7章-最前線の外側で-
『思ってたより順調に進んでるじゃねえか』
〈アサルト〉のコクピットで静かに待つシオンに朱月は姿を見せることもせずに念話だけでそう声をかけてきた。
彼の言う通り、今に至るまでファフニールとの戦いは順調だと言っていいだろう。
六機の機動鎧による撹乱と攻撃。回避と防御が可能な程度に離れての〈ミストルテイン〉による遠距離砲撃。
そのどちらもが順調にファフニールにダメージを与えている。
もちろんこれまでのダメージ程度では再封印が可能なラインまではまだまだ遠いが、油断せず、集中を切らさず、今のような流れでダメージを積み重ねていけば決して不可能ではないはずだ。
『どうやらあの竜種、集団を相手取るのは苦手らしいな』
ここまでのファフニールとの戦闘にシオンと朱月は参加していない。
それもあって実際に戦っているメンバーよりは客観的に状況を観察することができているだろう。
そして、朱月の意見についてはシオンも同意見である。
『目覚めたてってのもあるんだろうけど、思ってた以上に鈍いのは確かだね』
事前に予測ができていたこともあって、ファフニールの出現から半日と待たずに〈ミストルテイン〉は戦闘を仕掛けることができた。
言ってしまえばヤマタノオロチ以上に寝起きなのだ。
身体的にも魔力的にも本調子とは言い難いだろう。
加えて高速で飛び回る機動鎧たちにあまり反応できていないように見える。
『北欧じゃ名のある竜って話だったが、あんなに鈍くていいもんなのか?』
『そもそも機敏に動く必要がなかったんだと思う』
魔力防壁もそうだが、特に自前の硬質な鱗の防御力が高い。その上竜種の屈強な体を持っているのだ。
並の攻撃ではかすり傷にもならないし、仮に多少の傷を負ったところで強靭な竜の肉体はアンノウンになる以前であってもすぐに回復したのだろう。
防御力の高い体は攻撃をかわす必要がない。
生物として食物連鎖の最上位にいるのが明らかで天敵から逃げる必要もない。
そんな存在が俊敏に動ける必要などどこにもなかったというわけだ。
『しかも封印された当時は機動鎧も魔装もなかっただろうし……』
『周りを何かがちょこまか飛び回ってようが気にする必要すらなかったわけか』
さらに言えばファフニールはシグルズというひとりの戦士によって倒されたとされている。
そこから予想するに、これまでに多数の敵に苦戦するという経験が一度たりともなかったのかもしれない。
おそらく複数の敵を同時に相手するというノウハウがないのだろう。
『そもそも、あのクラス相手に使える数を用意するのが大変なんだろうけどね』
『違いねえ。その点この船は本当に運が良い』
ファフニールの相手など人外たちであっても並の使い手では役に立たない。
〈ミストルテイン〉と〈セイバー〉のような神器を有する戦力。
〈ワルキューレ〉と〈クリストロン〉のような強力なアンノウン相手でも通用する技能を持つ戦力。
そして自作および≪魔女の雑貨屋さん≫製の対アンノウン武装の数々を揃えられる部隊など、人外界隈でもそう多くはないだろう。
その事実にシオンは眉をひそめた。
『俺はむしろ不運だと思うよ』
『あ? なんでだよ?』
人外界隈でも決して多くはない魔物堕ち相手に戦いを挑める部隊。
それは人類軍内部においては唯一と断言していいだろう。
『多分〈ミストルテイン〉は今後も魔物堕ちが出る度にどこにいようと呼び出されて戦わされることになる。それを不運以外になんて呼べばいい』
この戦いを順調に生き延びたとしても、その先でさらに危険な戦場に駆り出される。そんな日々を延々と繰り返すことになるのなら、少なくとも運が良いはずがないだろう。
『何もできずに殺されるのを待つだけよりはマシだと思うが……そんな心配は目の前の竜を片付けてからすりゃいい』
『……わかってる』
気持ちを落ち着けるように息を吐いてから、シオンは改めて戦況を確認する。
状況としては変わらず順調だ。
〈ブラスト〉〈スナイプ〉〈サーティーン魔導式〉が陽動。
〈クリストロン〉が陽動と共に軽い攻撃を繰り出す。
そしてできた隙を〈セイバー〉と〈ワルキューレ〉が突き、それに合わせて〈ミストルテイン〉からの追撃を加える。
ファフニールも知能がないわけではないので脅威である〈セイバー〉や〈ワルキューレ〉を先に落とそうと攻撃を仕掛けるなどの動きをしているが、他の機動鎧の攻撃が防壁を突破できないわけではない。
二機に集中して他への警戒が疎かになれば、すぐさま他の機体からの攻撃を頭部など無視できない部位に叩き込まれて邪魔をされているようだ。
『この調子ならそろそろ俺様たちも動く準備をしとくべきなんだろうが……どうも嫌な感じがするな』
『朱月も?』
目の前で繰り広げられている戦いは間違いなく順調に進んでいる。
そのはずなのにシオンは妙な胸騒ぎを覚えていた。
なんの根拠もないそんな感覚をシオンだけではなく朱月も持っているのだとすれば、気のせいで片付けるのは少々早計なのかもしれない。
そんな無視できない胸騒ぎを抱えたまま、シオンは戦場を静かに見守るのだった。




