8章-夢の中の洞窟-
――目が覚めたら、そこは暗い洞窟だった。
「お〜?」
瞼を開いたら唐突に見覚えなんて全くない場所にいたのだからこういう反応になるのも仕方がないだろう。と誰に言い訳するでもなく頭の中で言葉にしつつ、シオンは頭を掻いた。
「現実、ではないな」
感覚的にそれはわかる。
ここはあくまで夢の中だとか精神世界だとかそういう類のものであって、現実の世界ではない。
シオン本人はどこかで眠りについているのだろう。
「……あ、やべ。目ぇ覚ましたくないヤツだ」
最後の記憶は今まで見たことないくらいに怒りを露わにしたアキトと、思わず手を振り払ってしまったシオンに驚いた様子で目を見開いたハルマの姿。
その直後、シオンは神気にあてられてぶっ倒れてしまったはずだ。
状況を思えばガブリエラか朱月のどちらかがアキトとハルマへの説明はしてくれているだろうからそれはいい。
ただ、目を覚ました先に待っているのは、アキトに説教される未来とハルマがいらない罪悪感を覚えている未来のみである。
どちらについてもシオンとしては遠慮したい未来でしかないわけだ。
そんなシオンのお気楽な思考に痺れを切らしたのか、洞窟の奥で何かが唸った。
ただ唸っただけにしか聞こえないのだが、それでも洞窟が震える。
唸り声だけでそれだけの声量になるような存在が奥にいるということの証拠だ。
「洞窟に、怪物の唸り声、ねぇ……」
思い当たることはある。
諸事情により契約のつながりを切っている状況で朱月の夢を見るはずはない。
その上でシオン自身の夢である燃える田舎町でもなく、コヨミに招かれた【月影の神域】でもないという時点で消去法で正体はわかる。
どうやらここは、新しい同居人の世界らしい。
深い洞窟に外の光が届くはずもないにもかかわらず。明かりひとつ持っていないシオンの視界は決して暗くはない。
なんとも夢らしいご都合主義だなーと気楽に考えながら奥へと進む。
そうしてしばらく進めば、その先に光が見えた。
最初は小さな光だったが、歩みを進めれば進めるほどその輝きは増していく。
やがて洞窟の最奥、開けた空間に出れば目が眩むほどの輝きがシオンを出迎えた。
輝きの正体は光ではない。それは黄金だった。
かなりの広さの空間を埋め尽くさんばかりの大量の黄金が洞窟の地面に積み上げられている。
それが天井にある小さな亀裂から差し込む光を反射して輝いていたのだ。
「なるほど。これがウワサの黄金ってわけか」
この黄金はとある存在の持ち物――伝説によれば、父親を殺して奪ったものだという。
シオンは黄金になんて少しの興味もないが、父親殺しなんて業まで抱えて手にした宝の前に人間が来たとなれば、持ち主が黙っているはずもないだろう。
「ガァアアアアアアア!!」
唸り声なんてものではない本気の咆哮に洞窟が震えるを通り越して大きく揺れる。
積み上げられた黄金が崩れてあちこちで雪崩を起こすほどの状況の中、巨大な存在がのっそりと姿を表した。
黒く鋼のように硬そうな鱗に覆われた体。
巨大な蝙蝠のような翼。
人を丸呑みできそうな口とそこから覗く鋭い牙。
北欧のドラゴン、ファフニールがシオンの前に立ち塞がった。
「……なんか、ちょっと小さいな」
間違いなく巨大だが、つい数時間前に戦ったものと比べれば少し小さい。
さらに違いを挙げるなら、目の前のファフニールの目はアンノウン特有の紅ではあるのだが少し色合いが薄くなっている。
魔物堕ちだったファフニールと完全に同じというわけではないのかもしれない。
そんな考察をしながらファフニールをぼーっと見上げていると、ファフニールが大きく口を開き……次の瞬間そこから黒い炎が放たれた。
放たれた炎は真っ直ぐにシオンへと飛んできて、着弾と共にドンッと大爆発を起こす。その振動で洞窟の天井から岩のかけらが落ちてくる始末だ。
「いきなり何してくれちゃってんの⁉︎」
大声で文句を言いながら爆発による煙を魔法の風で吹き飛ばす。もちろん防御したのでシオンは無傷だ。
「ていうか、夢の中とはいえ洞窟で炎とかバカじゃねえの⁉︎」
夢なので問題なさそうだが、現実であれば煙の逃げ場がなくて大惨事確実である。
とは言いつつ、目の前のドラゴンにそんな知能があるかどうかという問題ではあるが。
「……何? もしかして暴れ足りないとか?」
もちろんシオンの問いに対してファフニールが答えを返してくることはない。
ただ戦闘態勢に入っているのだけは間違いないのでやる気なのは確かだ。
「オッケー、やろうか」
武器を構えるわけではないが、シオンもまた戦う構えでファフニールに向かい合う。
「封印されたことへの恨み? みんなにボコられた怒り? それとも単に穢れに飲まれて狂ってるだけ? ……まあなんにせよ、こうして中に迎え入れた以上は相手してあげるよ」
唸り声をあげるドラゴンを前に、シオンは不敵に微笑んでみせる。
「さあ、思うがままにぶちまけてみな! この≪天の神子≫が全部まとめて受け止めてあげようじゃん!」
そして、煽るようなシオンの言葉に応えるようにファフニールは再び黒い炎を解き放つのだった。




