごいもふもふ 撫でると最高」

「マジか」

『今のでわかるのもおかしいだろ』


シルバのツッコミはさておき、シオンの言い分を理解したギルはオオカミの姿のシルバをじっと見つめる。


『……なんすか』

「シルバお前、毛並みやべえんだってな」

『いやっすよ』

「なんでだよ」

『なんでも何も当たり前だろうが!』


ギルとシルバの口論をシオンはベッドに横たわったまま静かに見つめる。

その影が不自然にシルバの足元へと伸びていっていることはシオンしか気づいていない。


『!』


伸びた影がシルバの影に触れた瞬間、シルバもそれに気づいたようだがすでに遅い。


「形あるものに影あり、転じて影を縛れば形あるもの縛ると同じってね」

『せ、先輩、アンタ』


魔法で動きを封じられたシルバを前に、シオンは両手をわきわきさせた。その隣でギルも同じように両手をわきわきさせた。


「ごめんねシルバ。あとで食堂でご飯奢るからさ」

「俺もちゃんと奢るからさ」

『いや、そんなこと言われたって嫌なもんは嫌っすけど⁉︎ ちょっ、まっ』


直後、シオンの部屋に「キャイーン!」というベタなイヌの悲鳴が響いたのだった。


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