1章-裏切りの戦場②-
『な、何を根拠にそんなことを!』
「爆発に魔力の気配はなし。アンノウンに魔力なしであんなことをするのは不可能。となれば一択でしょ」
やはり噛みついてきたミスティにシオンは冷静に返した。
普段と比べて冷たい声になってしまったからか彼女は若干怯んだが、それでもまだこの程度では止まらない。
『アンノウンの攻撃でないにしろ、他の原因だって考え得るでしょう。……例えば整備不良という線も……』
「整備不良で火薬も仕込んでない部位が爆発すると? それはまた随分物騒ですね」
「そんなわけねえだろ」というシオンの本音はしっかりと伝わったらしく、ミスティが通信先で口ごもる。
そんなミスティを思わず鼻で笑えば、それに怒ったのか声を荒げた。
『だとすれば、貴方が自作自演でもしたのでは!? 炎だって操れるようですしね!』
「うわー、バカなんです? なんで俺が、よりにもよってアンノウンの群れの前でそんな危なっかしい茶番やらなきゃならないんですか」
『それは……』
シオンの返しにまったく反論できないミスティ。
完全に怒りに任せて口にしただけだったのが丸わかりだ。まあこうならずともわかっていたことなのだが。
『あ、あのー』
ブリッジから控えめに届いた男性の声。
『〈アサルト〉が爆発する直前に、その、艦内から妙な信号が……』
索敵・分析担当のコウヨウ・イナガワのものであるそれは、シオンとミスティの会話に怯えているのかやはり控えめなまま報告した。
『なんの信号なのかはわかるか?』
『人類軍でよく使われてる、爆薬を遠隔起爆させるためのものでした……』
『……残念だけど内部犯で確定ね』
証拠が出てきたことでミスティは完全に黙り、ブリッジではアキトによって艦内にいる歩兵部隊に犯人の確保を命じているのが聞こえる。
『シオン、そんな状況じゃ戦えないわ。すぐに帰艦しなさい』
アンナが出した指示は妥当なものだ。
〈アサルト〉の両腕が使えない以上武器を扱うことはできないので、戦闘のしようがない。
しかし、あえてシオンは別の選択をする。
「お断りします」
シオンの言葉にアンナはもちろんアキトですらすぐには反応を返さなかった。
『どういう意味だ?』
ようやく返ってきたアキトの声は硬い。しかしこれはシオンの立場上別におかしなことではない。
「俺が人類軍に協力する条件の中で最も重要だったのは"身の安全の保障"。にもかかわらず人類軍の人間によってこうして攻撃を受けたわけですから、俺に人類軍の指示に従う理由はありません」
『……言わんとしてることはわからなくもないが、その状態でそこに残るほうがリスクが高いだろう』
「そうですか? 俺を殺そうとしてるって点ではアンノウンも人間も同じみたいですから大差ないでしょう?」
実際目の前のスライムたちが〈アサルト〉のことを狙って動き始めているが、それでも〈ミストルテイン〉に戻るつもりはない。
こうして機体を傷つけることができた点からも、知性のある人間のほうが脅威度は高いのだ。
「それに、ここで俺が下がったせいで民間人に被害でも出ちゃうと俺のせいにされそうなんで」
『そ、そんなこと……!』
「そんなことない、なんて言われて信用できる材料はないんですよ。副艦長さん」
思わずという風に口を挟んできたミスティを黙らせて、シオンはスライムたちに集中する。
『おい! 武装無しじゃどうにもならないだろ!? せめて俺たちの誰かを救援に……』
「戦術長。……あなたのことは信頼してるんでひとつお願いを」
『……何かしら?』
「救援は寄こさないでください。スライム相手で手一杯なんで人類軍まで警戒する余裕ないんです」
会話に入ってきたハルマの言葉は無視し、アンナに言いたいことだけ伝えてしまう。
「アキト・ミツルギ艦長殿。……細かいことは全部片づけてから改めて」
その言葉を最後に全通信を遮断してしまう。
『おうおう! ただでさえ面白くなってきたってのに、お前ってやつぁもっと面白くするとはよお!』
「信用ならない友軍ほど邪魔なもんはないんだよ。……まあどっかの鬼も同じなんだけど」
通信を遮断しているので遠慮なく声を出して朱月と話す。思念だけで話すのも苦手ではないがやはりこちらのほうが楽だ。
『カカカ! そいつぁ手厳しい。……でも、俺様の力は要るんじゃねえか?』
「いんや、やめとく。お前、俺が死なないギリギリのライン狙って裏切りそうだし」
『俺様のことわかってきたじゃねえか!』
「カカカカカ!」と笑い続ける朱月の声をBGMに、〈アサルト〉の操縦桿を握り直す。
「朱月、悪いけどこっからはあんまりおしゃべりに付き合ってやれないよ」
スライムの数は変わらず三〇強。
こちらに武器どころか両腕もなし。
フライトユニットも使えないので空へ逃げるのも不可能。
いくら敵が弱いと言っても、なかなかに最悪のコンディションだ。
それでもこんなところで死ぬつもりは毛頭ない。
飛びかかってきた一体のスライムを魔力防壁で阻み、防壁に張り付いているところを蹴り飛ばす。
脚自体に魔力を纏わせた蹴りは十分効果があったようで蹴り飛ばしたスライムが霧散する。
人類軍に見られている以上まだまだ本気は出せないが、やってやれないこともなさそうだ。
正直、人類軍の中からこういったことをする人間が出てもおかしくないとは予想していたが、予想していてもやられれば腹は立つ。
厳しい戦況は重々承知だが、全力で八つ当たりさせてもらおうではないか。
「覚悟しやがれこのザコモンスター代表ども!」




