7章-破魔の一太刀-
『ちょっと待て朱月。……お前、ハルマに何やらせるつもり?』
ハルマが朱月の言葉に応じるよりも先にシオンが反応を返す。
その声はハルマですら一瞬怯むほど冷ややかで鋭いものだった。
しかし朱月はそんなシオンの態度など気にならないのかカカカと笑っている。
『心配しなくても、そう危ねえことはさせねえさ』
『…………』
『信用ねえなぁ……』
シオンと朱月の無言の攻防が続くが、今はそんなことをしている場合じゃない。
「朱月、どうすればいい」
『ちょっ、ハルマ⁉︎ 何言ってんの⁉︎』
「それはこっちのセリフだ。リスクなしでファフニールが倒せるはずないだろ」
朱月の頭にある策がどういうものなのかはわからないが、このままファフニールに手出しできないまま戦いが長引くこと以上にリスクが高いことなどまずないだろう。
「(それに、意味もなく俺たちを危険に晒すことは多分ない)」
シオンには話せないが、ハルマが〈アメノムラクモ〉を使いこなせるようになったのは朱月の助力があったからだ。
少なくとも一度そうやって助けられたこともあって、ハルマは朱月に対して一定の信頼は寄せている。
「朱月、シオンのことはいいから話を聞かせてくれ」
『よしきた! とはいえこのままじゃおちおち話もできねえからな』
そう言って朱月は〈セイバー〉や〈ワルキューレ〉たちの前に出て、巨大な魔力防壁を展開した。
大きさもさることながら強度もかなりのもののようで、四機の機動鎧を狙うファフニールの魔力弾を難なく防いでいる。
この防壁の後ろにいる間は一息つくことはできるだろう。
『よし、まずハルマの坊主。お前さんにはちょっとした剣技を覚えてもらう』
「覚えるって……今そんなことしてる余裕ないだろ」
『いや、ちょっとコツさえ教えりゃなんとかできるはずだ。まあとりあえず聞けや』
魔力防壁をそのままに朱月の乗る〈アサルト〉がこちらに向き直る。
『お前さんには霊体を斬る技を覚える――もとい、ぶっつけでやってもらう。とはいえ、そこまで身構えなくても大丈夫だ』
「何が大丈夫なのかさっぱりわからないんだが?」
『この技については〈アメノムラクモ〉そのものも知ってやがるはずだ。俺様がコツを仕込んだ上で〈アメノムラクモ〉の補助がありゃなんとかなるだろうよ』
〈アメノムラクモ〉そのものが知っていると言われても普通であれば信じ難い話だが、〈アメノムラクモ〉は古代の神器だ。
〈光翼の宝珠〉がアキトに魔力や空間転移の魔術を与えたように、〈アメノムラクモ〉がハルマに剣技を教えてもおかしくはないだろう。
『霊体斬りは本来実体の無いバケモノをぶった斬るためのもんだが、使いようによっちゃ魔力や魂だけを斬るなんて芸当もできる』
「……ファフニールの鱗を無視してダメージを与えられるってことか?」
『そうだ。察しがいいじゃねえか』
朱月の言っていることが事実ならファフニールに対してかなり有効な攻撃になる。
ややギャンブルではあるが、確かにこの状況を覆せる可能性がありそうだ。
『ってわけだが、シオ坊はまだ文句あるか?』
『あるに決まってるだろ……まあ思ってたよりは安全な感じではあったけど』
「言っておくけど、お前がどう言おうが俺は朱月の話に乗るぞ」
おそらくこれがシオンに負担をかけることなくこの戦いを終わらせられる最後のチャンスになる。
シオンがどれだけ反対しようとハルマは折れるつもりはない。
『……朱月』
『ん?』
『どうせ狙ってやったんだろうけど、焚き付けた以上は最後まで面倒見てもらう。……もしものことがあれば、死ぬだけじゃ済まないと思え』
そう言い残してシオンからの通信は切れた。
『怖え怖え。ホントあの神様は妙なところで物騒で敵わねえ』
『……それが≪天の神子≫としての在り方なのでしょう』
『ほぉ、そこまで承知しててアレのそばにいるのか。お綺麗な“天族”様にしちゃあ珍しい』
『今はそんな話をしている場合ではないと思いますよ』
『そりゃそうだ』
朱月はガブリエラとの意味深なやり取りを終えてわざとらしく咳払いをした。
『それじゃあシオ坊のお許しも出たことだし……時間もねえからさっさと始めるとしようや』
朱月の展開した魔力防壁をぶち破るように〈ワルキューレ〉と〈クリストロン〉の二機が前面に魔力防壁を展開しながらファフニールへと突撃する。
〈セイバー〉と〈アサルト〉はそのすぐ後ろに追従する形だ。
「ガブリエラ、ハーシェル。ふたりは大丈夫そうか?」
『問題ありません!』
『人間に心配されるほど弱くねえっすよ!』
〈セイバー〉の前を行く二機は簡単に言えば壁役だ。
〈セイバー〉がファフニールに接近するにあたって壁として護衛してくれる。
『人の心配してねえで準備だハルマの坊主』
「わかってる」
壁役の二機に続きながら前方のファフニールへと意識を集中する。
感じ取るべきなのはその内に流れる魔力の気配だ。
「(わかる。……嫌な感じがする魔力が流れてる)」
巨体の内側で渦巻く魔力は先程落ちた闇と同じ、穢れとシオンたちが呼ぶものと同じだ。
凝縮していないだけ嫌な感じは控えめではあるが、それでも膨大な穢れの気配は決して気持ちのいい気配ではない。
『感じ取れてるな? あれが今からお前さんがぶった斬るもんだ。それをイメージしろ』
魔法も魔術も、一番重要なのはイメージだ。
具体的な対象を意識してそれを斬り裂くイメージを明確に持つことが最も重要なのだと朱月は言った。
『次は言霊だ。さっき教えたのを意思を込めて言葉にしろ。お前自身と〈アメノムラクモ〉に強く言い聞かせりゃ言い聞かせるほどいい』
シオンやガブリエラが強い魔術を発動するときに何かを唱えている様子はハルマも何度か目にしてきた。
それらは決まった呪文などがあるわけではなく、自己暗示などのニュアンスが強いのだという。
『あとはありったけの魔力を剣に纏わせてアレを叩き斬ればそれでいい。……ま、最悪失敗して実体まで斬っちまったとしてもそれなりの深傷は負わせられる。気楽にやりゃあいい』
最後の場違いにも陽気な言葉はハルマの緊張を解すためのものだろう。
それだけで解れるような生半可な緊張ではないが、ほんの少しは気が楽にはなったように思う。
「――絶対に、成功させる」
不安がないわけではない。
しかし、そうしなければ今度こそシオンは誰の反対にも耳を貸さずに好きに暴れるだろう。
仮にそれでファフニールを封じられたとしても、それはハルマが一番望まない結末だ。
そうさせないために、ハルマはファフニールを斬らなければならない。
「古き剣 太古の神秘を秘めし鋼よ その力を我に示せ」
〈セイバー〉の両手で〈アメノムラクモ〉を正眼に構える。すでにその刃には魔力の輝きが纏っている。
「断ち切るは肉にあらず、骨にあらず 悪しきその身に宿る穢れなり」
ファフニールまであと数メートル。
〈セイバー〉のために道を切り開くかのように前方に躍り出た〈アサルト〉が魔力防壁を一閃した。
まるで紙のようにあっさりと切り裂かれた防壁の隙間を〈セイバー〉は一瞬でくぐり抜け、構えた〈アメノムラクモ〉を高く掲げた。
そしてハルマは最後の一節を強く叫ぶ。
「刮目せよ。破魔の一閃、ここにあり!」
掲げた〈アメノムラクモ〉が強い光を放ち、その光は十メートル以上の魔力の刃となる。
ハルマは雄叫びをあげながらそれを勢いよく振り下ろした。




