1章-裏切りの戦場①-
〈ミストルテイン〉から四機の機動鎧が出撃から十分弱。
救難信号の発信源である都市に一番に到着したのは、やはり最もスピードの出せる〈アサルト〉だった。
「(あの湖よりはマシか)」
正確な数はともかく、少なくともあの湖にひしめいていたアンノウンたちよりは気配が少ない。
とはいえ十分に数がいるうえに人の暮らすすぐ近くに出現したという点で今回のほうがはるかに深刻な事態なのは間違いないだろう。
『シオン、状況は?』
「反応は多数。気配からして多分あのスライムどもと同じ種類。現時点では川沿いに集中してて都市の中央部までは出てきてないです」
『……現地の部隊とも連絡ついたわ。幸い川沿いはほぼほぼ人類軍基地だから、民間人には被害は出てないそうよ!』
アンナの説明を片手間に聞きつつ川沿いに広がる基地と思しきエリアを見ると、基地と市街地の境目あたりに数機の機動鎧が確認できる。
「民間人には被害が出ていない」というのは、裏を返せば軍人には被害が出たという意味でもある。
基地の規模はあまり大きくないので何機かの機動鎧は倒されてしまい残っているのはその数機だけ、といったところだろうか。
「それで、作戦とかあります?」
『急なことだったから民間人の避難がまだ終わってないの! 悪いけど〈アサルト〉はそのまま突っ込んで暴れて! 残る三機は市街地と基地の境目に散開! 一体たりとも市街地に入れないで』
『『『了解!』』』
「了解でっす!」
アンナへの返事もそこそこに〈アサルト〉は垂直に近い角度で一気に地上に降下する。
ちょうど現地の機動鎧の一機に向かって飛びかかろうとしていたスライムがいたので、真上から〈ドラゴンブレス〉で撃ち抜いてやる。
『きゅ、救援か!?』
「はい救援です! まだやれそうならこの後来る機動鎧と一緒に防衛ラインやっててください!」
雑な説明をそこそこに相手の返事を待たず基地内を川に向かって低空で飛ぶ。
上空から戦うほうが安全ではあるのだが、射撃の下手なシオンではあまり効率よく倒せない。市街地に一体も入れるわけにはいかないのなら接近戦で仕留めるほうがいいだろう。
『しかしまあ、弱ええクセに数だけは多いじゃねえか』
シオンにしか聞こえない声で朱月がぼやく。
『日本じゃあんまし見なかった類の魔物なんだが……魔物にも土地柄とかあんのか?』
『いや知らないけど』
『そもそもあの妙な裂け目が妙だ。俺にまだ体があった頃ぁ、あんな出てき方なんてしなかったしよお……あの裂け目はここ十何年くらいの話か……?』
『うんわかった。お前暇なんだな?』
こんな風に朱月が話しかけてくること自体、今まであまりなかった。
それがここに来てやたらと口を出すようになってきたのは、間違いなく鬼の気まぐれ――もとい暇潰しなのだろう。
『いやぁな? 最初のデカブツはまだしも、最近の魔物どもの弱えぇこと弱えぇこと。正直面白みにかけるし、近頃昼寝くらいしかやることがねえ』
『俺が生きてりゃそれでいいとかなんとか言ってなかったっけ?』
『それはそれ、これはこれってなあ』
顔は見えないが、声だけでこの鬼がこちらの反応を楽しんでいるのだろうと直感した。
これは無視するのが正解だろう。
そうこうしている内に〈アサルト〉は基地の中央部に到着した。
そしてこここそがスライムのようなアンノウンたちが最も密集している場所でもある。
「なるほど、川が少し引き込まれてるのか」
空路ではなく水路を使って物資などを運搬する目的なのか、船舶が行き来できるようにすぐそこの川が意図的に引き込まれている。
やはりアンノウンたちは水場を好むのか、基地の中央にありながら川の水が引き込まれているこの辺りを気に入っているようだ。
途中数を多少減らしたこともあり、残りの反応は三〇と少し。
周囲を探ってみてもこれ以外の気配はなく、市街地にこっそりと向かっている個体などもいないようだ。
『シオン、〈ミストルテイン〉も市街地上空まで来たわ。そっちの状況も一応見えてる』
「それなら話は早いですね。……一旦はここにいるのが全部みたいなので殲滅します」
このスライムたちには焦らされたことで腹が立っているので、できればさっさと蹴散らしたい。
それに、今〈アサルト〉の目の前にいる群れが最後の群れとも限らないので、まだ〈ミストルテイン〉は川を下らなければならない。
「……そういうわけで、さっさと終わらせる!」
フラストレーションをぶつけるべく〈アサルト〉の右手で〈ライトシュナイダー〉を構え直した。その時だった。
――突然、〈アサルト〉の両肩と背面が爆ぜた。
予想していなかった衝撃とけたたましくコクピット内で鳴り響くアラート。
『シオン! 大丈夫!?』
「俺は無事です! けど、機体はわりとダメかも!」
すぐさま状態をチェックすれば、両肩のダメージは大きく両腕ともに完全に使い物にならず、さらに背中のフライトユニットも原型こそ残っているが飛行するのは無理だ。
とにかく一度スライムたちから距離を取るべく真後ろに飛び退く。
『アンノウンたちの攻撃……? 何も見えなかったしそういう魔法があるの?』
『……いや、あの種の個体はもう何十と倒した。あんな芸当ができるなら湖での戦闘の時点で使われていたはずだ』
ブリッジでアンナとアキトがあれやこれやと攻撃の正体について話しているが、そんなものシオンの耳には入ってなかった。
仮にこれがアンノウンの攻撃だったなら、必ず魔力を伴うはずなのでシオンなら察知できる。
それができなかったということは、今の攻撃に魔力は使われていない。
その時点で、何者の仕業かなんてことはわかりきっている。
『なるほどコイツぁ、なかなか面白いことになってきたじゃねえか』
シオンと同じ結論に至ったであろう朱月は先程まで退屈を訴えていたのが嘘のように楽しげだ。
そして鬼の言う面白いこととなると、シオンとしては全く面白くなどない。
『シオン、アンタのほうでは何かわかる?』
「ええ、わかります」
『いったい何が起きたんだ?』
答えを求めるアキトに、シオンは一度大きく息を吐いた。
「今の爆発に魔力の気配はなかった。つまり魔法じゃなくて科学的な爆発です」
『……待て、だとすればそれは……』
「ええ、要するに人間の仕業ってことです」




