7章-戦いの後①-
封印自体は思っていた以上に呆気なく終わり、ハルマたちは〈ミストルテイン〉に無事に帰還することができた。
「……なんか変な感じだ」
「無理もねえっすよ。あんなバケモノ相手にしたの初めてだった」
何気なく呟いた言葉に〈クリストロン〉から降りてきたシルバが同意を示し、同じく〈ワルキューレ〉から降りてきたガブリエラも小さく頷いて見せた。
実際、ファフニールはこれまで相手にしてきたどのアンノウンとも別格だった。
ファフニールが本調子でなかったことやこちらが事前に準備を整えた上で挑めたことなど有利な条件が重なっていたからこそ誰一人欠けることなく終えることができたが、それでも厳しい戦いだったのは間違いない。
それがこうして無事に終わったというのが、ハルマはいまいち実感できていないのだ。
「そうだハーシェル、ガブリエラ。あのときは防御を引き受けてくれてありがとう」
「……別に、大したことはしてねえっすよ」
シルバはそう言ってそっぽを向いたが、〈セイバー〉を守るためにファフニールによる大量の魔力弾を正面から受け止めてくれたのだ。
一発一発は決して強力ではないにしろかなりの数を受け止めたはずなので、かなりの負担をかけたはずだ。
シルバはもちろんガブリエラにも感謝しかない。
「あれは私たちにできることをしただけです。それに感謝するという話なら、私たちのほうこそ危険を承知でファフニールに一太刀浴びせてくれたあなたに感謝すべきではないでしょうか?」
「いや、あれは別に……」
「めんどくせえ話してんなぁお前ら」
言葉の通り面倒くさそうな様子で朱月がふわりと舞い降りてきた。
戦闘中は青年の姿をしていた彼だがすでに子供の姿になっていて、どことなく気怠げな様子に見える。
「……やっぱり、それなりに力を消耗されたようですね」
「まあな。しばらくはこの体でのんびりさせてもらうさ」
くあっ、とあくびをして見せる朱月は冗談やポーズなどではなく本当に疲れているようである。
だからこそ、少し引っかかることがある。
「お、なんだハルマの坊主。俺様に感謝してるってんなら盛大に崇め奉ってくれていいんだぜ?」
「確かに感謝はしてる。お前がいなかったらシオンに負担かけることになってただろうからな。……ただ、なんであのタイミングで手を貸してくれたんだ?」
朱月の事情に詳しいわけではないが、かつて失った力を回復するためにシオンといるのだという話は聞いている。
それが彼の一番の目的であるなら、今回のように力を使ってしまうことはデメリットでしかないはずだ。
特に今回の場合、朱月が静観していたとしてもシオンが状況をどうにかできる可能性は十分にあった。
ハルマたちはそうなることを望まなかったが、朱月には自分が損をすることを承知でシオンの無理を止める理由など果たしてあったのだろうか?
「せっかく善意で助けてやったのに疑うなんてひでぇぜ……」
「いや、わざとらしすぎるだろ」
よよよと古臭い嘘泣きをして見せる朱月の真意はどうにもわからない。
実際、次の瞬間には嘘泣きをキッパリとやめて「そういえば」といつもの調子に戻った。
「そういやぁ、お前ら元気ならあっちに行こうぜ」
「あっち?」
「おう、あっちにシオ坊がいるんだが……」
格納庫の開けたスペースを指差しながら、朱月はニヤニヤと性格の悪そうな笑みを浮かべる。
「もうすぐ、面白えもんが見れそうなんでな」
朱月の言う“面白えもん”というのがなんなのかハルマには思い当たるものがない。ただしあまり一般的な基準での面白いものではないことだけは予測できた。
不安を覚えつつそれがなんなのか尋ねようとしたそのとき、
「イースタル! お前はいったい何をやらかしたんだ⁉︎」
広い格納庫全体に行き渡るであろう声量で、兄、ハルマの怒号が響いた。
アキトの怒号を聞いて朱月の指差した先に向かえば、すでに十三技班のメンバーが野次馬のごとく集まっている。
それを押し除けつつ騒ぎの中心に向かえば、怒りを隠すこともしていないアキトがシオンの胸ぐらを掴んでいるという予想外の光景を目にすることになった。
「兄さん⁉︎ いったい何を……?」
怒ることがないとまでは言わないが、アキトがここまで怒りをむき出しにしている様子を見たことは実の弟であるハルマでもないに等しい。
ハルマの声にも反応せずシオンを睨みつけている様子から言っても、並みの怒りではないのが見て取れる。
「イースタル、説明しろ」
「わかってますから、ひとまず艦長室に移動を」
「ダメだ。今すぐここで話せ」
アキトはシオンの提案を一切聞こうとしなかった。
それだけではなく彼の胸ぐらを掴む腕にさらに力が込められたのが見て取れる。
「いや、ホント今回は込み入った話になりますし」
「ダメだ。少なくとも今はお前の口車に乗るつもりはねえ」
「なんでそんなに頑ななんですかね⁉︎」
「……お前こそ、ここで話すと都合の悪いことでもあるのか?」
アキトの指摘にシオンがわずかに目つきを鋭くさせたのをハルマは見逃さなかった。
もちろんすぐ近くでシオンの顔を見つめているアキトがそれに気づかないはずもない。
しかし、ここで話をすることがどうして都合が悪いのだろう?
状況として、戦闘中に通信で話していたようにシオンがアキトについていたウソについての説明とそれについての説教を受け入れるというだけのはずだ。
確かに格納庫でやることではないかもしれないが、ここで行われたとしても問題はないはず。
十三技班のメンバーに聞かれたくないという可能性はあるが、シオンであればこの格納庫で話すことを受け入れつつも彼らに聞こえないようにすることだって不可能ではないだろう。
「……あの、ミツルギ艦長。ここはシオンの提案を聞いてあげていただけないでしょうか?」
アキトとシオンが無言で睨み合う中にガブリエラが静かに割って入った。
「レイル君。君ならイースタルがどれだけ危険なことをしたか理解してるんじゃないのか?」
「……はい。だからこそ、ここでこれ以上話を続けるのは……」
「ちょっーと待ってくれや。俺様はアキトの坊主につくぜ」
ガブリエラの説得を阻むように今度は朱月が会話に横槍を入れた。
「朱月さん、どうして……?」
「何、シオ坊はここらで軽く痛い目見ておいたほうがいいだろうからな。それにそのほうが面白そうだ」
「面白くなんてありませんよ!」
アキトとシオンだけの争いだったはずが、ガブリエラと朱月が参戦したことで状況がややこしくなってきた。
そんな中、ハルマはシオンが何もしゃべっていないことに気づいた。
朱月の発言に怒るでもなく、ガブリエラの援護に乗ってアキトを説得するでもない。
思えばアキトとふたりで話をしていたときですら、いつものようによく回る口で自分のペースに持ち込もうとする様子すらもなかった。
「(もしかして、封印のせいで弱ってるのか?)」
シオンが魔力の使い過ぎにより体に異常をきたすというのは今までだって何度かあったことだ。
戦闘に参加していなかったとはいえ、都市ひとつをあっさり壊滅させるほどの存在を封印したことを思えばかなり消耗していたとしてもおかしくはない。
もしもそうなら今すぐ医務室に連れて行かなくては不味い。
ハルマはすぐに未だシオンの胸ぐらを掴んだままのアキトに歩み寄る。
「兄さ、いや艦長。話をする前にシオンを医務室に連れて行ったほうがいいのではないでしょうか」
「医務室?」
「はい、少し普段より口数も少ないですし……」
近くで見ればシオンの顔色は少し悪いように見える。
アキトも少し冷静になってそれに気づいたのか、胸ぐらを掴んでいた手を離したのだが、その際にシオンがわずかにふらついた。
立っているだけでも辛いのなら肩を貸すなりするべきかもしれない。
「シオン、大丈夫か?」
華奢な体を支えようと手を伸ばしシオンの肩に触れた、その瞬間だった。
シオンに触れたハルマの手が妙な熱を帯びた。そこにハルマの意思はなく、まるで何かに反応したかのような感覚だ。
そんなハルマの手をシオンは勢いよく振り払った。
いきなり腕を振り払われたことへの驚きはもちろんあった。
しかしそれ以上に、つい数秒前以上に顔色を悪くしているシオンに気づいて思考が途切れる。
「ありゃりゃ、こいつぁ運が悪い」
ポツリと朱月が言葉をこぼした直後、シオンは唐突にその場に倒れた。




