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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
7章 “天”の真髄
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7章-手札を揃えて-


〈ミストルテイン〉格納庫。

いつもであれば十三技班の面々の大声や重機の動く音で騒がしいそこは、普段とは異なる静けさと緊張感に満たされていた。


技班のメンバーとマリエッタ、そしてガブリエラは〈アサルト〉などをはじめとする戦闘用機動鎧――ではなく、作業用であるはずの〈サーティーン〉の周囲に集まっている。


問題の〈サーティーン〉であるが、以前北米で暴れ回ったときと比べれば明らかに様子が変わっている。

ずんぐりとしたシルエット自体は大きく変わってはいないが、背面には以前はなかったはずの飛行ユニットが、さらに腕部やら脚部やらにもいろいろな装備が取り付けられてなかなかに混沌とした状態だ。


そんなわかりやすく手を加えられた状態である〈サーティーン〉を前に、シオンの隣に立つアキトが片手で顔を覆った。


「イースタル。これは……?」

「〈サーティーン〉ですね」

「俺の知ってる〈サーティーン〉じゃないぞ」

「厳密に言えば試作の魔術系兵装をふんだんに盛り込んだ〈サーティーン〉……ひとまず〈サーティーン魔術式〉とか呼んでみたり」


ひとまず目の前の代物がどういう物なのかは理解した。

十三技班が対異能特務技術開発局と合同かつ上層部のお墨付きを得て異能と化学を組み合わせた兵装や機動鎧の開発を進めているというのはアキトももちろん承知している。


「〈サーティーン〉を魔改造しているなんて話を聞いた覚えないんだが?」

「……あっれー? 報告してませんでしたっけ?」


次の瞬間、白々しく首を傾げて見せたシオンの頭はアキトのアイアンクローの餌食となった。

そのまま三十秒ほど小さな頭を握りしめてやる。


「……とりあえず、試作の兵装をバリバリ使用中の〈アサルト〉とかに乗っけてうっかり爆発とかしても困るし、やっちゃったもんはやっちゃったし、ここは大きな心で受け止めていただけますと」

「次に報告渋ったら……わかるな?」


先程のアイアンクローに加えて、アキトの目の奥にある本気に気づいたのかシオンは無言で激しく頷いた。


「それで? 俺はクロイワ班長からどうしても直接見せる必要があると言われてきたんだが、それがこれなのか?」


そもそも〈ミストルテイン〉が航行中であるにもかかわらずアキトが格納庫にいるのは、ゲンゾウからどうしても来て欲しいと呼び出されたからだ。

ただ、そのゲンゾウは何やらメンバーに指示を飛ばすのに忙しそうにしているので話を聞けそうにはない。

状況からして〈サーティーン魔術式〉を見せるつもりだったのは間違いないだろうが、シオンはもちろんゲンゾウからもこれまでこの魔改造についての報告を受けたことはない。

今まで何も言ってこなかったものをここに来て突然見せようと判断した理由がアキトにはわからなかった。


「半分正解半分はずれってところです。厳密に言えば〈サーティーン魔術式〉の中身(・・)がメインなので」

「中身……まさかECドライブか?」

「察しがいいですね。大正解です」


アキトの解答に満足気に微笑んだシオンがどこからともなく小さなくす玉を取り出して割って見せた。


「新型機動鎧開発の肝! 魔術式ECドライブのプロトタイプが完成しましたー!」


割れたくす玉から「祝」という紙が垂れ下がっているのに脱力しかけつつ、どうして急にアキトに見せようとなったのかも理解した。

新型のECドライブとなれば、兵装のひとつを作るのと次元が違う。重要案件ゆえにさすがにアキトには直に見せる必要があると判断したのだろう。


「完成したら載っけるよっていう申請はちょっと前に済ませてたと思いますけど、機動鎧に載っけての起動テストはこれから。艦長にはその立ち会いをお願いしたいわけです」

「まだ動かしてないのか?」

「本体だけでのテストは済ませましたしその時点では出力も申し分なかったです。ただ実際に機動鎧が動くかはチェックしないと」


艦内での重要なテストなので、こちらについてもアキトの許可は必須になる。

それも含めての現在の状況ということらしい。


「確認するが、安全なんだよな?」

「九割大丈夫です」

「残り一割は?」

「爆発オチですね」

「ダメじゃねえか」


爆発の規模はどうあれ航行中の戦艦の中で爆発なんて冗談ではない。下手をすればそのまま〈ミストルテイン〉が墜落しかねない案件だ。


「まあまあ、念のため俺とガブリエラとシルバで警戒してます。爆発しそうになったらちゃんと防壁で爆発を内側に封じ込めるので……」

「でも確実ではないんだろ? じゃなきゃわざわざ俺をここに呼んだりしないよな」


万が一アキトの預かり知らないところで爆発なんてことになれば、いくら対異能特務技術開発局と合同とはいえ実際に作業した十三技班が責任を負うことになる。

その責任を分散するためには、艦長がそのリスクを承知でテストのゴーサインを出した、という事実が必要となるわけだ。


「俺に考える時間を与えないためにギリギリで説明したんだろうが、今すぐ艦長命令でストップかけていいか? いいよな?」

「気持ちはわかるんですが! ここはなんとか!」


アキトの言葉は脅しではなく本気である。

なんだかんだと十三技班には振り回されているアキトだが、さすがに看過できないことはあるのだ。

言い方は悪いが見せしめ(・・・・)という意味でもここは艦長の権限で強引に潰してしまったほうがいい。


ただ、両手を合わせてお願いの姿勢であるシオンを見ていて引っかかることがあった。


「……お前もそうだが、クロイワ班長だってこの流れなら俺が強引にストップかけてもおかしくないことくらい予想できただろ」


爆発の危険を伴うテストをするにあたってアキトへの事前説明をしないというのは十三技班にとってリスクが高すぎる。

だが落ち着いて考えられては確実にストップをかけられてしまうので、こうして準備を目の前で進めがてらギリギリかつ怒涛の情報量で説明した。

アキトがそれで混乱したり判断しあぐねるようであれば、半ば事後承諾で済ませてしまうつもりだったのかもしれない。


が、この作戦はシオンのやり口としては少々穴が多いように思える。


シオン、そしてゲンゾウなども関わっているのであればもっとアキトに選択の余地のないような作戦だって用意できたのではないだろうか。


「もうちょっと時間の余裕があれば、そうしてたと思います。というか俺だって本当はちゃんとどっかの基地とかに降りたときにやりたかったんですよ?」

「……魔物堕ちの問題か」


時間の余裕がないとシオンに言わしめる理由として思いつくのはそれしかない。


「今更説明はいらないでしょうけど、敵は強大です。確実に厳しい戦いになります」

「……こちらの戦力も以前よりは充実しているが?」

「それで足りるって保証はないでしょ?」


相手がどのような魔物堕ちなのかわからない以上はその問題は付き纏う。

単純な戦力として〈セイバー〉の〈アメノムラクモ〉やシルバの駆る〈クリストロン〉、ガブリエラの〈ワルキューレ〉といった新たな力が加わっているわけだが、相手の特性などによっては戦局がどうなるかわかったものではない。


「艦長ならそのつもりでしょうけど、今回俺は派手に暴れられません」

「ああ。お前には封印のために力を残してもらわなければいけないからな」


まだ詳細に作戦を詰められてはいないが、アキトの中のビジョンではその想定になっている。

何せ、こちらがどれだけ相手を圧倒できようが最後に封印ができなければこちらの勝ちではないのだ。

正直に言えば、最後の最後――封印を行う段階までシオンを戦闘に出さないで対処したいとまでアキトは考えている。


「それが最善なのは理解してるつもりです。……でも本音を言えば艦長とかナツミとか十三技班のみんなとか、誰も危険に晒したくない」


――守るべきものを自分から危険に巻き込むなんて本末転倒もいいところじゃないですか。


いつかのシオンはそう言った。

玉藻前に周囲を頼れと釘を刺されようが考え方がすぐに変わるはずもなく、今も彼の中にはそういった考えがあるのだろう。

あるいはそれは死ぬまで変わることはないのかもしれない。


今、彼は目の前の現実と自分の中の思いとのギャップに苦しんでいるのだ。


「だから、手札は一枚でも増やしておきたいんです。誰一人失わないためにも」

「〈サーティーン魔術式〉も戦力にしたいと?」

「はい。そのために急いで魔改造したんです」


機体自体は旧式の作業用機動鎧だが十三技班の改造により高いスペックを誇ることは北米ですでに実証された。

追加の改造に加えて、新型のECドライブまで積んでいるとなれば確かに戦力にはできるだろう。


未知の敵に立ち向かうためにできるだけ多くの戦力を。


その焦りが穴のある作戦の理由、というわけらしい。


「…………」

「ダメ、ですかね?」


普段の飄々とした態度はなりを潜め、アキトの目の前でこちらを伺い見るシオンは演技ではなく十代半ばの子供の顔をしている。

それだけで絆されるアキトではないが……無碍にもできはしない。


「……もしものとき防壁でどう囲うんだ?」

「え?」

「万が一にも爆発で被害を出さないために俺も協力させろ。その条件なら許可を出す」


アキトの返答にシオンは笑顔を浮かべ、遠くにいるゲンゾウに許可が取れた旨を大声で伝え始めた。


「(戦力確保は作戦のプラスになるから……なんて言い訳にしか聞こえねえか)」


メリットがあるのは確かだが、結局のところ情に流されたのは言い訳のしようがない。

近頃、以前にも増してそんな模範的な軍人ならまずしないであろう選択ばかりを繰り返す自分に、アキトは小さくため息をついた。


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