7章-シオンと朱月-
ファフニールとの戦いに備えて、シオンは〈アサルト〉のコクピットの中でひとり待機していた。
予定されている作戦の開始まであとわずか。
最後の封印のために温存される予定のシオンが実際に出撃するまでにはさらに時間はあるだろう。
とはいえ、状況次第ではファフニールが弱り切る前に出ることも辞さないつもりだが。
『さてさて、この戦いはどうなるだろうなぁ?』
あくまでシオンにしか聞こえないように念話で朱月が語りかけてきた。
それからふわりとコクピットの中に現れた朱月はニヤニヤと楽しげな顔をしている。
『どうなるだろうなって?』
『わかってるだろ? 何人死ぬだろうなって言ってんだよ』
瞬間、シオンの魔力が膨れ上がってその体からわずかに光が漏れ出てくる。
明確な敵意を伴うそれを前にしても朱月は表情を崩しはしなかった。
『お前が嫌がろうが、本来魔物堕ちを相手にするってのはそういうこったろ?』
『……まあね。でも、俺はそれを見過ごすつもりはないよ』
漏れ出てしまった魔力を抑えつつ、シオンは朱月を睨みつける。
変えようのない現実として、魔物堕ちがこの世界に現れた以上被害を出さないことなど不可能だ。
事実、ファフニールの出現によりすでに都市ひとつが壊滅している。シオンもそれを否定するつもりはない。
しかし、少なくとも〈ミストルテイン〉の関係者を“出て当然の被害”なんてものにするつもりは毛頭ない。
それこそアキトに反対されようがなんだろうが〈ミストルテイン〉を飛び出して暴れるだけのことだ。
『俺を舐めるなよ? この戦闘で死人なんてひとりだって出す気はない』
『また無茶を言いやがる! ……だがまあ、お前さんはそういうもんなんだったか』
カカカと笑った朱月は重力を感じさせない動きでシオンの正面に移動すると、鼻先がくっつくほどの距離でこちらの顔を見つめてきた。
『“天の神子”。過保護で傲慢な神サマ。甘ったるくてホントに気に入らねえなぁ……』
ゆったりとそう口にしながら朱月の手がスルリとシオンの首に添えられる。
小さな子供の姿をしているとはいえ朱月は“鬼”だ。男にしては細いシオンの首くらい一息でへし折ることだってできるだろう。
それをシオンは理解していたが、恐怖を覚えることも怯むこともしない。
『関係ないね。お前が気に入らなかろうが、俺は俺のしたいようにする。……お前もそうだろ?』
『違いねえ』
添えられた手と共に朱月がふわりとシオンから距離を取る。
直前に気に入らないと口にしていたくせに、彼は愉快そうな笑みを浮かべている。
『やり方は気に入らねえが、そういう自分に正直なところは嫌いじゃねえ。……まあ結論から言やぁ、見てて面白いってのが一番しっくりくるのかもな』
『そりゃどうも』
何やら好き勝手言っている朱月にため息が出た。
呆れ気味のシオンの明らかに雑な返しも気にせずに朱月はしばらく笑って――
『まあそういうことで、死んでくれるなよ?』
笑いまじりに朱月は言った。
なんでもない世間話のような、それこそ冗談にだって思えるような軽さだったが、シオンはその言葉を軽く流す気にはならなかった。
どういうことだと問いかけようとしたときにはすでに朱月は霞のように消えてしまっていた。
彼を封じる〈月薙〉が〈アサルト〉の動力である以上すぐそばにはいるのだろうが、呼びかけても反応を返してくることはない。
「(……死ぬな、なんて初めて言われたわけでもないんだけどな)」
朱月にとってシオンは魔力の供給源であり共犯者。
十分な魔力を溜め込めるまで死んでもらっては困ると朱月に言われることはこれまでにだって普通にあった。
それでも今回の言葉がやけに気になってしまうのは、何かが違ったからだ。
「(心配してくれてる、なんてね)」
なんとも朱月らしくない可能性を少しだけ考えて、「まさかね」と苦笑混じりに否定する。
「(でもまあ、朱月に言われなくたって死ぬつもりなんて最初っからないし)」
シオンの夢は大往生。
どんな無茶をするときであっても死ぬつもりなどない。
それはそれとして、もしも万が一朱月がシオンの身を案じてあの言葉を口にしていたのだとすれば……少しむず痒いが、決して悪い気分ではないかもしれない。




